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第3章 ケットシー編
42 不利な戦い
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バーナードが見つかった。
一瞥して生首だと思ってしまったが、よく見れば蜘蛛の糸の床に首から下が埋められているのだと分かる。
意識はなく、こめかみ辺りから血を流しているが、呼吸している様子が窺える。
生きていた。
ジュリアが必死に止めた理由がようやく分かって、マナトは心からの安堵を漏らした。
(もし、ジュリアが止めてくれなかったら、俺は今頃ハントマンスパイダーごとバーナードさんを殺してた)
全然気づいていなかったくせに、そう思うと急に手が震えだす。
ナメクジや蜘蛛はいくら殺しても気持ち悪いとは思うが、害虫を駆除するのと同じで、そこまで罪悪感は感じない。
だが、殺人は禁忌だ。
同じ殺すという行為でも、その一線を越える越えないは、大きく違う。
マナトは神にはなったが、元人間だ。社会人のときの記憶が邪魔をする。
毎日のように報道される凶悪事件を、テレビ越しに他人事として見ていた。その目は冷ややかで、犯人の供述をアナウンサーが読み上げるたび、『理由がなんであれ殺人は殺人だろ』と鼻で笑ってきたのだ。
それはイコール、自分は絶対にそうならないという自信でもあった。
それに何より、一度手にかけてしまえば、次からその枷は緩くなる。その次はもっと。その次の次はもっともっと。
そうして、自分の概念が揺らいで、ちょっとしたことにでも安易に殺してしまおうと考える日が来ることを、一番恐れているからかもしれなかった。
マナトは剣を構え直した。
苦しむハントマンスパイダーは、今のところバーナードを使ってどうこうするつもりはなさそうだ。
捕虜にしたら追ってくると、本能的に分かっているだけで、そこまで悪知恵が働くほど知能がないのかもしれない。
だが、ここで暴れられたりしたら、ハントマンスパイダーの意識とは関係なしに、確実にバーナードが怪我を負ってしまう。
早く倒してしまいたいが、バーナードが巻き込まれないように慎重に攻撃しようとすると、さすがのマナトも二の足を踏む。
そのとき、ハントマンスパイダーの背後から子蜘蛛が現れた。
背後にあった卵が孵ってしまったらしい。
「こんなときだってのに……!」
焦燥に苛立ちを覚えながら、とりあえず子蜘蛛を処理しようとしたとき。
「なんっ…………!」
横から伸びたハントマンスパイダーの手が、子蜘蛛の腹を刺し貫いていた。
マナトは唖然とする。
自分で産んだ子どもを自分の手で殺す。そんな狂気の沙汰に上げた声だったが、むしろそこからが狂気の始まりだった。
なんと、ハントマンスパイダーは自分の脚に刺さった子蜘蛛を口元へと運び、そして——口の中へ放り込んだのだ。
静寂に、バキボキという耳を塞ぎたくなるような咀嚼音だけが響き渡る。
「なんで……? どうして……?」
背後でジュリアの呆然とした、そんな言葉が聞こえた。
「危ない!」
ジュリアが続けてマナトに何かを促す。風を切って向かってくるそれを、マナトは跳んで躱した。
「どうなってんだよ……!」
それはさっき、マナトが確かに切り飛ばしたはずの左側の脚だった。
それは一本だけだったが、混乱するマナトの目の前で、残り三本の欠けていた脚元が揺れたかと思うと、一気に新しい脚が生えてきた。
ハントマンスパイダーはゆっくりと立ち上がり、急所だったはずの胴体は、またマナトの背より高いところへ戻ってしまう。
その動きは少しぎこちなかったが、ほぼ元どおりだった。
マナトは慌ててステータスを確認する。
__________________________
種族 :ハントマンスパイダー
ランク :B
Lv :38
HP :1545/3270
MP :197/247
攻撃力 :298
防御力 :203
魔法攻撃力:254
魔法防御力:198
素早さ :207
アビリティ:共喰い Lv5 (MAX)
: 再生 Lv3
スキル :[捕縛の糸]
: [腐食の糸]
__________________________
「500も回復してる?! なんでだ?!」
回復魔法も持っていないのに、自然治癒でいきなり500も回復するのは明らかにおかしい。
何か原因があるはずだ。
ステータスを改めて見ると、それらしき項目があった。
『共喰い Lv5 (MAX)』、『再生 Lv3』だ。
物騒な字面だが、詳細が分からず、多分そうかなと想像するしかないのがもどかしい。
もっと、詳しく見れないものか。
注視していると、選択されたように点滅して、各アビリティの下に新しい文字が浮かんだ。
『共喰い』
同族を食らうことで、体力を回復させる。
回復率はLvによって変動。
『再生』
欠損した部位を即座に再生する。
発動条件は『共喰い』時、欠けた部位があること。
Lvにより間隔時間が短縮。
「よっしゃ、アビリティの説明きたー!!
なんでもっと早く発見できなかったんだよ、クソっ!」
これから色々やりやすくなるという歓喜と、脚が再生する前にアビリティの説明を知りたかったという悔しさが入り混じって、言葉もおかしくなる。
複雑な気持ちを落ち着かせて、冷静にハントマンスパイダーの情報を整理することにする。
この説明を見ると、『再生』は『共喰い』の進化系アビリティのようだ。
つまり、マナトがいくら脚を切り落とし胴体攻撃へと繋げても、倒す前にハントマンスパイダーが同族を食べる——つまりは子蜘蛛か卵を食べると、体力が回復するのと同時に脚も生えてくるから、無意味だと。
(卵しかないこの部屋で、どうやってそれを防げって言うんだよっっっ!)
地道にマナトたちが、この部屋の卵を壊していくのを、ハントマンスパイダーが大人しく見てくれているはずはないだろうし。
と、すれば、『再生』の『Lvにより間隔時間が短縮』という項目に期待するべきだろうか?
短縮ということは、連続しては使えず、次の再生を行うにはインターバルのようなものが設定されているはずだが、時間も分からない不確かなものに期待するのは如何なものか。
それこそ、ケットシー族を連れてきて人海戦術に物を言わせるか、マナトが[神々の黄昏]を放って一撃死させるかくらしかないではないか。
(ん? もしバーナードさんを連れて逃げれたら、その方法もありか?)
否定的に考えていたマナトは、それもアリかと考え直した。
今まで、その方法を使わなかったのは、バーナードを巻き込むことを恐れたのと、森の中だと火事になるかもしれないし、生態系が変わって狩りができなくなったら、ケットシー族が困るからだ。
この崖に建つ洋館なら、バーナードさえ助け出せば、[神々の黄昏]をぶっ放っても、なんの問題もない。
ハントマンスパイダーが、クルリとマナトたちに背を向けて、移動を開始する。
目的はすぐに分かった。
後方の壁際に産みつけている卵たちだ。
あれを食らって、全回復しようとしているのだろう。
「ジュリア!
バーナードさんの糸を切って、助け出せるか?」
「やってみる。でも、マナトはどうするの?」
ステータスが見えないジュリアにしたら、瀕死の状態のハントマンスパイダーが、突然脚を生やして元通りになった、不死身の化け物のように思えたのだろう。
その口調は、今のうちにバーナードを助けて、一緒に逃げ出したほうがいいのではないかと物語っていた。
その通りなのだが。
ジュリアには、ハントマンスパイダーがこちらに攻撃してこない今がチャンスだと思っているのかもしれないが、マナトにはそうは思えない。
全回復させてしまったら、必ずまた襲ってくる。
それでも、ハントマンスパイダーが回復するほうが遅いというのなら、マナトもバーナード救出を手伝うのだが、明らかに糸を切っている最中に全回復して襲われる可能性が高い。
そうなったとき、咄嗟に躱すことができるかどうか。
「俺はもう一度、攻撃しに行く。その間にバーナードさんを頼む」
「——分かった、僕に任せとけ」
何か言いたそうな顔はしたものの、口から出たのは頼もしい言葉だった。
やり取りする時間も惜しいと思っていたマナトは、信頼してくれたジュリアに感謝しつつ、ハントマンスパイダーの後を追う。
ハントマンスパイダーは、マナトが追ってきていることを知ると、即座に[腐食の糸]を打ってきた。
今度は尻が見える状態なので、打つタイミングさえ分かれば直線的なそれを避けるのは難しくない。マナトは走るスピードを落とさず、身体を丸めてそれを躱す。
と——
「な、なんだっ?! ネバネバする!」
続けて飛んできた何かに、右手と腰を繋ぎとめられた。
マナトは自分の不覚に唇を噛む。
連続で打ってきたそれは、[腐食の糸]ではなかった。
たぶん、もう一つのスキル[捕縛の糸]だ。
さすがに走れなくなり、足が止まる。
マナトは腕を広げて、引き千切ろうとした。
「切れろって、もうっ!」
だが、ゴムのように伸縮性があって、マナトの力でも引き千切るのは難しい。
その間にも、ハントマンスパイダーが、壁際の卵に達してしまう。
焦りながらも、マナトは右手の剣を左手に持ち替えた。
「これならどうだ!」
左手の剣の刃先を自分に向ける。
「マナト?! 」
バーナードに取りつき、身体と糸の境目に短剣の刃先を入れて、慎重に動かしていたジュリアが、驚いた声を上げる。
少し身を切る覚悟をしたが、刃は上手く滑り、糸は切れて床に落ちた。
「なんとか大丈夫——って! ジュリア、上だ!」
平気だと返事をしようとしたマナトの目に、子蜘蛛が、天井からぶら下がりながら、ジュリア目指して降りてくるのが見えた。
「えっ、何……?」
マナトの緊迫した声に、キョロキョロと周囲を見渡すが、肝心の上を見ない。
「上だって、上!」
マナトはハントマンスパイダーを放って、ジュリアを助けに向かおうとしたが、[腐食の糸]が頬を掠める。
それを見て、ジュリアが慌てて、弓を構えようとした。
(違う! 俺なんて助けなくていい!)
蜘蛛が音もなく、ジュリアに近づく。間に合わない。
「ジュリア!」
「ジュリアン!」
マナトと同じように部屋の入り口の方から誰かが呼ぶ声がした。
それと同時に放たれた矢が、今まさに襲おうとしていた子蜘蛛の腹を貫いていた。
一瞥して生首だと思ってしまったが、よく見れば蜘蛛の糸の床に首から下が埋められているのだと分かる。
意識はなく、こめかみ辺りから血を流しているが、呼吸している様子が窺える。
生きていた。
ジュリアが必死に止めた理由がようやく分かって、マナトは心からの安堵を漏らした。
(もし、ジュリアが止めてくれなかったら、俺は今頃ハントマンスパイダーごとバーナードさんを殺してた)
全然気づいていなかったくせに、そう思うと急に手が震えだす。
ナメクジや蜘蛛はいくら殺しても気持ち悪いとは思うが、害虫を駆除するのと同じで、そこまで罪悪感は感じない。
だが、殺人は禁忌だ。
同じ殺すという行為でも、その一線を越える越えないは、大きく違う。
マナトは神にはなったが、元人間だ。社会人のときの記憶が邪魔をする。
毎日のように報道される凶悪事件を、テレビ越しに他人事として見ていた。その目は冷ややかで、犯人の供述をアナウンサーが読み上げるたび、『理由がなんであれ殺人は殺人だろ』と鼻で笑ってきたのだ。
それはイコール、自分は絶対にそうならないという自信でもあった。
それに何より、一度手にかけてしまえば、次からその枷は緩くなる。その次はもっと。その次の次はもっともっと。
そうして、自分の概念が揺らいで、ちょっとしたことにでも安易に殺してしまおうと考える日が来ることを、一番恐れているからかもしれなかった。
マナトは剣を構え直した。
苦しむハントマンスパイダーは、今のところバーナードを使ってどうこうするつもりはなさそうだ。
捕虜にしたら追ってくると、本能的に分かっているだけで、そこまで悪知恵が働くほど知能がないのかもしれない。
だが、ここで暴れられたりしたら、ハントマンスパイダーの意識とは関係なしに、確実にバーナードが怪我を負ってしまう。
早く倒してしまいたいが、バーナードが巻き込まれないように慎重に攻撃しようとすると、さすがのマナトも二の足を踏む。
そのとき、ハントマンスパイダーの背後から子蜘蛛が現れた。
背後にあった卵が孵ってしまったらしい。
「こんなときだってのに……!」
焦燥に苛立ちを覚えながら、とりあえず子蜘蛛を処理しようとしたとき。
「なんっ…………!」
横から伸びたハントマンスパイダーの手が、子蜘蛛の腹を刺し貫いていた。
マナトは唖然とする。
自分で産んだ子どもを自分の手で殺す。そんな狂気の沙汰に上げた声だったが、むしろそこからが狂気の始まりだった。
なんと、ハントマンスパイダーは自分の脚に刺さった子蜘蛛を口元へと運び、そして——口の中へ放り込んだのだ。
静寂に、バキボキという耳を塞ぎたくなるような咀嚼音だけが響き渡る。
「なんで……? どうして……?」
背後でジュリアの呆然とした、そんな言葉が聞こえた。
「危ない!」
ジュリアが続けてマナトに何かを促す。風を切って向かってくるそれを、マナトは跳んで躱した。
「どうなってんだよ……!」
それはさっき、マナトが確かに切り飛ばしたはずの左側の脚だった。
それは一本だけだったが、混乱するマナトの目の前で、残り三本の欠けていた脚元が揺れたかと思うと、一気に新しい脚が生えてきた。
ハントマンスパイダーはゆっくりと立ち上がり、急所だったはずの胴体は、またマナトの背より高いところへ戻ってしまう。
その動きは少しぎこちなかったが、ほぼ元どおりだった。
マナトは慌ててステータスを確認する。
__________________________
種族 :ハントマンスパイダー
ランク :B
Lv :38
HP :1545/3270
MP :197/247
攻撃力 :298
防御力 :203
魔法攻撃力:254
魔法防御力:198
素早さ :207
アビリティ:共喰い Lv5 (MAX)
: 再生 Lv3
スキル :[捕縛の糸]
: [腐食の糸]
__________________________
「500も回復してる?! なんでだ?!」
回復魔法も持っていないのに、自然治癒でいきなり500も回復するのは明らかにおかしい。
何か原因があるはずだ。
ステータスを改めて見ると、それらしき項目があった。
『共喰い Lv5 (MAX)』、『再生 Lv3』だ。
物騒な字面だが、詳細が分からず、多分そうかなと想像するしかないのがもどかしい。
もっと、詳しく見れないものか。
注視していると、選択されたように点滅して、各アビリティの下に新しい文字が浮かんだ。
『共喰い』
同族を食らうことで、体力を回復させる。
回復率はLvによって変動。
『再生』
欠損した部位を即座に再生する。
発動条件は『共喰い』時、欠けた部位があること。
Lvにより間隔時間が短縮。
「よっしゃ、アビリティの説明きたー!!
なんでもっと早く発見できなかったんだよ、クソっ!」
これから色々やりやすくなるという歓喜と、脚が再生する前にアビリティの説明を知りたかったという悔しさが入り混じって、言葉もおかしくなる。
複雑な気持ちを落ち着かせて、冷静にハントマンスパイダーの情報を整理することにする。
この説明を見ると、『再生』は『共喰い』の進化系アビリティのようだ。
つまり、マナトがいくら脚を切り落とし胴体攻撃へと繋げても、倒す前にハントマンスパイダーが同族を食べる——つまりは子蜘蛛か卵を食べると、体力が回復するのと同時に脚も生えてくるから、無意味だと。
(卵しかないこの部屋で、どうやってそれを防げって言うんだよっっっ!)
地道にマナトたちが、この部屋の卵を壊していくのを、ハントマンスパイダーが大人しく見てくれているはずはないだろうし。
と、すれば、『再生』の『Lvにより間隔時間が短縮』という項目に期待するべきだろうか?
短縮ということは、連続しては使えず、次の再生を行うにはインターバルのようなものが設定されているはずだが、時間も分からない不確かなものに期待するのは如何なものか。
それこそ、ケットシー族を連れてきて人海戦術に物を言わせるか、マナトが[神々の黄昏]を放って一撃死させるかくらしかないではないか。
(ん? もしバーナードさんを連れて逃げれたら、その方法もありか?)
否定的に考えていたマナトは、それもアリかと考え直した。
今まで、その方法を使わなかったのは、バーナードを巻き込むことを恐れたのと、森の中だと火事になるかもしれないし、生態系が変わって狩りができなくなったら、ケットシー族が困るからだ。
この崖に建つ洋館なら、バーナードさえ助け出せば、[神々の黄昏]をぶっ放っても、なんの問題もない。
ハントマンスパイダーが、クルリとマナトたちに背を向けて、移動を開始する。
目的はすぐに分かった。
後方の壁際に産みつけている卵たちだ。
あれを食らって、全回復しようとしているのだろう。
「ジュリア!
バーナードさんの糸を切って、助け出せるか?」
「やってみる。でも、マナトはどうするの?」
ステータスが見えないジュリアにしたら、瀕死の状態のハントマンスパイダーが、突然脚を生やして元通りになった、不死身の化け物のように思えたのだろう。
その口調は、今のうちにバーナードを助けて、一緒に逃げ出したほうがいいのではないかと物語っていた。
その通りなのだが。
ジュリアには、ハントマンスパイダーがこちらに攻撃してこない今がチャンスだと思っているのかもしれないが、マナトにはそうは思えない。
全回復させてしまったら、必ずまた襲ってくる。
それでも、ハントマンスパイダーが回復するほうが遅いというのなら、マナトもバーナード救出を手伝うのだが、明らかに糸を切っている最中に全回復して襲われる可能性が高い。
そうなったとき、咄嗟に躱すことができるかどうか。
「俺はもう一度、攻撃しに行く。その間にバーナードさんを頼む」
「——分かった、僕に任せとけ」
何か言いたそうな顔はしたものの、口から出たのは頼もしい言葉だった。
やり取りする時間も惜しいと思っていたマナトは、信頼してくれたジュリアに感謝しつつ、ハントマンスパイダーの後を追う。
ハントマンスパイダーは、マナトが追ってきていることを知ると、即座に[腐食の糸]を打ってきた。
今度は尻が見える状態なので、打つタイミングさえ分かれば直線的なそれを避けるのは難しくない。マナトは走るスピードを落とさず、身体を丸めてそれを躱す。
と——
「な、なんだっ?! ネバネバする!」
続けて飛んできた何かに、右手と腰を繋ぎとめられた。
マナトは自分の不覚に唇を噛む。
連続で打ってきたそれは、[腐食の糸]ではなかった。
たぶん、もう一つのスキル[捕縛の糸]だ。
さすがに走れなくなり、足が止まる。
マナトは腕を広げて、引き千切ろうとした。
「切れろって、もうっ!」
だが、ゴムのように伸縮性があって、マナトの力でも引き千切るのは難しい。
その間にも、ハントマンスパイダーが、壁際の卵に達してしまう。
焦りながらも、マナトは右手の剣を左手に持ち替えた。
「これならどうだ!」
左手の剣の刃先を自分に向ける。
「マナト?! 」
バーナードに取りつき、身体と糸の境目に短剣の刃先を入れて、慎重に動かしていたジュリアが、驚いた声を上げる。
少し身を切る覚悟をしたが、刃は上手く滑り、糸は切れて床に落ちた。
「なんとか大丈夫——って! ジュリア、上だ!」
平気だと返事をしようとしたマナトの目に、子蜘蛛が、天井からぶら下がりながら、ジュリア目指して降りてくるのが見えた。
「えっ、何……?」
マナトの緊迫した声に、キョロキョロと周囲を見渡すが、肝心の上を見ない。
「上だって、上!」
マナトはハントマンスパイダーを放って、ジュリアを助けに向かおうとしたが、[腐食の糸]が頬を掠める。
それを見て、ジュリアが慌てて、弓を構えようとした。
(違う! 俺なんて助けなくていい!)
蜘蛛が音もなく、ジュリアに近づく。間に合わない。
「ジュリア!」
「ジュリアン!」
マナトと同じように部屋の入り口の方から誰かが呼ぶ声がした。
それと同時に放たれた矢が、今まさに襲おうとしていた子蜘蛛の腹を貫いていた。
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