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06 永崎

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 雅彦さんがいなくなって困ったことはいくつもあったが、まずはタバコだった。僕は立派なヤニカスと成り果てていて、箱の残りが少なくなっていくことに不安を覚えた。
 女顔の上に童顔だった僕だ。コンビニではまず買えなかった。タバコ屋でも無理だろう。自動販売機で買うには専用のカードが要るらしい。
 思い付いたことは一つだった。老け顔のクラスの奴にこう言って誘った。

「なあ……タバコ欲しいねん。その代わりやらしたるから」

 この方法は上手くいった。空き教室で、トイレで、体育館倉庫で、僕は尻を差し出した。タバコがあれば姫がさせてくれるという噂はじわじわと広まり、ニコチンが切れることはなくなった。
 どんな奴にやられようと構わなかった。タバコとコンドームさえあれば。童貞だった奴らも何人かいた。雅彦さんに教えられた技術で男を勃たせてぶちこんでもらった。
 高校三年生になり一気に受験ムード、同級生たちは目に見えてカリカリしていた。そんな彼らのはけ口に僕はなったのだ。僕の性欲も満たせるしいいことだらけだった。
 それでも雅彦さんが与えてくれた激しい絶頂に達することはなかった。僕は声を押し殺すことばかり上手くなり、どれだけ乱暴に扱われても雅彦さんよりマシだったので文句一つ言わなかった。
 皆がどうやってタバコを調達していたのかは知らない。悪どい方法を使った奴もきっといただろう。だが、どんな手を使ってもタバコはタバコだ。気にせず吸った。

「セブンスターのボックス、キスなし、ゴム持参」

 それは呪文のように校内を駆け巡り下級生にまで伝わった。
 ついには生徒だけでなく教師にも声をかけられた。永崎ながさきという美術教師だった。黒髪を乱雑に束ねており女子生徒からは人気がある男だった。

「教師もみんな知っとうよ。白鳥のこと。でも、ええガス抜きになっとうからな。黙認や」

 油の匂いのする美術準備室で僕は抱かれた。永崎も喫煙者だったらしく終わってそこでタバコが吸えるのが有り難かった。永崎は早漏でかつ回数が多く、一気にいくつもの箱が手に入るのでいい客だった。

「先生も元気やなぁ」

 二人でタバコを吸いながらニヤニヤと見つめ合った。

「先生、男が好きなん?」
「いや、別に。白鳥が女みたいな見た目やから抱けるだけ」

 僕の金髪は背中になびく程になっていた。男子制服さえ着ていなければどこからどう見ても美少女だった。

「なあ白鳥、ホテル代とメシ代奢るからここ以外でもせぇへん?」
「じゃあ連絡先教えて」
「ええよ」

 生徒と教師の連絡先交換は禁止だ、それ以上にやることをやってしまっているのでどうしようもないのだが。
 週末になると永崎と夕食をとりホテルに連れ込まれた。やはり大人の男相手はいい。金を持っているし行為にも余裕があった。
 男のものなんて、と言っていた永崎もしゃぶってくれるようになり、それが優越感をもたらした。僕だけを裸に剥いてねっとりじっくりいじくるのが癖になったようで、いくつもの夜をそうして重ねた。

「先生、気持ちいいっ、先生……」

 僕は演技ではなく本当にそう思っていた。ホテルだと我慢しなくてもいいし、僕はなるべく言葉に出して感情を伝えた。
 けれど深入りは禁物だ。僕は永崎の過去も今の生活ぶりもどうして美術教師を選んだのかも聞かなかった。今度こそ情は移さない。永崎もキスだけはしてくれるなという僕の頼みを守ってくれてとても紳士的だった。
 土曜の夜は泊まってくる僕の生活リズムに母もようやく気付いたのだろう、いきなり母親ヅラをされてリビングで問いただされたので言ってやった。

「僕、男に抱かれとうねん。お前と一緒や。顔だけじゃなくてそっちも似たな」

 母はさあっと顔を白くしてぱくぱくと口を開けたり閉じたりした。本当に今の今まで息子に関心がなかったのだろう。追撃した。

「雅彦さんって覚えとうかなぁ……あの人に教わってん。今は校内の肉便器。もう何人とやったんやろ。数えてへんわ」

 母は自分の部屋にこもってしまった。残された僕はとりあえずタバコを吸った。母に対するひとかけらの愛情は残っていたから、死んだら葬式には行ってやるか、そんなことを考えた。
 勉強するか挿れられるかの日々。それはあっという間に過ぎ、雅彦さんに貫かれてから一年目の日になった。初めて永崎の住むマンションに呼ばれて僕の絵を描いてもらった。

「綺麗な身体しとうなぁ。楽しいわ」

 裸でベッドに寝そべる僕のスケッチはすぐに仕上がった。それを丸めて持ち帰らせてもらった。雅彦さんから貰った香水がそのままだったことを思い出して捨てた。
 永崎は本当にいい客だった。毎回僕の容姿を褒め丁重に扱ってくれた。油絵を描くよ、と言われ、モデルになった。余りにも僕が美術室に入り浸っていたので、永崎との仲は周囲には知られていたのだと思う。しかし、咎める者は誰もいなかった。
 冬になる頃には、放課後残って勉強して永崎の所へ行ってから帰るというのがお決まりのパターンになっていた。
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