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44 生活

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 蒼士の誕生日プレゼントは時計にした。僕の手持ちじゃ大したものはあげられなかったがそれでも喜んでつけてくれた。
 そして……ある挑戦をしたのだが。結果は惨敗だった。

「うん……大根に火ぃ通ってないし味噌も入れすぎやなぁ……」

 ネットを参考に味噌汁を作ってみたのだが、料理なんて生まれてこの方やったことがなかった、やはり無理があった。

「料理したいんやったら言うてくれたら教えるのに」
「驚かせようと思って」
「可愛いなぁ、もう」

 僕もバイトがあるとはいえ圧倒的に蒼士より時間があった。家のことはなるべく僕がしたいというのが自然な気持ちだった。経済的には頼りっぱなしになるわけだし。

「次の週末、一緒にスーパー行こう。食材の選び方から教えるで」
「ありがとう、蒼士」

 野菜なんてどれも一緒だと僕は思っていたのだが、種類ごとにいくつかポイントがあるらしく、僕はそれを聞かされながら選んでみた。

「ピーマンこれでええ?」
「うん。ヘタの色綺麗やな。ええで」

 帰宅してキッチンに立ち、蒼士に手を取ってもらい、包丁の握り方からやり直しだ。

「なかなか……不安やな……」
「もう、蒼士。こんなん慣れやろ。僕かて……」
「あー! ちゃんと手元見ぃ!」

 野菜を切り終えてとりあえずフライパンに放り込もうとしたら止められた。

「順番あんねん! 火ぃ通りにくいやつからや!」
「そうなん?」

 出来上がった肉野菜炒めは味付けが塩コショウだけだったし食べられるものにはなった。

「僕これから頑張るから!」
「手ぇ切らんようにな……火元には気ぃつけや……」

 女子大生になった理沙も遊びに来た。さすが蒼士の妹と言うべきか、早速友人には恵まれたようで連絡先をいくつも交換していた。

「美月さん料理始めたんやて?」
「うん。失敗ばっかりやけどな……それでも完食してくれるから嬉しいけど」
「お兄ちゃんってほんまに美月さんのこと好きやねんなぁ」

 その日はクリームシチューを作ろうとしていて、食材は揃えてあった。理沙に僕が作る様子を見てもらった。

「美月さん、ジャガイモは芽ぇ取るんやで?」
「へっ?」

 理沙の小さな手が触れてピーラーを一緒に動かされた。

「なんや、ボコボコになってもうたけど」
「それでええねん。切ったらわからへん」

 蒼士が帰ってくる時間が迫っていた。それまでには完成させようと急いで野菜を切った。

「痛ぁ!」

 見事に指先を切った。

「美月さん、水で流し!」

 すっかり意気消沈、情けないが続きは理沙に作ってもらった。

「あーあ、やってもたか」

 絆創膏をつけた指を見せると、すっかりスーツ姿が板についた蒼士はカラカラと笑った。

「まあ、そないしてるうちに上手くなるから」
「明日は頑張る」

 三人で食卓を囲み理沙の話に耳を傾けた。どこかのサークルには入りたいが多過ぎて悩んでいるとのことだった。

「飲みサーだけは選びなや。理沙可愛いから兄ちゃん心配や」
「ちゃんと活動してるとこにするて。運動系もええけど文科系も捨てがたいなぁ、掛け持ちでもええなぁ……」

 洗い物は僕がやった。食洗機があるのでさらっと汚れを落として突っ込むだけだ。食後のコーヒーを飲んで理沙は帰っていき、僕と蒼士は風呂に入ることにした。

「美月、指見せてみ……」
「んっ……」

 バスタブの中で絆創膏を取って傷口を晒した。

「ああ、そんなに深くないな。医者行かんでもよさそうやな」

 蒼士は向かい側からきゅっと抱き締めてキスをしてきた。

「一生懸命な美月は可愛いけど、無理したらあかんで」
「むぅ……そうやって甘やかされてばっかりやと嫌やの」
「難儀な子やなぁ」

 ゆるやかに時は過ぎていった。蒼士を起こして、僕もバイトに行って、帰りにスーパーに寄って、四苦八苦しながら料理を作る。
 伯父には蒼士には内緒で金は貯めておけと言われていた。いつか追い出されても大丈夫なように。しかし、そんなことにはならないだろう。僕が一方的に拗ねることはあってもケンカにはならなかったし、毎晩僕のことを愛してくれた。
 少しずつ自信がついていった。僕はここにいてもいいし、愛されてもいいのだ。生きる理由なんてハッキリしていなくてもいい。寝て、食べて、タバコを吸って。そんな日常を大好きな人と過ごすことは罪でも何でもなかった。
 味噌汁の味を蒼士のものに近づけることができてようやく安心してもらった。その間に三回は指を切ったし二回くらい火傷はしたが。

「もうすぐ美月の誕生日やなぁ……休み取るわ。二人でどっか行く?」
「せやな。禁煙でも我慢する」

 僕は以前よりタバコにすがらなくなっていた。無いと困るものではあったが。僕は蒼士が何年前だったか提案してきた場所を思い出した。

「蒼士、水族館行きたい」
「よっしゃ。そうしよか」

 その日が来るのを指折り数えて待った。恋人と外出する、それを思うだけで僕の心は沸き立ったし、バイト中も白鳥さん機嫌いいですねぇと後輩に筒抜けであった。
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