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#01 影
しおりを挟む──秋風に。
袖の長いシャツを着て、暑いと思わなくなった。季節が変わったんだろう。掃除をすべきか、晩飯の支度をすべきか。悩んでいるとひょこひょこ歩く影が気になった。頭を撫でてみる。嫌がってはいないようだ。とりあえずソファに座って膝の上に乗せてみる。
「あ、あのですね。」
主張はするように、とは言ったかな。どうでも良いか。温かい。
「キモいとかうっといとかよく言われるので、その、お気になさらずと言うかですね。」
「嫌か?」
「へ? い、いえ、その、ですね、」
どうも呂律が回っていない。待つとしようか。ボサボサだった髪は少し色つやが良くなった。化粧は、趣味じゃないんだろう。まぁ、好きにすれば良いか。
「なんで貴方は貴方なんですかねぇ。」
「さぁ? 俺に訊かれても困る。」
「困りますか。」
「そうでもねぇな。」
二人で少し笑った。
「髪、どうしましょうね。」
「ツインは面白いぐらい似合わなかったな。」
「私に可愛いを求められても、それこそ困ります。」
「困るのか?」
「どうでしょうね?」
また笑った。それで良いんだろう。口の悪い友人は性質の悪いストーカーと言った。そうなんだろう。それでも悪過ぎるお前の口よりマシだと言った。
「ところでなんですけど、」
「あ?」
「不法侵入なんですよね、私。そろそろその辺もツッコンで貰えると、気が楽なんですけど。」
「ああ、良いよ、別に。困る事もないし。」
「左様ですか。」
前にあった困る事は止めさせた。人間は他人の髪やら爪は食わない。
「ああ、合鍵、出来たから持ってけ。それなら不法じゃねぇだろ。」
「はぁ、有難うございます。でも、良いんですかね?」
「俺が良いんだから良いんじゃねぇか? 他に困る奴が居るなら相談には乗るが。」
「さよですか。夕飯、何にしましょうか?」
「お前の爪とか髪とか血とか入ってなければ何でも良い。」
「うっ、もうしませんってば。あ、でも、貴方のなら、」
「俺が見たくねぇ。」
促して立ち上がる。陽が暮れるのも早くなった。地味な衣装に、地味な顔。黒髪に黒メガネだからか? 悪くはないと思うが。
「メガネ、赤いのにしてみるか?」
「はぁ、似合いますかね?」
「さぁ?」
知ったこっちゃない。合えば続ければ良いし、合わないものは捨ててしまえば良い。タカが百年の物語に、そこまで拘る必要なんて無い。
「貴方は、本当に貴方ですね。」
「当たり前だろ。理想も夢想も虚しいだけだ。」
一人で生きて、一人で死ぬ。そう思っていた。丁度良くボロいアパートを借りたら変な奴につきまとわれた。理想とか夢とか言われたけど、知ったこっちゃない。嫌じゃないなら大人しくしてろとでも言ったか? 何だっけな。覚えていない。
「でも、本当に良いんですか?」
「何が?」
「私がここにいて。」
「嫌なら出てけ。居たいなら好きなだけ居ろ。前にも言ったろ?」
「はい。では、私はここにいます。」
「さよで。」
豚肉があった。玉葱も野菜室にあった。冷飯もある。炒飯か丼物か。味噌もコンソメもあるが、豆腐も油揚げも無い。青い野菜は少し残っている。
「中華風スープですよね、この材料だと。」
「だな。どっちにする? どっちでも合いそうだけど。」
「豚丼にしましょうか。」
「へいへい。」
ざっくり切った玉葱をフライパンに放る。色が付いたら豚肉と調味料を放り込む。スープはコンソメベースで玉葱を入れる。醤油と塩コショウで良いだろう。整ったらホウレン草を入れて、溶き卵を流し込む。卵が形になる頃にはレンジが出来上がったと喚く。レンジから上がった丼にフライパンの中身を乗せる。スープは小さな漆塗りに移す。漬け物もあったな。茄子だから少し苦労した。食い物に釘ってなんだよ。
「良い感じですね。」
「ああ、上手く漬かったな。」
「ええ。では、頂きます。」
「はいはい。」
箸を付ける。少し塩が強かったか。スープが薄味になったから丁度良いか。どっちみち箸が止まる程じゃない。
「酒、呑むか?」
「ああ、そうですねぇ、麦酒にします?」
「焼酎か? ウイスキーじゃねぇな。」
「ですね。では、水割りにしましょうか。」
それなら丼にしなくて良かったな。同じ意見だったらしいが、今更どうにもならない。とりあえず胃に収めてしまって、片付けも済ませた。テレビでも眺めながらだらだらしていると良い時間になる。
「風呂、どうする?」
「先に、あ、後、後でお願いします。」
「何する気だこんにゃろう。」
「そこら辺は抜け目ないですねぇ、分かりましたよ。先に頂きます。」
「へいへい。」
風呂場に押し出してやって、居間に戻る。窓を開ける。金木犀は未だ先らしい。何だか不思議な匂いがした。季節は巡っているらしい。振り返る。未だ戻って来ない。少し笑った。何を話そうか、何をしようか。戻って来た肩をひっ掴んで一緒に風呂場、も良いかもしれない。どんな顔をするだろう。なんだか面白く思えて、一人で笑った。
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