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#07 白昼無
しおりを挟む──ある日の事。
何がおかしいと言われも上手く説明ができなかった。街はいつも通り動いているし、俺も普段通りの暮らしをしている。変わりがないと言えばそうだろう。けれど、何かがおかしい。見知った筈の道に見知らぬ店があった。看板には見た事もない言語で何かが書かれている。恐らく店名だろう。ガラス越しに見える店内を見る限り喫茶店らしい。俺は全ての言語を知っている訳ではなし、見た事があるような気がしないでもない。信号機の真ん中が銀色になっているが、車は滞りなく動いている。オフィスの入っている階数が違ったが、入り口の看板があったから迷わなかった。いや、そもそも違っていなかったのだろうか。その他仕事用の携帯に記録されているお得意先の名前や連絡先が微妙に違っていたりしたが、別段気にもしなかった。会議資料や納入伝票にも同じように記されている。
そんな小さな疑問が確信に変わったのは仕事を終えてエレベーターに乗った時だった。見知らぬ男が先に乗っていた。黒い帽子に黒いスーツ。背が高く、線は細い。面識のない筈のそいつは小さな低い声で言った。
「お手伝いしましょうか?」
最初は誰に向けて言った言葉なのか分からなかった。眉を顰めながらエレベーターに乗り込む。このビルに入っているオフィスは精々二つか三つの部屋を使う程度の小さな会社が主で、互いに面識はない。
「お手伝いが必要でしょう? この世界に疑念を抱いておいででは?」
エレベーターには俺とその男しか居なかった。スマホで話している風でもない。何より、深く被った帽子の下から覗く、微かに赤いような瞳ははっきりと俺を見ていた。
「そりゃ、そうだが。」
「そうですか。では、お手伝い致しましょう。」
そう言って男は次の階で降りた。妙な奴だと思ったが、元に戻るならその方が良い。エレベーターが一階についた。外は未だ明るい。そう言えば明日は休みだ。どこかで酒でも飲みながら食事にしよう。そう思っていると今度は見知らぬ少女が俺を指さしていた。
「貴方、この世界の人じゃないわね。」
麦わら帽子に白いワンピースを着ていた。俺に娘はいないし、知り合いの娘でもない。
「早くあっちへ、階段を登って。」
指さす方向には俺の務めるオフィスが入っているビルが、無かった。あるのは鉄骨と鉄の階段だけだった。
「夜になれば全部沈んでしまうから。」
少女は俺の隣を通り過ぎて行く。その瞬間、近くの脇道から水が流れてきた。量は少しずつ増しているようでみるみる街中に水が溢れていく。
「急いで。」
慌てて走り出す。水はあちこちから迫っているようで、階段に着く頃には靴がすっかり沈むほどの水量になっていた。階段を駆け上る間にも推移はどんどん上がって来る。津波どころか地震なんてなかったし、退社際に見た夕方のニュースも何も言っていなかった。少女に導かれるまま階段を登り切ると、町は殆ど水没していた。不思議だったのはそれでも水没していない場所も、透明な水に沈んだ街の中も、普段と変わらず灯りが点っていた事だ。
「ところで、誰かと会って、何かを言った?」
六階程度だろうか、鉄製の扉の前で少女が振り返った。
「あ? ああ、なんか、黒い服の男に。」
「そう。じゃあ、私にできるのはここまでかも知れないわ。」
少女が扉を開けると、妙に眩しい光が溢れて、俺は気を失った。
目が覚めると自宅のアパートだった。時刻は昼に近い。ちょっと引っかけるつもりで深酒でもしたのだろうか。財布やスマホを確認すると異常はなかった。この時間まで何の連絡も無いと言うことはなんとか大事もなく帰れたらしい。それにしても変な夢だったな。そう思いながら冷蔵庫を開けると食料が殆どなかった。幸い二日酔いもしていないようだし、買い出しに行こう。そう思って簡単な支度をして玄関の扉を開けるとあの男が立っていた。
「お手伝いに参りました。疑念を全て消して差し上げましょう。」
瞬間、揺らぐように男の姿が消えた。そして、世界が完全に変わった。聞きなれない通知音、見慣れない、文字ですらないような何かが並ぶスマホの画面。出鱈目に伸びる階段。俺は、完全に狂った世界に取り残されて、完全に途方に暮れた。
(了・白昼夢の終わり)
王様の耳は驢馬の耳。なんて話が在ったな。虚ろに内容を思い出しながら街を歩いて居た。其れならあの出来事も同じようなものだろうか。
何時だったか、暇を持て余した男三人で当ても無く車を走らせて居た。目的地は無い。街を走り抜けて山間に入ると脇道があった。舗装はされて居ないが固められた砂利道は通れ無くもない。運転をして居た奴は好奇心だけで其の道へ入った。暫く進むと道はチェーンが張られて居て中央に「立ち入り禁止」とお決まりのプレートが下げられて居た。引き返そうか、そう思った時に一人が言った。
「おい、何かあるぞ。」
未だ薄暮だ。時間は有る。そして、チェーンの先に薄く灯りが見えた。今から戻ってもする事が無い。好奇心も手伝って、三人は車を置いてチェーンを跨ぎ越えて行った。先に在ったのは四方を電灯で囲まれた小さな社だった。山中に態々電線を引いて居て、時間か、暗さに反応して自動で点灯する様だった。不思議だったのは社の中には小さな空の箱が置いてあるだけだった事。何を奉って居るのかまるで解らない。三人はふざけ半分でその箱を持ち帰った。そして、その数日後に死んだ。原因は不明。仕方なく急性の心臓発作と云う事になった。
俺はそいつらが死ぬ寸前にその話を聞いた。
偶然近くに住んで居た祖母にその話をすると真相の様なものを話して呉れた。その近辺の人間は恨み毎や人に相談出来ない事があると其の社の箱に吐き出して居たらしい。四隅に置かれた電灯には封印の文字が綴られて居て、夜には光も使って封じ込めて居たそうだ。其処から出した瞬間に「中身」が溢れたとの事だ。箱を使いに行く人間さえ始まりと終わりに決められた言葉を使って身を守って居たらしい。
「どんな言葉?」
「禁忌ってやつじゃよ。もう誰にも伝えん。私らの時代で呪いの箱は終わりにする気だったんじゃ。」
知って居る者が全て亡くなった後、供養をして社も潰してしまう心算だったそうだ。例え、其れに係わった人間に災厄が降りかかろうと、先祖からの罪を償う、と。
箱の行方は知りません。処分されたのか、何処かへ行ってしまったのか。もしも何処かで小さな空の箱を見ても、触れてはいけません。近付いてはいけません。蓋さえ開けなければ余程近付かない限り害は無いそうですから。
(了・箱)
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