虚構の幻影

笹森賢二

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#12 The ghost in my room

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    ──切れかけた蛍光灯の下で。



 割と町は気に入っている。生活圏にホームセンターや薬局、安売りのスーパーもある。一つだけ気に食わないのは、大通りをくぐり抜ける地下道だ。一応蛍光灯が並んではいるが、何本か切れかけて点滅している。一応ミラーもあるが、曇っているし、薄暗いせいで物の役にも立っていない。そもそも斜めから入る坂道という複雑な構造が良くない。後付けなのか、そもそもそう言う設計なのかは知らないが。通る度にどうにも妙な気分になる。
 春か夏か、そんな時期だったと思う。
 特売に釣られて地下道を通った。地下道の中央、上には燕の巣があって、フン避けらしいダンボールが吊るされている。それを少し避けるように女が立っていた。赤いワンピースを着ている。長い黒髪に蛍光灯の明かりが当たって煌めいていた。一応軽く頭を下げて通り過ぎる、瞬間に気が付いた。衣服を染めて居る赤は、一定では無い。所々白い部分が残っている。気にする事ではないか。そう思って歩く俺の肩に冷たい感触がすり寄った。
「ねぇ、見えてるのよね?」
 走り出そうとした足が動かない。
「ねぇ、私を連れて行って?」

 何かが変わった訳じゃない。食事もいつも通り一人分。ただ、テーブルの向こうに頬杖を突いて見つめる女がいる。布団の膨らみ方が違う。流石に風呂には付いて来ないが、それは確かに部屋に居る。白いワンピースをまだらに赤く染めた、眼球の無い、真っ黒な長い黒髪の女が。
(了・永遠に)



「なんだよお前、また海行って来たのか?」
 夕暮れの少し前、酒を飲みに来た友人がテーブルにビニール袋を置きながら言った。確かにフローリングの床に砂が落ちている。黒や茶の、土と呼べるような物ではなく、河原や海辺にあるような白い砂の粒。それがベッドの周りから部屋の中央にあるテーブルの回りにかけて散らばっている。確かに一週間ほど前にこの友人と海へ行った。
「行ってねぇし、掃除もしてんだけどな。」
 今朝も掃除機をかけたし、ホウキで掃き出しもした。けれど、気がつくと砂が散らばっている。仕方なくまた掃除機を引っ張り出して砂を吸わせた。友人もホウキで手伝ってくれた。
 すっかり砂を片付けた後、友人がビールの缶を開けながら妙な事を話し始めた。
「あの時さ、駐車場混むからって電車で行ったよな?」
 それなりに人気のある海水浴場で、シーズンになると駐車場はすぐに一杯になってしまうが、幸い海水浴場から徒歩で十分も歩けば駅があった。
「でも、ここからだと遠いからって、お前、駅までは車だったよな?」
 俺の住んでいるアパートから最寄り駅までは少々距離がある。そこには無料の駐車場もあり、然程混み合う事もなかった。友人はその近くに住んでいたから、駅で待ち合わせをして、電車で海岸の駅へ向かった。
「ああ。それがどうかしたのか?」
「いや、」
 そいつはビールを飲みながら何か言い辛そうな顔をしている。
「なんだよ?」
 つまみの袋を開けながら、そいつはやっぱり言い辛そうに続ける。
「お前さ、帰り、一人だったか?」
「ああ、他に誰を乗せるんだよ。」
 そいつが言うには、帰りの電車から降りて、何となく俺の車を見送ろうと視線を送ると、助手席に誰かが座っているように見えたそうだ。
「いや、昼間海で遊んで、夜は女かよ、とか思ったんだけど、違うなら良いや。」
「変な事言うなよ、酒が不味くなるだろ。」
 ビールの缶を開けて一気に流し込む。そいつから見れば焦っているような仕草に見えたらしい。
「いや、悪ぃ悪ぃ。」
「ったく、夏だからって下らない作り話しやがって。」
 怪談の類は嫌いではないが、まだそんな時間じゃないし、そもそも他人の話だから面白いのだ。
「悪かったって。」
 それからは何気ない話をしながら酒を飲み進めた。すっかり暗くなってからは、結局怪談話も混ざっていたが、なりに楽しく飲んで眠った。
 次の日、目が覚めるともう昼近くになっていた。二人とも酷い二日酔いで、昼は食べる気にもならなかった。
「明日仕事だし帰って一眠りするわ。」
 友人はそう言って帰って行った。俺もスポーツドリンクだけ飲んでベッドに倒れ込んだ。次に目を覚ましたのは夕暮れ近くだった。二日酔いは殆ど抜けていた。キッチンで水を飲み、冷蔵庫を見ると食べ物はまだある。買い物は明日の仕事帰りで良いか、等と考えているとスマホが鳴った。友人からのメッセージが届いていた。
『昨日言うか言わないか迷ってたんだけど』
『何を?』
『あの話さ、間違い無く本当なんだ』
『何の話だよ』
『だから、お前の車に女が乗ってたって話』
 ふと、さらさらと音がした。台所と部屋の間辺りに砂が散らばっている。それは少しずつ量を増やしながら部屋の方へ伸びて行く。それを追うように砂を踏む音が聞こえ始めた。砂はベッドの前で止り、足音も止った。
 そして、俺はそれを見てしまった。濡れた長い髪に、砂にまみれたワンピース。青白い肌、紫の唇の端からは青黒い何かが伝った跡がある。その上、鼻と目があるはずの場所には、黒いくぼみか、穴があるだけだった。笑った、のだろうが、紫の唇の端が上がり、頭の中に直接響くような濁った声が聞こえた。
「やっと、気づいてくれた。」
(了・砂) 
 
 


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