虚構の群青

笹森賢二

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#08 夜の灯

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   ──揺らめく光。


 溜め息一つで過ぎる夜も、永遠に続くような夜も、同じ時間に変わりは無い。眠るなら其れも良い。退屈ならば小さな灯を点けて、何か話をしよう。


 漸く蝉の声が消えた。代わりに違う虫の声が聞こえ始める。季節は次へ向かっているのだろうか。どうでも良いか。今夜も蝋燭に火を点す。白い壁に姿が浮かぶ。影では無いが、鮮明でも無い。髪の長い女性に見えるが、まぁ、何でも良いさ。今夜はどんな話をしようか。


 蒸し暑さも感じない。感情すら無い。絶望も悲嘆も消えた。何時からだろう。何かを知った日? それよりも前にあった何か? それとも。
「ねぇ。」
 人形の君が問い掛けて来るようになったその日から?


 日没を待って門口に古いタライと水の入ったバケツを置いた。亡祖母がそうしていたように使い終えた割り箸をタライにくべて絞った新聞紙に火を点けて滑り込ませる。よく燃えるのは良いのだが、先祖を迎える火の元がこんなありふれた物で良いのだろうか。燃えてしまえば同じか。人間だって死ねば燃やされて骨になり、同じように壺に入れられ、同じように石の下へ納められる。
 それでも、そういうのも高級な、宗教的な意味が多い物の方が良いのだろうか。
 ちらちらと揺れる炎が影を作る。人の形、亡祖父母、亡母は産まれる事の無かった水子を抱いている。かつて飼って居た犬、猫が続き、家の中へ入って行く。問い掛けても応えは無いだろうな。ため息を吐きながら煙草に火を点けた。


 蝋燭の灯り一つ。落雷で電気が止まってしまった。一晩くらいは寝てしまえばそれまでだし、明日の夜には復旧しているだろう。雷と暗闇を散々怖がっていた妹は俺の肩に頭を押し付けて眠ってしまった。だから、蝋燭の火を絶やさずに、暗闇から押し寄せようとする得体の知れない影を追い払うのは俺の役目だろう。


 養護施設の夜勤。はっきり憂鬱だった。廊下の照明を点けても大した問題は無いだろうが、禁止されていた。小さな常夜灯だけが薄暗い廊下を作っている。と言っても車イスや杖を使っている高齢の利用者さえ平気で用を足しに行っているのだから歩行には問題無い。見えていない彼らには問題無いのだ。巡回の度、俺はすっかり手放せなくなった懐中電灯を向ける。その時だけあの女は消えてくれる。毎夜毎夜、そんな事を続けている。


 夜空には星が広がっていた。足元には白い花、目の前にぶら下がる輪。その向こう。月の灯りの中でこまねくのは、肉のすっかり落ちた亡者の手。


 小さな避難小屋。中央のかまどにくべた薪が赤々と炎を上げている。虫が少し気になるが真夏の時期でも涼しく過ごし易い。目的は昼の絶景と夜の宴。装備さえしっかりしていればこの時期は難易度が低く、もう少し険しい夏季ルートを選択する人の方が多い為ここを選ぶ人は少ない。ここは文字通り、厳冬期のビバーク用の小屋だった。
 昼は下に街がある事さえ忘れてしまうような絶景を満喫し、火が落ちてからはバーベキューを楽しんだ。先に寝床の支度をしてしまってから、各々飲み物を手にした。
「じゃあ、そろそろ始めるか。」
 宴の最後は必ずと言って良いほど怪談話だった。一人一つずつ話を持って来て楽しむ。特にテーマは無い。体験談風に語る奴も居れば、怪談小説を離し易く加工する奴、古典を持って来る奴も居る。一人、二人、三人、四人、五人と話し終えて火の始末をすると、街で待っている仕事にややうんざりしながら眠った。
 翌朝。片づけをしながら気付いた。何故気付かなかったのだろう。いや、その方が良かったと言えばそうか。俺達は四人のパーティーで、昨晩の山小屋に来客は無かった。


 夏になれば夜明けも早い。外は白んで来たようだ。さて、おや? 君、君よ、その影、そのまま引き摺って行く心算かね?
 
 



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