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#12 夜の瑕口
しおりを挟む──扉。
時計の針は天井を越えた辺り。太陽はとうに沈み、月の明かりも無い。常夜灯だけが狭い部屋を薄暗く照らして居る。其れでも外は風の無い静かな夜だ。眠気は薄い。明日も仕事が在るが、簡単なものだしもう少し起きて居ても良いだろう。問題が在るとすれば此の部屋だ。僅かばかり開いた押し入れ。毎夜の事だからと放って居る。態々身体を起こすのも面倒だ。何時もなら其のまま眠気に任せて眠って仕舞う。朝になれば押し入れの戸も閉まって居る。気にならないと言えば嘘だが、嫌な予感しかしない。其れに黙って居れば何も無いのだが、今日に限って何故か眠気も薄い。常夜灯さえ煩く思える。溜め息を吐きながら水でも飲もうと身体を起こした瞬間、隙間に何かが居た。薄明かりの中でさえ奇妙と思える質感が分かった。布団に戻ろう。目を閉じていれば、できなかった。ずるり、と隙間から這い出して来た其れは畳の上を滑るように移動して来る。其れは真っ黒な塊、否、人の形をして居た。ゆっくりと近付いて来る。どうやら女の形をして居る様だったが、目は合わなかった。薄明かりの中、青褪めた肌の顔には眼が無かった。
逃げて逃げて力尽き、掬い上げられ仮にとあてがわれた部屋にはカーテンが無かった。夜になると南向きのガラス戸から街灯の光が入って来て部屋に影を作る。そこから玄関までは直線で、季節柄部屋の戸を開け放したままにしているせいで玄関の扉まで光が届く。ろくに物の無い部屋だから俺の影が映るくらいだが。初めは驚いたり珍しく思ったりもしたが、三日もすれば気にならなくなった。
ある夜、いつも通り扉に映る自分の影を見た。頭から、胴、腕、足と続く影。しかし異和感がある。正体は直ぐに知れた。扉の中で影が手を振っている。こいつは、誰だ?
寝苦しくて目が覚めた。大きな塊が俺の腹の上に乗っている。真っ黒な、毛髪の様なものが生えた影。その中央、大きく開いた一つだけの巨大な瞳と目が合った。
ベランダで煙草を咥えていると柵の上を黒猫が歩いて来た。かなり前からこの近所に住み着いているらしい。悪さをする訳でもないし、鳴き声も大人しい。ここは一階だから落ちて怪我をする事もないだろう。偶にベランダの中に入ってきたりもするが、気が付くと居なくなっている。
真夜中。外で猫の声がした。今日は他所でエサを貰い損ねたのだろうか。カーテンを開けて外を覗くと、猫の目をした女がベランダの柵に顎を当ててこっちを見て、にゃあと鳴いた。
常夜灯が壁に光を投げている。蛍光灯や傘が光を切り取っていて、四方の壁にはそれぞれ半円の光が描かれている。不思議な形だなと思えたのは数分で、眠気に引かれるまま夢の中に吸い込まれた。
どれ位経ったのだろう。不意に目が覚めた。景色は変わらない、筈だった。薄い光の中に何かが、いや、薄明かりが作る半円の縁から黒い手を伸びている。手だけでは無い。足、頭、長い舌。眼球が降った。一体この部屋には何が住み着いて居るのだろう。
夜明けが近い、少しずつ音が広がり始める。水の音、鈴の音、緩く流れる風と、何かが揺れる音。遠くで扉の閉まる音、家鳴り。そして、君の最後の悲鳴。
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