虚構の群青

笹森賢二

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#11 骨

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   ──真夜中の物語。


 毎夜毎夜怯えながら過ごして居る。繰り返す幻視、幻聴、悪夢。寝汗も酷く短い睡眠を繰り返す。仕事場は近く、部屋自体への不満は少ないが、失敗だったかも知れない。今夜も夕食と酒を胃に流し込んで床に就く。まともに眠れるのは宵の口だけだ。時計の針が回り、夜が更ければ彼らが現れる。俺は目を覚ました、のだと思う。布団の感触が分かる。暑さも感じる。けれど目は開かず身体は動かない。足音が聞こえる。裸足で畳を踏む音だ。ゆっくりと近付いて来る。冷たい汗が身体を伝って流れ落ちて行く。足音は一度枕元で止まった。呼吸が苦しくなる。同時にどすん、どすん、と身体の周りの布団を押された。歩き周っているのか、飛び回っているのか、どちらでも良い、早く消えてくれ。俺の願いを嘲笑うように、ずぼり、骨のように細い腕が布団の中に入って来た。
 身体が跳ね上がった。常夜灯が狭い部屋を照らしている。灯りを点け、汗を拭いて水を飲んだ。息が荒い。肩を掴まれた。反射的に振り返れば、頭蓋骨。
 目が開いた。常夜灯が見えるが身体が動かない。両肩に手が当てられていて、抑えつけられている。何か呟いているらしいが、ぼそぼそと小さな声は聞き取れない。這いあがるようにぬるりと白い女の顔が覆い被さって来た。やたら赤い唇が動く。
「一緒に死のう?」
 目が開く。身体も動く。汗が酷い。呼吸も荒い。夢だったのか、現実だったのか、辺りには何の気配も音も無い。いつも通り常夜灯に照らされた狭い部屋があるだけだ。水を飲んだのも夢だったらしい。喉は痛い程乾いていた。台所へ向かい、両手を使って殆ど蛇口から直接水を呑んだ。汗も拭いて布団に戻る。時計は午前二時を指していた。もう眠る気にもなれず布団の上に胡坐をかいて座った。
 どれが夢で、どれが現実だ?
 時間が進まない。時計は何時も通り回っているのに、一向に朝にならない。この時期なら後一時間半もすれば白み始める筈だ。昼ならばあっという間に過ぎる筈の時間が矢鱈長い。額に手を当てる。汗は漸く引いていた。そして白骨化した手が俺の手首を掴んだ。
 漸く空が白み始めた。影どもが隙間へ帰って行く。身体がふらつくが、今日は休みだ、何も問題は無い。
「そう?」
 纏わり付く。声、湿度、温度、質感、人間にしては冷た過ぎる。けれど、それは確実に居る。背後にぴったりと張り付いている。
 何度目覚めれば良いのか、時計は午前六時。起き上り、襖を開く。そこにあったのは赤と黒の世界。
 跳ね起きた。今度こそ現実か? 時計は午前三時だと言っている。辺りはまだ真っ暗だ。寝汗は変わらずに酷く、喉も乾いている。手足は妙にだるく、重い。この部屋に何が憑いているのか、どんな謂れがあるのかは知らないが、できるだけ早く引っ越した方が良い。毎晩この調子では身体も精神ももたない。
「そんな事言わずに、」
 冷たい空気が首筋を撫でた。
「もっと一緒に居ましょう?」
 背後から抱き付いて来たそれは、矢張り真っ白な骨になった腕と手だった。
 
 


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