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#17 夜の風
しおりを挟む──夢現。
夢の中を彷徨う。現を彷徨う。其の狭間に何を見て居たのだろう。何を見るのだろう。
これは夢だろう。恐らく夢だ。夢だろうか。自室だ。安アパートの一室だ。けれど、少し違う。手元を照らすスタンドライトがある。小さな棚もあって少量ながら酒が並んでいた。いつもの煎餅布団が柔らかい。高価なマットでも敷いてあるのか。買った覚えはない。だからこれは夢だ。
翌朝目が覚めてすぐにため息を吐いた。そこにあるのは何も無い部屋だった。
漠然と世間に放り込まれた。夢も未来もあったもんじゃない。今日一日生活とこの荒涼とした部屋を守るので手一杯だった。今夜も疲れきって眠るだけだ。
見慣れた天井がやけに綺麗だ。間取りは同じだったが、冷蔵庫は大きくなり、炊飯器もあった。伴侶もいるのか、テーブルには二人分の料理が並んでいる。
目が覚める。真夜中だった。荒涼とした部屋に一人でいる。羨ましいと、はっきり思った。呟く。
「代わりたいなぁ。」
馬鹿馬鹿しい。明日も仕事だ。眠らなければ。
訪れた朝は妙に煌めいて見えた。もうあの鬱陶しい靄は無い。物量など問題になら無い。確かな空気、意識、肉体が在る。もうあの虚ろな世界では無いのだ。思いっ切り空気を吸い込み、呟く。
「有難うな、やっと言って呉れて。お陰で出られた。」
雨が降った。ここらでも大雨だったが、南の方ではかなり被害が出る程だったらしい。けれど、遠い街の話だ。ここらの雨はもうすぐ止むだろう。あっちは大変だろうな。そう虚ろに思いながら煙草を吹かす。結局人間はその程度だ。後の教訓として有り難く使わせて貰うだけ。悲しい顔は作り物だ。
「我ながら薄情だな。」
ため息を吐きながら、気付いた。アスファルトの上で跳ねる雨粒。何かがおかしい。跳ねた水が不自然にアスファルトに、違うか、見えない何かが水たまりを踏んで歩いている。この行進はどこへ行くんだ?
川辺、堤防の上、舗装された道を自転車で走っている。前方に二人、茶髪と黒髪が歩いていた。茶髪の方は何かベビーカーのようなものを押していて、黒髪はのんびりと歩いている。一人ずつ追い越しながら進む。辺りは真夏の緑が溢れていた。小石を避けながら進む先には廃屋があって、その先に実家があった筈だ。
廃屋に差し掛かると老婆が一人出て来た。着物姿だったが、色が無い。白黒写真のようだった。表情が硬い。老婆が指差す。自転車を止めてその方向を見ると、川辺に同じ老婆が立っていた。黒髪の女性を睨んでいるようだ。
「何をしとるか! 早く帰れ!」
風が吹いた。
一瞬で世界の色が消えた。ぼやけた白黒写真のような世界を老婆は黒髪の方へ歩いて行く。俺はさっさと実家に入ろうとペダルに足を掛けたが、踏めなかった。何か来る。歩いて来るのは大きな楕円形の頭部と大きな閉じたままの目。着物姿だ。口も横に広い。カエルを連想させられた。髪は、あるのかないのかよく見えない。それが次から次へと歩いて来る。突風が吹いて、俺は目を閉じた。
目を開くと真夜中の自室だった。息が上がっている。寝汗も酷い。息を吐いた。夢かよ。酷い夢だな。そう思った瞬間、あのカエルの顔が目の前に現れた。
節電なのだろう。マンションの廊下の電気は一つ飛ばしにしか点けられていなかったが、明るさとしてはそれで充分だった。さっさと戻って呑み直そう。コンビニ袋をぶら下げたまま逆の手でポケットを漁る。固く冷たい鍵を取り出す。ちょうど前から女性が歩いて来た。綺麗な人だった。黒髪に質素な白い服。軽く会釈をしながら小さな声で挨拶をすると相手も返してくれた。すれ違い、部屋の鍵を差し込みながら今来た廊下を見る。女性は居なかった。少し酔い過ぎているのだろうか。足音も扉の開閉音、エレベーターの音も何も聞こえていなかった。
パソコン、テレビ、ラジオ、音楽、何も流さずに部屋に居ると色々な音が聞こえてくる。隣の部屋のテレビや洗濯機の音。料理の音。その音に混ざって、背中側から聞こえる。
「もうお仕事の時間?」
振り返っても誰も居ない。外に出れば聞こえないがこの部屋に居ると、決まって後ろから聞こえる。
「お帰りなさい。」
振り返っても当然誰も居ない。食事を作り、一人席に着く。
「美味しそうね。」
振り返りかけて、止めた。どうせ何も居やしない。思いついて代わりに問い掛けてみる。
「なぁ、鏡にも映らない、お前は誰だ?」
「んふっ、見たいの? 良いよ。」
白いシルエットが目の前に現れた。恐らく女性だろう形をしていて、唇だけが赤く見える。
「さぁ。お話しましょ?」
何処にでも居る。何処にも居ない。夢であり現実。彼らはそんなもの。
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