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#06 真夜中の幻
しおりを挟む──幻と現実の狭間。
真夜中の幻
──真白き羽根。
私は梟だ。数年前からこの部屋に住ませて貰って要る。昼にばかり活動して居るからすっかり昼夜逆転してしまった。食事は昼前に一度。午後に軽食が出る日もある。朝、目を覚ますと塒から天井に吊るされた気へ移動する。その場所は、彼の顔がよく見える。
隅の部屋を改装した。部屋と行っても物置き用に作られた部屋で床はコンクリートだ。気密と空調を整え、水道も引き排水も繋いだ。小さな冷蔵庫も置いて、彼女の食事を詰め込んだ。皮を腕に巻いて扉を開ける。
「フィルロ、おいで。」
慣れているとは言え猛禽類だ。長い脚は力が強く爪も鋭い。布や人間の皮膚など容易く切り裂く。フィルロは真っ直ぐに天井に吊るした木からフィルロは真っ直ぐに降りて来た。真っ白な翼を器用に使って寸前で一瞬止まり、腕に巻いた皮を掴んだ。
「ご飯にしようか。」
言葉を理解しているのか、また翼を広げテーブルへと飛んで行った。支度は前日に済ませてある。加工したネズミをトレイに乗せ、ピンセントを使って食べさせる。曲がっている嘴もまた鋭い。
食事を終えるとフィルロは元居た場所へ戻って行った。
快適だし退屈もしない。充分に飛び回るスペースはあるし、主人はかなりの時間ここに居てくれる。餌の支度をしてくれたり、白いクロスを広げたテーブルの前で読書に耽って居たり。水浴びをさせてくれたり。寄って行ってちょっかいを出すと構ってくれる。私は、幸せな梟だ。
深夜、リビングで書き物をしていると扉の開く音がした。テレビやラジオの類は点けていないから直ぐに分かった。フィルロの部屋の方からだった。泥棒か、扉が壊れたか、確認に向かうと、銀色の髪の女が立っていた。泥棒ではない事は直ぐに判った。あの部屋の白いテーブルクロスを体に巻き付けているだけだった。
「主人。」
知らないような、知っているような声だった。
「お腹が空いた。」
「あ、ああ。」
夜食用の羊羹があった。外装の上部を解いて差し出す。
「ん、何時もみたいに。これならピンセットなくても大丈夫でしょう?」
深紅の唇が開く。肌が白い所為かやたら赤く見えた。白い歯が差し出した羊羹を齧る。手で受け取る心算はないようだ。最後まで外装を剥いで食べさせると、指まで舐められた。
「不満だったのはこれだけ。有難う。お休みなさい。」
翌日。フィルロに食事を与えながら昨晩の事を考えていた。妙な夢だったな。そう言い聞かせながらリビングに落ちていた白い羽根とフィルロの羽根を見比べる。全く同じ物のように見えた。まさかな。フィルロを見る。偶然だろう。フィルロは俺を見上げて微かに笑ったような気がした。
夜もすがらに君を想う
──面。
遠くから様々な声と音が聞こえる。何か食べ物でも焼いているのだろう。匂いも届いている。でも、其れは私には余り関係が無い。人々に忘れ去られた存在には寂しいと言う資格すら無いのだろう。
ならば。
なんだ? 此れは。
「稲荷ってんだから米入ってる方が良いのかな?」
綺麗な皿には湯気を上げる油揚げ。湯呑みのお茶も温かそうだ。充分だ。其れなのに、少年は未だ迷って居る。少年らしい無邪気な逡巡なのだろう。誰かに呼ばれて行ってしまったけれど、温かいお茶と油揚げが残った。有り難く頂くとしよう。冷たい頬を伝う熱い何かには後で気が付けば良い。
どうせ大人になれば忘れて行く。
そう思っていた。けれど、其れは毎年祭りの夜に成ると必ず訪れた。お茶は何時の間にかに日本酒に変わった。古びた社。其の上に腰掛けて熱い油揚げを噛んだら少し口の中を火傷した。揚げたてが一番旨い、とか言って居たが、限度が在るだろう。何でも屋台の器材を借りて揚げたらしい。酒で冷やす。何だか矛盾しているな。まぁ、良いだろう。
今、彼は誰と祭りを愉しんでいるのだろう。止めようか。意味が無い。私は此の今にも崩れそうな小さな社の主で、彼はそんな場所にさえ足を運ぶのを厭わない優しい人間だ。好い人の一人ぐらい居るだろう。其れなら其れで良い。私は此処の、小さな社の主でしか無い。けれど、遠くでざわめく音を聴きながら夜もすがらにあの子の事を想う事くらい赦されるだろう。
何年経ったか。もう忘れて仕舞った。また祭りの季節が来る。私は白地に紫の花の柄の入った浴衣を着て、狐の面を被って居た。耳は髪と髪飾りで隠した。気紛れな神が与えてくれた物だ。人の形をして、人混みの中に紛れ込む。そんな経験も必要だろうと言って居た。只の気紛れだろうと返そうと思ったが、其れで機嫌を損ねるのも詰まらない。金も少し渡された。フランクフルトやらかき氷やらを喰った。思ったより旨い物だった。酒を呑みたく思い、辺りを見たが在るのは麦酒だけだった。仕方なく麦酒を買って社に戻る。そろそろ花火が上がる時間だ。皆河原やその日だけ設置されるベンチに向かうが、実は一番よく見えるのは私の社の上だ。人間の姿では登れないかと思ったが、そうでもなかった。ギシギシと軋むからやや恐怖感は在ったが。狐の面を頭の上にズラして、ついでに買って来た焼きそばとお好み焼きを肴に麦酒を呑んだ。
今頃あの子は何をして居るだろう。
ため息を吐いた。考えても仕方が無い事だ。きっと誰か綺麗な好い人の手を取って、此の花火を見上げて居るのだろう。其れなら、其れで良い。
「おい、何やってんだ?」
在る筈の無い声に振り返る。危うくお好み焼きの容器が落ちるところだった。日本酒の一升瓶と、パックに入って居るのは油揚げか。
「花火を見て居るだけじゃが?」
その子はあからさまに嫌そうな顔をした。
「神様の家の上でか?」
ああ、そうか。此の子は私の事を、此の姿も知らないのだったか。
「儂の家じゃ、屋根に登る位良かろう?」
「いや、お前の家じゃないだろ。」
仕方ない。社から降りる。麦酒を飲み干し、面を外す。面で隠していた狐の目と、髪で隠していた耳を出してやれば信じて呉れるだろう。
「儂の家じゃ。それに、貴様の油揚げは旨いがちと熱いぞ、慌てて持って来るでないわ。」
其の子は目を丸くした。可愛らしい。折角酒と肴が増えたのだ。逃す手は無い。適当な岩に座って二人で呑み、喰った。
「皿は無駄になったようじゃの。」
「別に、荷物にもならない。家も直ぐそこだし。」
其の子は私が麦酒を呑んで居たプラスチックのカップで酒を呑んで居た。私は其の子が持って来て呉れたお猪口で呑んだ。仮にも神様にプラスチックのカップは使わせるのは気が引けるのだそうだ。愛らしい。
「なぁ。」
「なんじゃ?」
其れから在った少しの物語は割愛するとしようか。
「ねぇ、お母さん、なんでうちにはおやしろがあるの?」
「庭の隅の? さぁ、何ででしょうね。」
「おいなり様だよね?」
「ええ。そうね。」
「お水? お茶?」
「どっちでも良いわよ。もう朝ご飯できるから後にしなさいな。」
「はーい。」
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