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#09 幻想の羽根
しおりを挟む──彼らと彼女らの世。
芒が伸び始めた。夕刻に窓から滑り込む風の温度も違う。もう直ぐ金木犀も香り出すだろう。見下ろす駐車場に植えられた秋桜は楽しげに風に揺れていた。俺はそれを病室から見下ろしている。大した怪我ではないが、二、三日は入院した方が良いと言われベッドの上で退屈している。手の中には翡翠のような石に三本の青い羽根が付いたペンダントがある。青い鳥の話を信じている妹が色々探しまわって見付けて来たらしい。どうせ紛い物だろうが、もしかしたら数時間ぐらいは早く治るかも知れないな。そう思いながらペンダントを首に下げた。
海を見下ろす崖の上、そこに生えた大木の枝に二羽の白い鳥が泊まっている。一羽はウミネコ。もう一羽は一回り大きく、青い瞳以外は爪の先まで白い。
「まーったく、他力本願もいいトコさね。」
白い鳥がぼやく。
「相手にされないよりマシでしょ?」
ウミネコは翼を整えながら適当に応えた。
「そのうち全部むしられて焼き鳥にでもされそうさね。」
また白い鳥がぼやくと、ウミネコは盛大に笑った。
「あはは、売れるよ、それ。幸運の鳥の焼き鳥。私はネギマで良いよ。」
白い鳥が睨む。
「冗談だってば、あ、そう言えば、なんであの子には直ぐに羽根あげたの? いっつも散々渋るのに。」
「さぁね、只の気紛れさね。」
白い鳥がその翼を広げた。青い空へ飛び立つと同時にその白が青に変わって行く。空に溶けるように飛んで行くその姿を眺めながら、ウミネコも翼を広げた。
(了・青い羽根)
古来から月の光は人を惑わせて来た。其の光の色の妖しさ、夜毎に変わる形、其の存在自体ににも? 満月の晩には犯罪が増えるなんて話もある位だ。おや? 私の顔に何か付いて居るかい? 何、怯える事は無いよ。取って喰いやしないさ。少なくとも、今直ぐにはね。冗談だよ、君は本当に揶い甲斐が在るね。さぁ、お猪口を出しなよ。日本酒だよ。肴は、そうだねぇ、何か噺をしようか。
満月よりも三日月の方が性質の悪いものだ。そう思わないかい? 満月は其の煌々とした妖しい光を惜しげも無く放る。其れこそ雲が横取りしたくなる程にね。只の自然現象? 違う違う。あれは雲が満月の光を欲しがって掠め盗って居るのさ。何に使うのかって? 知らないよ、其れこそ雲にでも訊いて呉れ給えよ。三日月は如何かって? 下弦にしても上弦にしても性質が悪い。目で嗤うか口で嗤うかの差だね。自分は此れだけしか光を投げてやらない。もっと欲しければ、其れなりの態度ってもんがあるだろう。そう言って居るように見えやしないかい? 私の考え過ぎ? さて、如何だか。
半月ってのは、個人的に嫌だね。満たされている訳でも無い。一気に飲み干す量でも無い。ちびちびやるにしても何だか物足りない気分になる。注ぎ足すにしては未だ多い。どうにも中途半端だ。君なら一気に飲み干せる? 流石だね。注いであげよう。おや、零すんじゃないよ、酔いが回って来たんじゃないのかね? 未だ未だ? まぁ、良いさ。
しかし月の光と言うのは不思議なものだね。実際月灯りを浴びると何だったかな、体内、脳内だったかな、何だか言う物質が分泌されて穏やかな気持ちになれるそうだよ。今夜みたいな満月なら丁度良いのだろう。ん? ふふっ、そうだね、酒を呑んで穏やかも何も無いか。
おや、本当に穏やかじゃないようだね。耳を隠せなくなってしまったよ。尻尾も。ふふっ、意外だな、余り驚かないのだね。くくっ、確かに、社の前で酒を勧める女じゃ、初めから奇怪なものにしか見えないか。心配しなくても大丈夫だよ、日本酒は上物だ。神主が事務所に隠していた物をくすねて来たからね。月と一緒さ。太陽の光を借りて居るだけなのに、まるで本物のように振る舞って居る。かつては月を基準に暦が作られて居た程にね。けれど化けの皮は剥がれた。今の私のようにね。借り物の酒も、借り物だとバレたようだよ。さぁ、お開きにしようか。
遠くから足音が聞こえ始めた。
「三十六計逃げるに、さ。」
彼女はすっと社の方へ身を翻した。俺もなるべく足音を立てないように月灯りに照らされた道を急いだ。
(了・月夜の旋律)
玄関先に小さな雪だるまがあった。綿のついた赤い帽子、先に手袋のついた木の枝。首にはマフラー代わりの赤いリボン。人参の先が鼻。眉と口は黒い色の毛糸。短い季節に短い命を与えられた事よりも、子供たちが大切に、丁寧に作ってくれた事が嬉しかった。
翌朝、そこに雪だるまはなかった。代わりに小さなプレゼントボックスが置かれていた。マフラー代わりにしていた赤いリボンが結ばれている。中にはガラス細工の雪だるまが入っていた。
永遠に溶ける事の無い雪だるまは、十年以上経った今も棚の上に座っている。
(了・雪だるま)
ある町に双子のペンギンがいました。仲が悪い訳ではありませんでしたが、余りにも周囲から似ていると言われ続けたせいで、互いに競い合い、違いをつけようとする悪い癖がありました。例えば翼の長さ。例えば背の高さ。嘴の長さ。表皮の色つや。けれど、さすが双子と言いたくなる程そっくりでした。いい加減に諦めれば良さそうなものですが、諦めの悪いところまでそっくりでした。それでも決着をつけようとした二人は度胸で決めようとしました。雪の積もった道を崖に向かって走り、先に止まった方が負け。そんなルールで二人同時に走り始めました。足の速さまで同じでした。度胸の限界も一緒でした。二人同時に踵でブレーキをかけましたが、双子のペンギンは仲良く止まりそこない、崖を滑り落ちて行きました。雪の斜面を転がり転がりながら、なんとか隣の兄弟だけは助けようと翼を伸ばし合いながら、二人仲良く同じ雪だまりで止まりました。
その後、兄は右の翼に、弟は左の翼に包帯を巻いていました。やっと違いができたね、とからかう友人の声を聞きながら、もう競い合うのは止めようと決めた。
(了・双子のペンギン)
俺はカボチャだ。中身はくり抜かれて、永遠に消えない炎が宿る蝋燭が入っている。悪い目付きと大きく開いた口から光を吐く。客の道を照らしてやるのだ。門口に置かれて居て、俺を吊るしている竿を客に持って貰って案内してやる。宿の入り口まで着くと飛んで門口に帰る。 え? ならずっと飛んでろ? それじゃ雰囲気出ないだろ。
(了・ジャック=オー=ランタン)
錆びて尚弾丸を撃ち出すピストル。此の世への未練に依って作られた弾丸は尽きる事が無い。其れを抱える私はこの町で殉職した保安官です。肉はすっかり腐り落ちてしまいましたが、骨と保安官の制服、ピストルは残りました。
そんな訳で、今日も町を巡回しています。長い長い冬に降る雪は町をすっかり白く染め上げています。私はそんなこの町の景色が好きです。
「あ、保安官さんこんにちは。」
双子のペンギンさんでした。息もぴったりです。
「今日は。今日も骨身に沁みる寒さですね。」
「そうだねー。」
町への愛着には自信がありますが、どうやら私には冗談のセンスはないようでした。
(了・スケルトン)
「嫌だぁあああああ!」
「やめろぉおおおお!」
その悲鳴を訊くのが僕の仕事だ。
「た、助けてぇええええ!」
「い、いやぁ、あ。」
悲鳴が止まった。可哀相に、毒の入ったスープに当たってしまったらしい。
(了・銀の食器達)
私は梟だ。色は白い。こんな雪の日に、ベランダの白い手すりに立っていても誰も気付かないだろう。
「フローディア、何をしているの? 寒いから中に入りなさいな。」
主人は一目で気付いてくれた。嬉しかった。
(了・白い梟)
それ程珍しいのだろうか。彼女は犬の耳と尻尾を振り回しながら雪を追いかけている。名前を呼べば頭から突っ込んで来た。腕に抱き付かれたまま家に入る。玄関で雪を払い雪まみれのコートは壁に掛けた。リビングでは猫の耳と尻尾を持つ少女が紅茶を飲みながら読書に耽っていた。俺達に気が付くとため息を吐いた。
「頭の雪、ちゃんと払いなさいよ。」
そう言いながらキッチンへ向かった。何か飲み物を作ってくれるのだろう。
(了・雪と犬と猫)
氷柱が二本ぶら下がっている。一本は太く長い。一本は細く短い。
「太くて大きい俺の方が太陽の光に当たっても長く残っている。」
「軽い俺の方が長く残る。重いお前の方が先に落ちる。」
がさり、大きな音がして、二本の氷柱もろとも屋根の雪が滑り落ちて行った。
(了・氷柱)
「貴方は何故幽霊なの?」
知らない。
「貴方は何故幽霊になったの?」
覚えていない。
「貴方は何故此処に来たの?」
君に会いたいから。
(了・ゴースト)
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