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#10 雪の街
しおりを挟む──冬の暮らし
様々な色の音符が浮いている。種類も大きさも色々だった。出所は濃い緑色のコートを着込んだキリギリスのヴァイオリンか、ハムスターが回すオルゴールか、スノーマンが弾いているチェロか。のんびりとした亀の口からは休符が多い気がする。それが北風に乗って舞い踊る雪の中をゆっくりと飛んで行く。
いずれ、そんな季節になっていた。
太陽は半分眠ったようになり、広がる雲は風に流されながら雪を吹き出し、町中を白く染めて行く。夜になれば月が昇り全てを真っ青に染めるのだろう。
僕らの町にも冬が来たのだった。
(了・序)
雪の降る町の物語、としか決めて居ない。
「成程、其れで私の出番と云う訳だ。君は相変わらず考えが浅いね。物書きとは思えない程だ。」
塒にして居る安アパートを目指して歩きながら言う。二人分の白い息が風に乗って流れて行く。
「そうだねぇ、君が煙草を取り出して火を点ける。私も煙草を取り出すけれど、銜えるだけで目を閉じて君の煙草から火を移して貰う。」
火ぐらい自分で点けろ。
「君は黒いコートのポケットに部屋の鍵と左手を入れて居る。」
手袋ぐらいまともに嵌めさせて呉れ。
「君の事だ。忘れたのだろう。私は持って居たが右手にしか嵌め無い。」
自分ばかり優遇してないか?
「まぁ、そう言うなよ。私は左手で君の手を捕まえて、君のコートのポケットに入れる。」
君の焦げ茶のコートで良いだろうに。
「私のコートのポケットじゃ二人分は入らないよ。」
もうすっかり陽は暮れて居る。其れでもゆっくりと歩く。
「君との時間は貴重だからね。」
ゆっくり歩いても直ぐにアパートには着いてしまう。其れでも煙草は吸い終わって居た。
「残念だね。君の部屋は二階だ。古びた階段の前にタヌキとキツネが座り込んで居る。」
半分寝て居る。サックスか何か吹く時に寒さで唇がくっ付かないように用意したウイスキーを呑み過ぎたのだろう。
「君は溜め息を吐きながら鍵を私に渡す。先に入って居ろ、と言いたいのだろうが君は言葉にしない。」
二人も部屋は二階だ。仕方が無い。手伝えとも寒い中待って居ろとも言えない。
「私は不満そうに君を見る。」
そう言うなよ。先に行って暖房を点けておいて呉れ。
「了解。」
二人の首根っこを引っ掴んで俺は階段を昇り始める。
(了・二人)
そろそろ孫娘にも教える頃合いだろうか。意味や理由は理解できるだろうし、目的も決められる歳だろう。何より、私の寿命もそろそろ尽きる。
「こんな感じ?」
小さな手が雪兎を作り上げた。南天の目に、緑の葉の耳。内部には小さな青い宝石が埋め込まれている。
「そうだね。でも、仕上げの前に一つだけ教えておく事がある。」
「なぁに?」
赤い帽子、赤いコートに焦げ茶のマフラー。無邪気な、宝石よりも青い瞳が私を見上げている。
「この力は悪い事に使ってはいけないよ。それと、」
小首を傾げられた。
「春になればこの子は消えてしまう。そうなったら、宝石だけは残るから、大事に持っていなさい。きっとお前を守ってくれるから。」
孫娘は強く頷いた。これなら大丈夫だろう。小さな掌に雪兎を乗せて呪文を教える。動き出した雪兎は孫娘の肩に飛び乗った。私は残された時間で後どれだけの事を教えられるだろう。私の肩に泊まった赤い宝石を中核とする鳥を眺めながらそんな事を思った。
(了・魔法使いの冬)
滔々と降る雪の中、かれこれ数十分になるだろうか。私は目の前の双子のペンギンを眺めている。なんでもどちらの背が高いか見て欲しいのそうだが、二人は飛び跳ねたり、帽子を浮かせてみたり、足元の雪を固めたり、背伸びをしたりで一向に決着がつきそうにない。
「なぁ、私の家に入らないか? 何も外でやる事もないだろう?」
とりあえず寒い。二人は不満げに私を睨んだ。
「紅茶とお菓子を出すから、それを食べてからでも良いだろう?」
双子は渋々頷いて私の家の玄関へ向かって走り出した。
(了・双子のペンギン)
二人、冷たい風の中を歩いている。一人は背の高い青年。優しげな顔をしている。もう一人は背の低い少女。美人、というよりは可憐な少女のような顔立ちをしている。結構な身長差があるが、二人で一本の長いマフラーを巻いている。両手は、素手のままだった。長過ぎるマフラーを編んだせいで毛糸が足りなくなったらしい。雪が止んだ時間を狙って買い足す事にした。
「歩き難くないか?」
青年が問いかけるが、少女は生返事を返すだけだった。どうやら折角買い足すなら色を増やそうかと思案しているらしい。青年は呆れたように笑って、手を繋いだ。
「ん? あ、ごめんごめん、ゆっくり歩こう?」
気を使ったのか風も吹くのを止めた。雲は重たそうに雪を抱えた。雪を踏む音を立てながら、狭い間隔の足跡だけが続いて行く。
(了・足りない毛糸)
器用なものだった。風よけのドームの中、防寒着を着込んだ犬の執事はドリルを使って分厚い氷に穴を開けた。
「さ、どうぞ。」
針に餌を付け終えた僕は彼が開けてくれた穴に糸を垂らす。
「ささ、たくさん釣って下さいね。」
そう言いながらコンロに鍋を乗せ、油を注いだ。手早く衣を用意しながら早速酒を口にしていた。自宅にしている小屋では勤勉な彼もハメを外す事もある。その為に連れて来たのだけれど。もう一つ穴を開けると、執事も糸を垂らした。
当たりは直ぐに来た。三匹一気にかかると、その後は僕も執事も次々に釣り上げ、酒を呑んだ。
「そろそろ頃合いですかな。」
彼は手早く小魚に衣を付けて油に放った。良い音と匂いがした。二人で食べる。食べ終えると今度は小型の箱で眠っていた雪の精霊を起こした。小屋に持って帰って、塩焼きにして夕飯の食卓にならべるのだと言う。
酒を呑みながら暫く釣りを楽しんでいると、新しく雇った兎と熊が呆れ顔でドームを覗きこんでいた。
「もう日が暮れますよ。」
兎は完全に呆れ切っていたが、手早く片付けをしてくれて、荷物は熊が軽々と背負った。僕と犬の執事は、情けない事に千鳥足で、塩焼きの味を想像しながら帰路についた。
(了・氷上魚釣り)
月が世界を青く染める。皆眠って仕舞ったらしく、音符達も消えて居た。風も眠たそうに揺らぐだけで、雲も欠伸をしながら雪を落としている。
私は二階のベランダから町を見渡す。明日は何を語ろうか。一度大きく背を伸ばし、私も眠りに就く為部屋に戻った。
(了・雪の町)
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