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#11 幻の夜
しおりを挟む──メリー・クリスマス
夜を告げる鐘が鳴った。街中から鈴の音も聞こえ始める。昼過ぎから降り出した雪は少し弱くなったが、それでも止む気配は無く、朝まで街を白く染め続けるだろう。そんな頃だったな。彼女は暖炉の近くの揺り椅子に座って読書に耽っていた。膝掛けの赤が妙に鮮明だったのを覚えている。
俺はコートの雪を払い、馴染みのバーに入った。それ程広くなく派手な装飾もない。カウンターの後ろに酒が並び、壁は木張りで照明もやや暗い。客の入りは程々、むしろ普段より少ない。今夜はクリスマスだ。家で過ごす奴やもっと派手な、クリスマスらしい装飾がある店へ行ったのだろう。
このバーの年齢不詳の女店主は普段と変わらず涼しげな顔で煙草を吹かしている。服装もいつも通り、地味な色の露出の少ないゴシック調のドレスを着ていた。もう一人、キツネ耳の従業員もいつも通り焦げ茶に近い色にメイド服を着ていた。こちらは気弱そうな目の、まるで少女だ。カウンターの席に座り、一瞬だけテーブル席の方を見た。すぐに視線を店主に戻してウイスキーのロックを注文した。
「貴方も煩いのは苦手?」
今夜このバーに居るのはすっかり演奏に疲れ切ったキリギリスやタヌキ。街中の飾り付けに奔走してぐったりしているクマやイノシシ。つまり、恋人も家族もなく、最早喧騒に疲れ切って、静かに過ごしたい連中だ。
「ああ。」
店主に生返事をしてグラスの中身を呷る。彼女もそうだった。だからいつも店の隅のテーブル席でぽつりぽつりと会話をしながら呑み食いをした。
「相変わらずねぇ。」
変わらなかった訳ではない。日々はただ過ぎて行く。退屈は感じない。忙しさも感じない。他の誰が綺麗だと言う色にも興味がなくなった。雪の中で出会った彼女の喪失は、俺から感情らしい感情を殆ど奪って行った。
ふと、隣に誰かが隣に座った。カウンターの席もまだ空きがある。わざわざ隣に座る事もないだろうに。
「ビールとナッツを下さい。」
声に覚えがあった。湖畔の小屋に住んでいる青年だ。童顔で優しげ、背も高くないから子供に見られる事もあるらしい。
「連れは?」
いつも連れているイヌの執事が見当たらない。
「偶には僕が居ない方が気も楽でしょ。」
彼の小屋には沢山の従者が住んでいる。金があるとか家柄が良いとかではなく、勝手に寄って来るそうだ。趣味で絵を描いていて、それが勝手に売れて行くものだから、湖畔に住む画家の先生という事になっている。
「それに、」
そこで彼は言葉を切った。
「貴方もにぎやかなのは苦手だものねぇ?」
彼は困ったように頭を掻いた。彼が自ら画家を名乗らない理由もそれだった。人それぞれだな、と思った。
「明日は小屋でパーティーだそうです。貴方もどうですか?」
虚ろに頷いた。
「あら、良いわね。私も良いかしら?」
女店主が冗談か本気か分からない風に言った。
「ええ。どうぞ。」
彼は屈託のない笑顔で応える。俺はグラスを空にして、その後数杯呑んで席を立った。
「あら、もう帰るの?」
「ああ。さっさと寝るよ。」
会計を済ませて外に出た。風も雪も大分弱まっていた。こんな夜だったか。ふわり、誰かが隣に寄り添って来た、ような気がした。頭を掻いた。
「メリー・クリスマス。」
ぼんやりと呟いてみる。風の中をカナリアが飛んで行った。明日は騒がしくなる。少し笑った。俺はまたこうやって変わって行くのだろう。隣の気配も少し笑ったようだった。
(了・聖夜の店)
人間様はクリスマスだ年末だと騒いでいるが、鳥のアタシには関係無い。喰う物喰って寝床を探して眠るだけ。人間様が言うには幸せを運ぶ青い鳥らしいアタシは世界に一匹しか居ないらしく、永い事生きているがどうやら寿命とやらもないらしい。
そんな訳で今日もアタシは崖の上。年中実をつける不思議な木の枝の上、話し相手はウミネコちゃんだ。
「暇ならもっと青い羽根ばらまけば良いのに。」
ウミネコちゃんは呑気に実を突きながら言った。普段アタシは体を白くしている。そうしないと散々に追いまわされる。最悪羽を全部むしられた挙句に焼き鳥もあり得る。
「呪いかけちゃえば良いじゃん。君は強いんだし。」
祝いと呪いは同じ場所にある、らしい。アタシの場合は羽根にどちらかを込める。どっちにしても白い羽根が青く変われば完了だ。
「そこまで恨んじゃねぇサね。白くなってりゃバレねぇし。」
「ふぅん。でもこの前はあげてたじゃん。」
甘い実を突く。
「ツンデレってヤツ?」
「うっさいサね。」
悪意無く、切実な願いなら叶えてやらない事も無い。逆に欲に忠実な奴には遠慮なく呪いをくれてやる。まぁ、生活圏はそんなに広くないから、人に遭う事も稀だけど。
そう言えば。神様とやらはなんだってアタシみたいに面倒な物を作ったのだろう。
「それこそ暇だったんじゃない?」
身も蓋も無い。恐らくそうなんだろうと納得できるのもなんか腹が立つ。
「あ、ほら、また来たみたいだよ?」
浜辺を歩く男と女が居た。随分寒いらしくコートのポケットに手を入れている。女の手は男のポケットに収まっていたが。
「アレならアタシの羽根は必要無いサね。」
ウミネコちゃんは実を突きながら笑った。アタシは心なしか苦くなったような実を突いて、今夜の寝床の心配を始めていた。
(了・鳥達の軽口)
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