逆針の羅針盤

笹森賢二

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#12 妄想と現実

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   ──誰かの頭の中にある世界。


「さぞや混乱しているだろうね。」
「だろうな。戸籍は存在し、遺伝子鑑定結果も当人と一致。」
「にも関わらずその男は生きている。」
「自分の葬式眺めて、自分の墓も在る。」
「実に愉快じゃないか。まぁ、私には興味の無い事だがね。」
「狂科学者め。」
「手を貸した君に言える事かい?」
「しかし意外だったな。少しは共謀して利己的な行動を取ると思ったんだが。」
「数日ともたずに殺し合いとはね。自己同一性とはそれ程重要なのかねぇ?」
「それか脆いかのどっちかだな。」
「何れ私には人の心になど興味が無い。」
「狂科学者め。」
「共犯者に言われたくないね。」
「残ったのは作った方だったか?」
「ああ。無理矢理成長させたから、もって一月かな。次はそっちの研究をしようか。」
「小動物は成功したんだがな。」
「人間の体は複雑だからねぇ、幾つか案はある。後は実験体だね。また頼むよ。」
「金はあるが、俺を使えば済む話じゃないか?」
「悪い前例を作ってしまったし、実験体は多い方が良い。」
「隔離しちまえば良いだろ。」
「万が一って事もあるし、優秀なスポンサーであり助手を失うのは私にとって痛手だ。」
「そりゃどうも。」

 数週間後、一人の男が謎の死を遂げた。死因や状況よりも混乱をもたらしたのは、その男が既に鬼籍に入っていた事だった。
(了・ビスケット・ハンマー)


 視界が低い。まるで地を這っているようだ。入口のガラスに映る自分は、黒猫の姿をしていた。不思議と驚かなかった。どうせ夢か幻だろう。そのまま一回のロビーに入ると待合室の椅子達がかなり酷い話をしていた。まぁ、重さや匂いの話だ。受付にはマネキンが三体座っていて、こっちも愚痴を零していた。耳が遠いのが多いとか、話を聞いてないとか、予約もなしに来るとか。備品の配達はいつも間が悪いとか。パソコンが置いてある、電話を使えるスペースでは椅子がパソコンのゲームに興じていた。昼間は我慢しているらしい。自動販売機の前に行くとペットボトルと缶が語り合っていた。一本ずつ取ってくれないと、上に落ちられて痛いらしい。
 少し進むとエレベーターが口を開けてくれた。
「口が疲れるから早くして。」
 それが仕事だろうに。思うだけで言うのは止めておいた。上の階は静かだった。食堂の皆は眠っているらしい。病室へ走る。部屋の扉は開けたままになっていた。少し暑いのか、僕は寝苦しそうにしていた。その腹の上に飛び乗って丸くなる。眠ろうか。どうせ明日の朝には忘れてしまっているのだから。
(了・ナイトスケイプ)


 左回りの時計に知らされて鏡を見た。起きる時間だ。制服に着替えて、フライパンが焼いたトーストにトースターが焼いた目玉焼きを乗せて食べる。本棚からサラダを取り出して、蛇口から出るコーンスープを飲んだ。ポットの水で顔と歯を洗う。時計を見ながら適当に髪を整えて部屋を飛び出す、前にゴミ箱で溺れかけていたトカゲを金魚鉢に戻した。今度こそ部屋を飛び出したけれど、このままでは遅刻になりそうだったから右回りの道を選んだ。犬を乗せた猫が駆けて行く。大方猿にでも肉を取られたのだろう。銀杏と楓は仲良く葉を拾い合っている。もうそんな季節か。校門が閉まる直前に滑り込んだ。どうやら間に合ったらしい。すぐに始まった授業では英語の教師が数学の教科書を一枚一枚丁寧に破り取って黒板に貼り付けて行く。生徒達はそれをスマホやデジカメで撮影している。物理の教師の喋る言葉は床や天井で跳ね、教室中を駆け回る。午後は雨かな。
 昼になったので食堂に行く。キツネとタヌキの絶叫が聞こえた。仕方が無い。屋上で弁当でも食べよう。
 屋上はキレイな風が吹いていた。下に見える白い雲、上に見える青い海。今度の雨はどっちに降るだろう。
 ここは浮遊する街。
 ここは逆様の街。
 それとも。
 私の気が触れているだけかしら?
(了・浮遊する街)


 夕方になるとすっかり涼しくなった。僕はなれた道を歩く。広場の入り口に白い帽子とワンピースが立っていた。中身は無いが、会釈をすると返してくれた。そのまま広場に入ると二匹の蛇が店を出していた。黒い蛇が売っているのは白く濁った酒。かなり安かったが、一口呑んだモグラが倒れた。白い蛇の酒は琥珀色に輝いていたが、それを呑みながら誰もいない方向へ喋り続けるツルを見て呑むのは止そうと思った。
「旦那も一ついかがです? こんなに安くて、いっぺんに酔えますよ。」
「何を言いますか、こちらのお酒で素敵な夢をご覧下さい。」
 僕は顔をしかめて素通りした。少しだけ強くなった風がまだ何かを言っている二匹の声を消してくれた。そのまま広場を歩く。まだ夏と秋の間なのだろう。花の種類は変わっても雑草は茂ったままだった。
 広場を抜けると灰色の犬の店に着いた。様々な種類のパンと酒を売っていて、評判も良い。少し多目に買い物をして、家路につく。ふと振り返ると白い帽子とワンピースが居た。どうやらついて来てしまったらしい。まぁ、良いか。顔の無い彼女が隣に来るのを待って歩き出した。
(了・晩夏の幻)
 
 

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