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#14 帰らずの街
しおりを挟む──あるわがまま。
気が付けば立ち尽くしていた。何故かその場所の地名と隣に居るのが友人と言う事は分かったが、どうにも見覚えがない。いや、見覚えはあるのだが、構造が滅茶苦茶だ。東西へ伸びているハズのアーケード街は南北へ広がり、所々見た事のない道が不規則に伸びている。確かこの辺りは確かに昔ながらの小道もあるが、殆ど賽の目状に整備されていたハズだ。
「なぁ、」
俺の言葉を遮る様に友人がスマホに目を落したまま喋り始める。
「やっぱダメだな。昼前から大雨だってよ。お前、帰った方が良いぞ。新幹線止るかも、だとよ。」
目の前には駅がある。地方都市から各所へ向かう電車にも新幹線にも乗れる。
「ほら、切符買っといたから。」
そう言って渡された切符を受け取りながら答える。
「お前は?」
「宿取ってある。」
事も無げに言い、紙巻きタバコをくわえた。
「おい、喫煙所あっちだろ?」
友人は怪しげに笑い、タバコに火を点けた。
「どっちだ?」
駅の南西に広がるバスターミナル、が無かった。駅の前にあるハズのタクシープールも無い。辺りを通る妙に顔色の悪い人々の中にも平然とタバコを吸っている奴がいる。
「ま、どうでも良いだろ。改札はこっちだ。」
ふらりと歩き出す友人の背を追い、駅の構内に入ると、そこも記憶とは全く違う様相だった。二階にあるハズの改札が入口にあり、その先に不似合いなフードコート、「温泉はこちら」と妙な看板がある。俺の記憶ではこの駅に温泉など無いし、入口には土産物屋が並び、飲食店は殆ど地下にあるハズだ。改札は少し奥にあり、そこから伸びる直線のコンクリートの道から各々のホームに降りる構造だった。
「おい、」
気が付けば友人は消えていた。冗談じゃない。周りを見ても案内板どころか時刻表すら無い。
「どうしろってんだよ。」
相変わらず周囲に人間はいるものの皆同じように青白い顔をしている。仕方なく何か軽食でもと思い注文を受けているらしいカウンターに向かいかけると、左足に軽い痛みを感じた。見ると、浴衣のような服を着た五、六歳の子供が何かつまようじのような物で俺の足を突っついている。
「ってぇなぁ、止めろ。」
振り払おうとすると、子供がゆっくりと隅の方を指差した。今にも崩れそうな錆びだらけの上り階段に「上へ」とだけ書いてあった。
「あっちがホームなのか?」
子供は一度だけ頷くとどこかへ走って行った。ため息を吐きながら階段を上る。案の定あちこち錆びた踏み板はあちこち穴が開いていて、いつ外れてもおかしくなさそうだ。何とか階段を上り切ると、ホームがあった。あったが、おかしい。少なくとも四つか五つの線路があったハズだが、そこは単線だった。しかも、駅名を示す看板も、時刻表も、時計も無い。来た電車に乗るしかなさそうだ。そう思っていると丁度ホームに四両程の電車が滑り込んで来た。しかし、おかしい。パンタグラフが付いておらず、灰色の煙を上げている。高架の電線は通っているようだが、あれは汽車だろう。まぁ、良いか。とりあえず乗るしかなさそうだ。足を踏み出した瞬間に手を掴まれた。
「ダメだよ。君が乗るのはその汽車じゃ無い。」
黒髪を短く纏めた少女が俺の手を掴んで居た。青い地の着物姿だった。ああ、何か似た色の花があったな、ぼんやりと思った。少女は俺の手を掴んだまま袖口から青い色の何か、恐らくお守りを取り出した。
「次に来る電車に乗って。多分途中で眠っちゃうから、コレは財布にでも入れといて。良い? 絶対、次のに乗るの。後、知ってる駅に着くまで、コレは捨てちゃダメだからね?」
「あ、ああ。」
仕方なく妙に古臭い木製のベンチに座った。少女は俺の隣に座った。青い目をしていた。
「アレはね、死んだ人が乗る汽車。あの街に飽きて、次の場所へ向かう人が乗るの。」
辺りを見ると乗り込む奴はいなかった。
「ここ、余程居心地が良いみたいで、私は見た事無いけどね。」
「なぁ、お前は、」
「それはどうでも良いの。兎に角、次の電車に、そのお守りを持って乗って。後、切符見せて。」
話をしている間に高い笛の音が鳴った。顔を上げると駅員らしい奴が睨んで居る。
「早く。」
俺が友人に貰った切符を見せると、少女は不機嫌そうに目を細め、指で切符の表面をなぞり、俺に見せた。
「天国行き?」
「余程気が合うのね。でも、こんな事したら同じ場所には行けないわ。」
俺の理解が追いつく前に少女は切符を破り、宙に放った。其れは青い炎に包まれて、灰すら残らず消えた。
「あ、おい、」
「貴方には未だ早いわ。さ、来たわよ。」
逆方向から今度は電車が滑り込んで来た。また俺の手を掴み、突き飛ばす様に車内に放り込んだ。
「言った事、忘れちゃダメだからね?」
弾みで落ちたお守りを拾い、財布に入れた。
「なぁ、お前は、」
「君みたいに無理矢理、」
ドアが閉まり、結局少女の言葉は最後まで聞き取れなかった。少女は微かに笑って背を向けた。仕方なく誰もいない長椅子に背を預けた。聞き慣れた音と共に電車が動き出す。少女の言う通りすぐに眠気に襲われ、規則的な振動の中、俺は浅い眠りに沈んだ。
暫くの間、様々なツテを辿り友人の足取りを追った。なぜ忘れていたのだろう。もう奴とは何年も会っていない。それこそ、街中で自由にタバコを吸えた頃からか。結果は割と早く届いた。つい最近亡くなったそうだ。奴が俺を選んだ理由も、あの子供や少女の事も分からない。
「帰らずの街。」
青いお守りを眺めながら呟く。確か、死者の国の食べ物を口にした人間はこっちに戻って来れない、なんて話があったな。あの子供があんな荒っぽい方法で俺を止めた理由だけは分かった。それだけだ。無事に帰れたのだから、それで良いんだろう。俺は換気扇を回し、タバコに火を点けた。吐き出した煙には、きっと諦めのため息が混じっていた。
(了)
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