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#03 君の影
しおりを挟む──儚く消えそうな。
十月が近付くといよいよ秋の気配を感じる。私には、然程好きな季節ではない。好みの食べ物が多くなり過ぎて摂生に苦労する。君の背に問い掛ければケラケラと嘲る声が聴こえる。
「好きに食べて丸々太り給え。」
やや適当そうな言葉は彼の手元の原稿用紙の所為だろう。一つの事に集中し始めると他の事はおざなりになる。
「丸焼きにして食べる心算かい? そうは行かないよ。」
外は薄暗くなってきているが、電灯は手元の小さなライトと、消し忘れていた常夜灯だけだ。その方が好みなのだそうだ。私も、そうだ。忙しなくなく動く腕、時折考えが纏まらなくなると天井を見上げる。その背を、影を私は見ている。美しいな、と思う。時よ止まれ、と願う。それでも時間は巡る。支度をしなければ。
「夕飯は秋刀魚で良いかい?」
「ああ、任せるよ。」
徐々に暗くなって来た。電灯を点けなければ。そう思っても、動きたくない。このまま永遠に、その影を見ていたかった。
(了・秋の記憶)
三月も終わりに近い。南の方では桜が咲いたらしい。此方では未だだろうな。
「君の場合は桜より酒だろう?」
髪を整えながら君が言う。返す言葉が無い俺は半分程書いて使えないと判った原稿用紙を丸め、ゴミ箱に向かって放り投げた。が、縁に当たって床に転がった。君は髪を整える手を止め、丸まった原稿用紙を拾い上げ、広げた。
「ふむ。確かに使えないね。人物は悪くないようだが。」
そう云って君はまた原稿用紙を丸めてゴミ箱に放った。
「そんな事もあるさ。さて、次に行こうか。」
まぁ、そんなもんだろう。漸く買えた万年筆を握り直し、原稿用紙にとりあえず筆名だけを書き付けた。
(了・彼らの日常)
雨が降り出した。洗濯物が干せない。室内干しは匂いが悪くなる、と文句を言いながら君は脱水の終わった洗濯物を部屋に伸ばした物干し棒に掛けて行く。俺は原稿用紙と向かい合う。いつか昔の作家が妻を看護婦に見立てていたが、こういう事なのだろうか。
「何なら君の介護もしてやろうか?」
見透かしたらしい君は俺の耳元でそう言った。
「間に合ってる。君の介護とやらは意味が知れん。」
俺はペンをインクに浸して物語の続きを書く。君は軽く笑いながら洗濯物を干して行く。そんな姿も物語、いや、物を書くのだからそれで良いのか。
「おや、進みが良過ぎてインクが擦れて居るよ。」
構わない。どうせこのまま使う訳ではない。後で読み取れればそれで良い。
「くくっ、だろうね。」
洗濯物を干し終えた君は台所へ向かった。何を訊く事もない。珈琲を淹れるだけだ。そうして梅雨は過ぎて行く。
(了・雨の日)
真夏。陽射しが痛い。何だってこんな日中に歩かなければならないのか。
「くくっ、偶には良いじゃないか。」
君はどうしても今日アイスが食べたいと言った。俺は明日も暑いから明日でも良いだろうと応えた。君はすぐそこのコンビニだからと言って引き下がらなかった。結局俺が折れて灼熱の住宅地に踏み出した。いくら近くのコンビニと言っても、帰って来るまでに溶けてしまうのではないかと思う程だったが、君は涼しい顔をしていた。そんな中を歩き、コンビニの冷房中で汗を拭い、また灼熱の世界に戻る。短時間の急激な温度変化で目眩を覚えるようだった。
「くくっ、君は暑さに弱いのだね。こうしてやろう。」
腕に抱き付かれた。さらに加えれた熱にいよいよ目眩を覚えた。
「随分汗をかいているねぇ?」
噴き出す汗が君の服に染み込んで行く。買ったばかりの服だった筈だが、君は何故か嬉しそうな顔をしていた。
(了・灼熱の午後)
また秋が近付く。君はまた憂鬱になる。私にはそれが何よりも苦痛だった。知っている。判っている。それはベクトル量で、時にマイナスへ向かう。
「どうした? 珍しい顔だぞ。」
鯖の味噌煮を器用に口に運びながら君は言う。
「いや?」
私には返す言葉が無い。どんな言葉も傷付けるに決まっている。
「もういい加減に慣れたよ。」
君はぼそりと言った。私は箸を放り君の隣へ向かった。言葉の意味なんてどうでも良かった。私は只君に身を寄せる。
(了・感情のベクトル)
雪が降った。風が無いのか白い結晶はゆっくりと窓の外を落ちる。君はそれをただ眺めている。私はその後ろ姿を眺めている。時折丸めた右手の中に息を吹き込むのは中学の頃からの癖だそうだ。何でも部活をしていた時の憧れの人がよくその仕草をしていたらしい。少し嫉妬した。相手は男なのだから、別にその必要はないのだけれど。それでも、私は。
「如何かしたか?」
振り向いた君が微笑む。良いか。今は君が追う影は私で、私が追う影は君だ。
「いや?」
カップに口を付ける。そして、少なくとも私は永遠に君の影を追い続ける。
(了・君の影)
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