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#09 春の記憶
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春の記憶
──風の中で。
桜の蕾が日増しに膨らんでゆく。風も徐々に暖かくなってゆく。私は眩しさに目を細めながら空を見上げる。真っ青な空に真っ白な雲が散らばっていた。後少し、風が雲を押し流せば桜の蕾が開く。その風は桜の花を散らし、雨が晩春と初夏を告げる頃にはもう梅雨が間近になっているだろう。移ろう季節が妙に胸に沁みた。短い夏と瞬きの間に過ぎる秋が終わればまた長い冬が来る。それさえも移ろい、また桜の花が咲く頃が巡る。
全ては夢のように過ぎてゆく。
風が吹いた。私は地上に視線を戻す。未だ冬の名残が強い。草木の葉は短く、色合いもくすんでいる。名残、か。本当ならば春の息吹と思うべきなのだろう。それでも私は如何しても過ぎ去った冬ばかり見てしまう。
まるで夢を見ているかのように。
あの頃、あの場所に居たあの少女は、あの少女との日々は、夢のようだった。流れるような長い黒髪、宝石を鏤めたような輝きを持つ瞳。透き通るような肌。私は窓辺の椅子に座ってグラスを傾けていた。少女は近くの椅子に座っていた。赤い色のひざ掛けをしていて、ピンク色の毛糸で編み物をしていた。私が声かけると、少女は柔らかな笑み浮かべて応えた。
幸せ、だったのだろうか。それさえも明瞭ではない。夢から覚めれば、全ては夢でしかない。確かにあった筈の実感は目覚めと共に薄れ、現実の中に埋もれてしまう。
全ては夢のように過ぎた。
あの春の萌える緑を、あの夏の麦藁帽子を、あの秋の煌々とした赤を、あの冬の白さを、私は何れ忘れてゆく。それでも、では何故、私は未だぼんやりと移り変わる季節を見ているのだろう。
まるで夢の中に居るかのように。
少し笑った。
本当はちゃんと分かっている。私の夢はあの時に覚めてしまった。永遠の離別。棺に釘を打ち込んだ時に。重苦しい扉が閉まった時に。微かな煙と、涙の海に。今は未だ、現実を取り戻していないだけだ。寝惚けているのだろう。何れははっきりと目を覚まし、私は過去の夢を幸せだったと言うのだろう。その言葉に引き裂かれるほどの悲哀を込めて。
今は未だ夢と現の隙間を歩く。時の針が全てを切り刻み、記憶の本の文字に変えてしまうその時まで。
──風の中で。
桜の蕾が日増しに膨らんでゆく。風も徐々に暖かくなってゆく。私は眩しさに目を細めながら空を見上げる。真っ青な空に真っ白な雲が散らばっていた。後少し、風が雲を押し流せば桜の蕾が開く。その風は桜の花を散らし、雨が晩春と初夏を告げる頃にはもう梅雨が間近になっているだろう。移ろう季節が妙に胸に沁みた。短い夏と瞬きの間に過ぎる秋が終わればまた長い冬が来る。それさえも移ろい、また桜の花が咲く頃が巡る。
全ては夢のように過ぎてゆく。
風が吹いた。私は地上に視線を戻す。未だ冬の名残が強い。草木の葉は短く、色合いもくすんでいる。名残、か。本当ならば春の息吹と思うべきなのだろう。それでも私は如何しても過ぎ去った冬ばかり見てしまう。
まるで夢を見ているかのように。
あの頃、あの場所に居たあの少女は、あの少女との日々は、夢のようだった。流れるような長い黒髪、宝石を鏤めたような輝きを持つ瞳。透き通るような肌。私は窓辺の椅子に座ってグラスを傾けていた。少女は近くの椅子に座っていた。赤い色のひざ掛けをしていて、ピンク色の毛糸で編み物をしていた。私が声かけると、少女は柔らかな笑み浮かべて応えた。
幸せ、だったのだろうか。それさえも明瞭ではない。夢から覚めれば、全ては夢でしかない。確かにあった筈の実感は目覚めと共に薄れ、現実の中に埋もれてしまう。
全ては夢のように過ぎた。
あの春の萌える緑を、あの夏の麦藁帽子を、あの秋の煌々とした赤を、あの冬の白さを、私は何れ忘れてゆく。それでも、では何故、私は未だぼんやりと移り変わる季節を見ているのだろう。
まるで夢の中に居るかのように。
少し笑った。
本当はちゃんと分かっている。私の夢はあの時に覚めてしまった。永遠の離別。棺に釘を打ち込んだ時に。重苦しい扉が閉まった時に。微かな煙と、涙の海に。今は未だ、現実を取り戻していないだけだ。寝惚けているのだろう。何れははっきりと目を覚まし、私は過去の夢を幸せだったと言うのだろう。その言葉に引き裂かれるほどの悲哀を込めて。
今は未だ夢と現の隙間を歩く。時の針が全てを切り刻み、記憶の本の文字に変えてしまうその時まで。
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