15 / 21
#15 記憶の欠片
しおりを挟む──巡り去る季節。
真っ白な糸のような雨が幾つも幾つも落ちてゆく。夏の夕暮れ。一瞬程の合間に終わる筈だ。けれど、如何だろう。其の一瞬の間にさえ思う事はあるだろう。
タバコの煙が雨に叩かれる。俺は恐らく苦虫を噛み潰したぐらいの顔をした。それは眠そうな目で俺を見上げる。
「まぁ、偏屈同士ならこんなもんか。」
二人分の揃った声だった。二人で笑った。
紫陽花。君の好きな花。私の好きな花。けれど素直じゃない君は嫌いだと言う。その度、私は笑ってしまう。けれど、邪魔はしないよ。ほら、紫陽花なんかを肴にして、君も笑っている。
君は何を書いた? え? ほら、言ってご覧? ほら、読んだ人が困っているじゃないか。
──知らない。
良い気なものだね。
真夏の昼を歩くのは嫌いじゃない。真夏の夜を歩くのも嫌いじゃない。どちらの色彩も好いて居る。光に溢れすぎて真っ白に見える昼も、粘り気のある空気に少し濁ったような夜の色も。
そう言って君は笑う。……酷く苦しそうに。
夕暮れを待たずに雨が降り始めた。傘が無い二人は停留所の屋根の下から動けずに居た。共に困り顔ではなかった。不満げでもなかった。只、時よ止まれと願って居た。
山の中腹。只々広い駐車場。其の中央に立つ小さな時計塔の下で待って居た。一面の山吹色。他に利用客は無いようだった。思えば其の時から。私と、余りにも鮮やかな山吹の光で顔が見えない其の人と、二人切りの世界に居たのかも知れない。
雨を見ていた。水たまりができるその瞬間を待っていたのだった。雨の降り始めは知っている。水たまりが広がる光景も知っている。けれど、その瞬間は知らなかった。いつも気が付けば水たまりが広がっていた。結局いつも見逃してしまうか、飽きて見るのを止めてしまうのだけれど。
今日に至るまで幾つかの物語を書いた。余り読まれる事はなかったけれど、構わない。打ち水をする少女。想い人をからかう女性。青い月が照らす真っ白な壁の前に立つ人。砂利を敷いた短い坂の上、古びた離れで湯を浴びる女性。舞うように頭を叩いた麦藁帽子。美しく淑やかな花の名と強さを併せ持つ君。皆其処で生きて居た。
ならば、其れで良い。
真夏の夜。其処ら中に見慣れない影が犇めいて居る。ほら、君の背にも。
音が聞こえる。換気扇の回る音か、外を過ぎる車か。音は声に変わる。ひそひそ、ひそひそ。私を嘲る声か。違うだろう。誰一人、嗤う程私を知らない。
「一生と云う時間は何に使うべきか。」
「僕は答えを持って居ない。」
「君の一生とは何か。」
「無駄。或いは余白。」
「私の一生とは?」
「精々人に愛されるが良い。僕の他のね。」
「何故君はそうなのかねぇ?」
「さぁ? 僕だから? かな。」
「……やれやれ。」
其れは本当に何処までも広がって居るような星空だった。星の魚を見付けた少女が手を伸ばす。隣の少年は目を凝らす。嘘でも幻でもない。少女の白く細い指は星の魚の鱗に届き、少年は其れを見た。
空気の温度が変わった。湿度はさして変わらない。此れからだろう。如何でも良いか。ほら、雨が上がる。季節がまた進む。
さぁ。行き給え。
(了)
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる