7 / 10
#07 向日葵
しおりを挟む──其の先の黄色の華。
遮断機を越えて鉄を踏みしめる。夏だと云うのに雪が降った。良いさ。歩こう。傘も要らない。要らなくなった。困ったように笑って傘を差し出す君はもう居ない。
海星が哂う。僕は屋根から落ちる。真っ青な海に向かって。
手を引いた。アスファルトは熱く、風は冷たく。不思議な心地だった。そして、君の髪に絡まるように成って居た小さな向日葵の位置を直した。
──気づかんかった?
「ああ。」
──しゃーないやっちゃな。
「何時ものこったろ。」
──せやね。
手の感触が消えた。知って居る。君はもう。
皺の増えた掌を眺める。爪が汚れて居た。そう言えば最後に風呂に入ったのは何時だったか。まぁ、良いだろう。気が向いたら湯にでも浸かろう。そう思って酒を呷る。此れは、湯に入るのは大分先に成りそうだ。
覚えて居る。忘れられそうに無い。右の唇から顎まで伸びた紫。血の後か、単に裂けたのか。どっちでも良い。脳に刻まれたその色だけは一生消えないだろう。
「で?」
俺は応えない。
「アタシも関西弁なら良かった?」
応えない。
「それとも、」
彼女は小さな向日葵の造花を瓶に刺した。
「こっちの方が良い?」
仕方ないか。
「其のままで。」
少し驚いた顔が眼の前に在った。
「そう。夕飯、シチューね。ご飯にする? トースト焼く?」
「任せるよ。」
不満そうな顔を見送る。行先を知って居れば、其れで良い。
小さな向日葵。小さな紫陽花の髪飾りを添える瞬間に掠め盗った。何人かは気付いた様だったが、何も言わなかった。
もう何度も見た悪夢だ。
檜の棺、釘を打つ僕はどんな顔だったのだろう。三度、と言われたが何度も金槌を振るった。止める奴は、誰も居なかった。
「ねぇ、君、このままだと壊れるよ。」
其れなら、其れで良い。
「アタシが良くない。」
仕方ない物は仕方ない。
「ね。アタシの目、見て。」
見れない。
「見ろ。」
頬を引っ掴まれて見た其の眼は滲んで居た。
瓶に刺された造花の向日葵。冷たい墓石の前に置く。生花は駄目だと住職は言って居たが水の無い瓶に刺した造花なら良いらしい。
「名前。」
「そっちに彫って在るだろ。」
線香に火を点す。ついでに母が残した水子にも供えた。
「ねぇ、この子の、」
「死んでから産まれると名前付かないんだとサ。」
沈黙が続いた。
「から、俺が付けた。」
「ふぅん?」
答えるだけにして腰を上げた。歩く。道に出ると向日葵が咲いて居た。何れ秋桜に、金木犀に変わって、季節は過ぎて行く。
「アタシは、君が嫌がらなきゃ、」
柔らかい唇に触れた。俺から出来るのは此れしか無い。
「ふぅん。そう。ね、手、繋ご?」
触れた手が熱を帯びて居た事には気が付かなかった振りでもして置こう。
(了)
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる