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#08 失われた憧憬
しおりを挟む──永遠に。
物語は終わった。否、少なくとも僕の中には初めから存在しなかった。何度も姿を変えて夢にだけ現れる少女。知って居る。産まれる事の無かった亡姉だ。恨んでは、居ないと思う。彼女が此の世界に産まれて居たのなら、僕は必要無かった。母も死なずに済んだのかも知れ無い。其れも、
「運命? ボクは嫌いだけど。」
小さな鏡に逆様に映る少女の顔が問い掛ける。僕は未だ悩んで居る。
「君も大概だね。まぁ、ボクが言う事じゃないかも知れないけど。」
僕は未だ悩んで居る。話にだけ聞いた死人の影が、手が、首に巻き付く。僕は未だ悩んで居た。
「君の死を本当に悲しむ人も居るんでしょう?」
終わりは直ぐ其処に在る。一歩踏み出すだけだ。其れでも、僕は未だ悩んで居る。
「四度も失敗して、もう今更でしょ? 諦めなよ。君には、」
向いて居ない。何もかも。生きる事も死ぬ事も、夢? 何だったかな。もう何も思い出したく無い。
「ねぇ。」
するり、白い指先が見えた。頬に触れて呉れて居た。
「諦めて生きなよ。君が死んだらボクが悲しんで上げるから。」
「蒼玉。」
名前の無かった逆様の少女に僕が勝手に名前を付けた。すっと微笑んだ少女は向きを戻して鏡の奥へと消えて行った。ほんの僅か、考えて部屋を出た。外には爛熟した春が、と昭和の作家が言って居たっけ。其の通りの景色が在った。緑、紫、黄色、黒、色が鮮やかに並んで居る。
「帰ったらキッチン、片付けてよね。」
背後の声に振り返ろうとは思わ無かったし、言う通りにする気も無かった。小さな溜め息と小言に送られて、青空の下を歩く。さて、物語の終わりは何処にしようか。そんな事だけを考えて居た。
(了・蒼玉)
「ねぇ~、いつになったら片付くのコレ。」
背後の少女が何時もの様にぼやく。台所の大きな盥には大きなフライパン、きめ細かいアルミか鉄の笊、その他酒のアルミ缶、ペットボトル。散乱、だろう。
「そのうち虫湧いちゃうよ? 後冷蔵庫の中。」
大人しく夢か鏡の中に居て呉れ。
「ヤダね。ボクに弟を見捨てる選択肢は無いよ。」
全く面倒な話だ。
「だから、諦めなって。」
厭だな。
「ふん、君は強情だねぇ?」
誰の真似だろう。嗚呼、そうか、僕が作った、
「ボクの妹は、そうだねぇ、君が作ったんだっけ。」
芳野慧子。芳野蒼玉。随分と無理をした。
「そうだね。君の胸が痛まない訳がないか。名字も変えて、そう言えば、ボクの名前の由来ってあるの?」
青が好きだった。ガラス細工越しに見える空と太陽と青空。少し厭になって蒼の字を使った。
「ふぅん。まぁ、良いね。」
やや不満げに蒼い前髪を払った。
「字面悪くない?」
「意味だけ考えたからな。」
彗星と好きな色。其の他には無い。
「ま、慧子も気に入ってるみたいだしね。」
「なら、良かったよ。」
「で? いつ掃除始めるの?」
僕は文字を綴る。蒼玉は諦めた様に小さな本を開いた。
「ああ、これか。爛熟した春が。」
「放っておけ。僕の趣味だ。」
軽い笑い声が聞こえた。今は其れで良いだろう。
(了・晩春の日)
君は当然だろうが慧子に似ている。ボクの弟だもんね。でも、一つだけ違う。ねぇ、君、どうしてそうやって死にたがるの? この世界はそんなに醜い? ……ボクが居ても? 嗚呼、そうだね、君ならそう言うだろうね。慧子とは違う、その目はボクなんか見ちゃいない。
「見てるよ。じゃなきゃ名前なんぞ付けない。」
ぼやいてタバコに火を点ける。慧子と同じ仕草だ。それだけ、似ている。
「ふぅん? じゃあボクの姿も、」
「見えてる。だから其の名前にした。」
蒼い髪と瞳。いつか君が見た黄金、ボクの亡母と見た風景と似せなかったのはなぜだろう。訊くだけ無駄か。どうせ答えは返って来ない。
「金の文字が使えなかった。麒麟で雷はもう他で使ってたし。」
氷の破片を右腕の端に放ってやる。ボクを馬鹿にした罰だ。
「いってぇな。」
「君が悪いよ。当てなかっただけ感謝してよね。」
出血は大した事が無い。きっと君はティッシュで押さえて止血するだけだろう。大騒ぎもしない。君はそういう人間だ。
「直撃なら病院コースか。」
思った通り、君は少しだけ考えて水で流した患部をティッシュで押さえた。ガーゼでもあればそっちを使っただろう。呆れる程、最短で終わらせる。
「何なら、腕持ってけるわよ。」
「それは勘弁だね。」
止血は終わったらしい。ひらひらと手を動かしてぼやく。それは、別のキャラクターに使っていたっけ。
「佐々木螢也か鏑木雫か、嗚呼、雫なら勘弁っス、か。」
「螢也君なら語尾は“?”だね。」
二人で少し笑った。午後は未だ少しだけ続く。
(了・二人)
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