【完結】オメガに転生した僕は、英雄になりたいわけじゃなかった

夕月ねむ

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26.三人目

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 薄青いドラゴンの体表から瘴気が消えていく。青い目がはっきりと僕の姿を捉えた。
 先程までと比べたら、ずっと小さくドラゴンが鳴いた。

『なに……? だれ?』
『日本人としての名前なら須藤由香里』
『ゆ、か……』
 アイスドラゴンが僕の前に伏せた。

 背後で人間たちがざわめく。
『ゆかり、おこって、る?』
『そうだね。すごく怒ってる』
『ごめん……なさい……』
 僕はふーっとため息をついた。

『私や他の人たちにどれだけ迷惑が掛かったと思うの? 魔獣も溢れ出て……あんたのせいで本当に大変だったんだよ』

『ごめ……わ、私、もう、嫌だったの……』
『嫌って、何が』
 アイスドラゴンがすん、と鼻を鳴らした。
『ドラゴン、なんて、なりたくなかった。なんでこんな、なの? 言葉も、通じないし』

『あなた……前世は人間?』
『うん。だから、日本語、話せる……』
 ああ……なんか、予想外に深刻な事態だった。

『もう、嫌なの……ずっと、独りで』
 アイスドラゴンの身体に、ゆら、と瘴気が浮いた。
『落ち着いて。ね? 瘴気に呑まれちゃだめ』

『終わりにしたかったの。でも、死ねなくて』
 爬虫類じみた目がゆっくりと瞬きした。
『火山の火口に落ちてみても……マグマが固まっただけだった。深海に沈もうとしても。ただ、周りが凍って……』

 ドラゴンが纏う瘴気が濃くなっていく。どうやらドラゴンの気持ちが沈むと濃くなるようだ。
『怪我はすぐ治るし、高い所から落ちても、少し痛いだけで……死ねないの、もう……ずっと……』

 ドラゴンになってしまった元日本人らしき女性の嘆きが続く。
『終わらせたい……もう、嫌なの……誰かに、殺されたかったの……ねぇ。ゆかり、私を』

 ドラゴンの瞳が濁っていく。これはだめだ。
「精神操作《鎮静》」
 すうっと瘴気が消えた。けど、精神操作が使えるのはあと一度だけ。どうにかなるだろうか……

 おそらく、このアイスドラゴンは人格がドラゴンの身体に適応できず、鬱病に近いような状態にあって、落ち込みが酷くなると瘴気を纏い、精神的に安定すると瘴気が消えるのだ。

 しかし、困った。たとえ本人?本竜?が抵抗しなかったとしても、ドラゴンなんて殺せるものか? いや、そもそも本当に死なせていいのか?

『ね、教えて。元が日本人なら、あなたにも名前があるんだよね? なんていうの?』
『りさ……藤沢、梨沙』

『梨沙さん。悪いけど、私にはあなたを殺せるほどの力はない。ねぇ、他のドラゴンとは友達になれないの?』

『他の……? どこにいるか、知らない。私、やっぱり死ねない、の?』
 ドラゴンはドラゴン同士の繋がりがないのか。

『死ねないかどうか、私にはわからない。でも、せっかくこうやって話せる相手ができて。それでもまだ死にたい?』
 アイスドラゴンが瞬きして、頭を少し傾けた。考えているらしい。

「レオ! ちょっと来て!」
「へ? 俺?」
 僕とドラゴンを遠巻きにしている人間たちの中からレオナルドを呼んだ。

「いや、でも……」
 エディを自由にしてアイスドラゴンに近付くことを躊躇っているらしい。
「いいから来て! 大丈夫、危険はないと思う」

 レオナルドよりも先に、エディが駆け寄ってきて僕を背中からぎゅうっと抱きしめた。
「ヒューイ。無事で良かった。どうなってるの? 何が起きた?」

 護衛対象である王子様が前に出てきてしまったことで、レオナルドも僕の隣に立った。
「このアイスドラゴン、元は人間なんだよ。僕やレオと同じく前世の記憶がある。そのせいでドラゴンとして生きることが辛いみたいだ」

『梨沙さん、紹介するね。この人はレオナルド。元日本人だよ。日本人としての名前は滝本伊月』
 背中にエディを貼り付けたままで悪いけど、話を進めさせてもらう。

『……いつき』
『そう。伊月、こちら藤沢梨沙さん』
『ああ、うん。大体聞こえてたよ。よろしく』
『これで梨沙さんの話し相手は増えたよ。それでもまだ死にたい?』

『私…………どうしたら……』
『なぁ。迷ってるなら、もう少し生きてみたら? 死ぬのは後でまたできるかもしれないけどさ、今からもう一度死んだら、次はもう、今の記憶や人格はないかもしれないだろ?』

 レオナルドの言葉は、少しは梨沙さんに届いたらしい。
『でも、私……すごく、迷惑かけて……』

『幸い死者は出てねぇし。あんたが自分から誰かを傷付けたってわけでもない……よな?』
『それは……でも……』

『梨沙さん。俺が読んだ本には、ドラゴンは変幻自在だと書いてあった。あんたも人の姿になれるんじゃないのか?』
 え? そうなの?

「ドラゴンって変身できるの?」
 僕は抱きついたままのエディに尋ねた。
「できるはずだよ。大きさを変えることも、人間や他の動物に化けることも」

『梨沙さん?』
 梨沙さんはさっき、言葉が通じないことも悲しんでいた。つまり、人間に話しかけてみたことがあるのだと思う。

『人の姿になれるの?』
『わ、私……』
 アイスドラゴンの青い目が動く。
『……服が。魔力でうまく作れないの……』

『もしかして人の姿になると裸になっちゃう?』
『………………そう』
 梨沙さんはぽつりぽつりと話し始めた。

 梨沙さんはこっそり人の村に近付いて、干してあったシーツを盗み、人間に化けてそれを身体に巻き、人に話しかけたことがあったらしい。

 しかし、言葉が通じなかった。その時話しかけた相手は、様子がおかしい彼女を身振り手振りで自分の家に招き、お茶を淹れてくれた。だけど。

『売られそうになったの。魔封じを着けられて』
 幸い……というのか。ドラゴンである彼女には人間用の魔封じを壊すことくらいできたから、簡単に逃げ出せたそうだ。

『私……怖くて』
 親切にされたと思った直後の裏切りは、梨沙さんを人間から遠ざけた。言葉を学ぶこともできずますます孤独に苛まれていったのだ。






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