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事件は帰り道に起きた
「ヒノカくん!」
手を振られて、ぺこりと頭を下げる。お客さんとの会話は緊張する。ネオさんなら尚更だ。彼の周りに配信機材がないことを確認してから近付いた。
ネオさんは魔法剣士だ。剣も魔法も器用に使うし、僕には使えない治癒魔法が使える。前衛なのに後方からの攻撃もでき、更に回復も可能。まさに万能型。
髪は黒というより焦げ茶に近い。けれどそれは地毛であるらしい。目も鳶色に近いから全体的に色素が薄いのだと思う。剣は腰の両側に短剣を下げている。双剣使いなのだ。格好いいよねぇ。
「あ、あの、お待たせしました」
並ぶと僕の方が少し背が低い。
「いや、思ったよりもずっと早かったよ。流石ヒノカくんだな」
憧れの人に褒められるのは照れる。顔が赤くなるのを止められない。
僕は収納からおかもちを出して、そちらを見ることで顔を背けて誤魔化した。
「えっと、オムライスひとつ、サラダとミニパンケーキ付き、それにオレンジジュース……間違いないですか?」
「うん。とりあえず、こっちの部屋の中に入ろうか」
それもそうだ。ここは通路で、廊下に立って話しているようなもの。他の誰かが来ないとも限らないし、小部屋の中の方が座ることもできて落ち着くだろう。
「全部でいくらだったかな?」
「ぁ、出前の、えっと、手数料がかかって……」
僕が金額を告げると、ネオさんはきっちりお釣りなく払ってくれた。ありがたい。
「食器は今返すこともできる?」
「え。今、ですか?」
「そう。ここで急いで食べたら持って帰ってもらえるかな?」
いつもは木村さんたち見張りの協会職員さんが食器を預かってくれているけど。
時計を確認する。店は昼休憩中のはず。僕の帰りが少し遅くなっても、夕食時にはパートの中嶋さんが来てくれるし、たぶん大丈夫。
「わかりました。食べ終わるの、待たせてもらいます。あんまり、急がなくても大丈夫です」
休憩所になっている部屋には、魔獣避けの結界がある。探索者協会が張っている結界で、誰でも利用できるものだ。僕もその部屋の中で待たせてもらった。
「ヒノカくんはお腹空いてない?」
「あ、いえ。大丈夫です」
飲食店をやっていると、自分は空腹なのに客が食べるのを見ていなければいけないことは結構ある。慣れているというわけじゃないけど、今はまだそれほど空腹でもない。
「あのさ、ヒノカくん」
「はい」
「ヒノカくんも探索者なんだよね?」
「そう……ですね、一応は」
資格はあるし登録はしている。だからこうしてダンジョンに入れるし、探索者を名乗ることはできる。ただ活動できていないだけ。
「配信はしないの?」
「えっと、僕、話すの苦手で……」
「そっか。でも、面白いと思うんだけどなぁ、出前配信」
「出前配信……ですか」
「そう。お客さんの許可取ってさ。この迷宮のどこそこまでこれから料理届けますって、中継すんの」
その発想はなかったな。確かに面白がる人はいそうだ。まあ、僕には無理だけど。
「ダンジョンの中にまで出前届けてくれるなんて、ヒノカくんだけだしねぇ……」
喋りながらも、ネオさんは美味しそうにオムライスを食べ、オレンジジュースを飲んでいた。
「このパンケーキ、本当に美味しいよねぇ」
「あ、はい。僕もそう思います」
「でもほら、甘いものばかりだと体には良くないからさ。俺はミニで我慢してんの」
ネオさんがにこっと笑った。ちょっと八重歯なんだよね。僕はこの笑顔が好きだ。というか、ネオさんが好きだ。男同士だし、言えば迷惑だろうから、黙っているけど。
「そうなんですね……」
甘党なのかな。飲み物もコーヒーとかじゃなくてオレンジジュースだしな。我慢しているなら、本当はレギュラーサイズを食べたいのだろう。確かに数年前は店でパンケーキを食べていた記憶がある。でも体が資本だもんな、探索者は。
「ごちそうさま。待たせてごめんね」
「いえ、大丈夫です」
ネオさんが食器に洗浄魔法を掛けてくれた。それを受け取って収納魔法で預かる。
「ありがとうございます」
「いいなぁ、収納魔法。羨ましい」
「でも、ネオさんの鞄、魔法鞄ですよね?」
「まあね。高かったんだよー、これ」
迷宮が出現してからというもの、魔法や魔力に関する研究が凄まじい勢いで発展し、生活に役立つ魔導具がいくつも作られた。その中で一番使われていると言っても過言じゃないのが魔法鞄。空間を拡張し、時間の経過を止め、見た目より多くのものを劣化させずに運べる鞄だ。
魔導具は資源に乏しい日本のエネルギー問題をどんどん解決し、物流を変え、様々な革命を起こした。ただ、全体的に高価で、魔石を動力源にするものも多く、なかなか庶民には手が出ない。
「魔法鞄は物を縮めて入れられるわけじゃないから、鞄の口より大きな物は入らないんだよね。収納魔法は大きさに制限ないんでしょう?」
「確かに、そうですね。容量の上限以下なら」
ネオさんがもう一度「いいなぁ」と言った。
「えっと、それじゃあ。僕はそろそろ……」
「ああ、そうだよね。引き止めちゃったみたいでごめんね」
「いえ……」
少しの間でも一緒にいられるのは嬉しかった。笑顔も見れたし、美味しそうに食べてくれたし。本当はまだまだ話していたいけど。
小部屋の結界から出ようとした時だ。
「ヒノカくん」
ネオさんが僕を呼び止めた。
「どうもありがとう。またお願いね」
「ぁ、はい。こちらこそ……」
こういう時にもっと何か気の利いたことを言えるようになれたらいいのに。
小部屋を出て、第三階層に向かうというネオさんと別れた。僕はまた急いで帰ることになる。夕食の時間帯に人手が足りなくなるなんて申し訳ない。
少し走って、ウサギの魔獣を一頭倒した時だった。僕の索敵に何かが引っかかった。
最初に感じ取ったのは走っている人の気配。何かあったな、と思ってすぐに、複数の魔獣がその人たちを追いかけていることに気付いた。
ネオさんは……ああ、もう第三階層に移動したのかな。少なくとも、あの小部屋周辺には彼の気配はない。
逃げる人間を追いかけているこの気配。確かに魔獣だ。でも、本来ならこの階層に出現するはずのない、イレギュラーだった。
狼だ。たぶんグレイウルフ。5頭ほどの小さな群れが、おそらくは面白半分に人間を追い回している。グレイウルフは第四階層の魔獣だ。第二階層を主な狩場にしているような探索者には荷が重い相手である。
ネオさんがいてくれれば良かった。彼ならバターを切るより容易く倒しただろう。
周囲の気配を探る。逃げる人間は疲れてきているようだ。近くに他の探索者はいない。狼に勝てる誰かがいるとしたら。
もしかして、僕だけか。
手を振られて、ぺこりと頭を下げる。お客さんとの会話は緊張する。ネオさんなら尚更だ。彼の周りに配信機材がないことを確認してから近付いた。
ネオさんは魔法剣士だ。剣も魔法も器用に使うし、僕には使えない治癒魔法が使える。前衛なのに後方からの攻撃もでき、更に回復も可能。まさに万能型。
髪は黒というより焦げ茶に近い。けれどそれは地毛であるらしい。目も鳶色に近いから全体的に色素が薄いのだと思う。剣は腰の両側に短剣を下げている。双剣使いなのだ。格好いいよねぇ。
「あ、あの、お待たせしました」
並ぶと僕の方が少し背が低い。
「いや、思ったよりもずっと早かったよ。流石ヒノカくんだな」
憧れの人に褒められるのは照れる。顔が赤くなるのを止められない。
僕は収納からおかもちを出して、そちらを見ることで顔を背けて誤魔化した。
「えっと、オムライスひとつ、サラダとミニパンケーキ付き、それにオレンジジュース……間違いないですか?」
「うん。とりあえず、こっちの部屋の中に入ろうか」
それもそうだ。ここは通路で、廊下に立って話しているようなもの。他の誰かが来ないとも限らないし、小部屋の中の方が座ることもできて落ち着くだろう。
「全部でいくらだったかな?」
「ぁ、出前の、えっと、手数料がかかって……」
僕が金額を告げると、ネオさんはきっちりお釣りなく払ってくれた。ありがたい。
「食器は今返すこともできる?」
「え。今、ですか?」
「そう。ここで急いで食べたら持って帰ってもらえるかな?」
いつもは木村さんたち見張りの協会職員さんが食器を預かってくれているけど。
時計を確認する。店は昼休憩中のはず。僕の帰りが少し遅くなっても、夕食時にはパートの中嶋さんが来てくれるし、たぶん大丈夫。
「わかりました。食べ終わるの、待たせてもらいます。あんまり、急がなくても大丈夫です」
休憩所になっている部屋には、魔獣避けの結界がある。探索者協会が張っている結界で、誰でも利用できるものだ。僕もその部屋の中で待たせてもらった。
「ヒノカくんはお腹空いてない?」
「あ、いえ。大丈夫です」
飲食店をやっていると、自分は空腹なのに客が食べるのを見ていなければいけないことは結構ある。慣れているというわけじゃないけど、今はまだそれほど空腹でもない。
「あのさ、ヒノカくん」
「はい」
「ヒノカくんも探索者なんだよね?」
「そう……ですね、一応は」
資格はあるし登録はしている。だからこうしてダンジョンに入れるし、探索者を名乗ることはできる。ただ活動できていないだけ。
「配信はしないの?」
「えっと、僕、話すの苦手で……」
「そっか。でも、面白いと思うんだけどなぁ、出前配信」
「出前配信……ですか」
「そう。お客さんの許可取ってさ。この迷宮のどこそこまでこれから料理届けますって、中継すんの」
その発想はなかったな。確かに面白がる人はいそうだ。まあ、僕には無理だけど。
「ダンジョンの中にまで出前届けてくれるなんて、ヒノカくんだけだしねぇ……」
喋りながらも、ネオさんは美味しそうにオムライスを食べ、オレンジジュースを飲んでいた。
「このパンケーキ、本当に美味しいよねぇ」
「あ、はい。僕もそう思います」
「でもほら、甘いものばかりだと体には良くないからさ。俺はミニで我慢してんの」
ネオさんがにこっと笑った。ちょっと八重歯なんだよね。僕はこの笑顔が好きだ。というか、ネオさんが好きだ。男同士だし、言えば迷惑だろうから、黙っているけど。
「そうなんですね……」
甘党なのかな。飲み物もコーヒーとかじゃなくてオレンジジュースだしな。我慢しているなら、本当はレギュラーサイズを食べたいのだろう。確かに数年前は店でパンケーキを食べていた記憶がある。でも体が資本だもんな、探索者は。
「ごちそうさま。待たせてごめんね」
「いえ、大丈夫です」
ネオさんが食器に洗浄魔法を掛けてくれた。それを受け取って収納魔法で預かる。
「ありがとうございます」
「いいなぁ、収納魔法。羨ましい」
「でも、ネオさんの鞄、魔法鞄ですよね?」
「まあね。高かったんだよー、これ」
迷宮が出現してからというもの、魔法や魔力に関する研究が凄まじい勢いで発展し、生活に役立つ魔導具がいくつも作られた。その中で一番使われていると言っても過言じゃないのが魔法鞄。空間を拡張し、時間の経過を止め、見た目より多くのものを劣化させずに運べる鞄だ。
魔導具は資源に乏しい日本のエネルギー問題をどんどん解決し、物流を変え、様々な革命を起こした。ただ、全体的に高価で、魔石を動力源にするものも多く、なかなか庶民には手が出ない。
「魔法鞄は物を縮めて入れられるわけじゃないから、鞄の口より大きな物は入らないんだよね。収納魔法は大きさに制限ないんでしょう?」
「確かに、そうですね。容量の上限以下なら」
ネオさんがもう一度「いいなぁ」と言った。
「えっと、それじゃあ。僕はそろそろ……」
「ああ、そうだよね。引き止めちゃったみたいでごめんね」
「いえ……」
少しの間でも一緒にいられるのは嬉しかった。笑顔も見れたし、美味しそうに食べてくれたし。本当はまだまだ話していたいけど。
小部屋の結界から出ようとした時だ。
「ヒノカくん」
ネオさんが僕を呼び止めた。
「どうもありがとう。またお願いね」
「ぁ、はい。こちらこそ……」
こういう時にもっと何か気の利いたことを言えるようになれたらいいのに。
小部屋を出て、第三階層に向かうというネオさんと別れた。僕はまた急いで帰ることになる。夕食の時間帯に人手が足りなくなるなんて申し訳ない。
少し走って、ウサギの魔獣を一頭倒した時だった。僕の索敵に何かが引っかかった。
最初に感じ取ったのは走っている人の気配。何かあったな、と思ってすぐに、複数の魔獣がその人たちを追いかけていることに気付いた。
ネオさんは……ああ、もう第三階層に移動したのかな。少なくとも、あの小部屋周辺には彼の気配はない。
逃げる人間を追いかけているこの気配。確かに魔獣だ。でも、本来ならこの階層に出現するはずのない、イレギュラーだった。
狼だ。たぶんグレイウルフ。5頭ほどの小さな群れが、おそらくは面白半分に人間を追い回している。グレイウルフは第四階層の魔獣だ。第二階層を主な狩場にしているような探索者には荷が重い相手である。
ネオさんがいてくれれば良かった。彼ならバターを切るより容易く倒しただろう。
周囲の気配を探る。逃げる人間は疲れてきているようだ。近くに他の探索者はいない。狼に勝てる誰かがいるとしたら。
もしかして、僕だけか。
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