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ベリーのジャムと薬草茶
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「アシュリー、お茶」
僕の主人である公爵令息セオドア様がソファに腰を下ろした。
「はい、ただいま」
魔法で湯を沸かし、カップを温め、お茶を淹れる。お茶菓子として収納魔法で保管していたスコーンとベリーのジャム、こってりとしたクリームを用意する。
「どうぞ」
お茶を一口、セオドア様がほうっと息を吐いた。
「ん。今日も美味しい」
「それはよろしゅうございました」
主人の疲れを癒したくて、僕は薬草茶を調合し、セオドア様の好みに合わせたものをいつでも提供できるよう準備している。
「あの」
天幕の入り口近くで、無粋な男が声を上げた。男は金属製の胸当てをつけたままで、帯剣までしている。
「キャドバリー公爵令息。ここをどこだと」
セオドア様がきょとんとした顔で答えた。
「野営地の天幕の中だな。それが何か?」
中年の騎士が声を荒げた。
「すぐそこは戦場なのですよ! 呑気にティータイムをしている場合ですか!」
この騎士……名前は何といったか。聞いたはずなのだけれど、思い出せない。
「うるさいな。私はちゃんと言われた仕事はしているぞ」
セオドア様の言う通り。この野営地が安全なのは、セオドア様が強固な結界を張っているからだ。実際、その結界の外に出れば、土と煙と血の匂いがする。
「あれ。アシュリー。このジャムは」
「僕が煮たものです」
「どうりで。うまいな」
「ありがとうございます」
褒められた。嬉しい。大鍋一杯のベリーを煮込んだ自信作である。
視界の端で、騎士がわなわなと震えた。
「どうして戦場に侍従がいるんだ!」
「おや、あなた方も側仕えの従騎士を連れているだろう?」
「彼らは立派な戦力だ。茶を淹れるためにいるのではない!」
「それを言うなら」
セオドア様がにこりと笑った。
「アシュリーも立派な戦力だけどな?」
セオドア様の魔法は防御に特化していて、攻撃力をほとんど持たない。なので主人を守るのは僕の役目。今のようにセオドア様が本気の結界を張っておられる時には出番がないけれど、近くまで敵が来るなら殲滅するのは僕である。
騎士が訝しげな顔をした。あ。思い出した。この騎士はアッカーソン卿。この野営地の責任者の補佐官だ。アッカーソン卿は眉を寄せて僕を見ている。
「その者が戦力だと?」
セオドア様が「ああ」とうなずく。
「アシュリーは水の魔法が得意なんだ」
水魔法は攻撃に不向きだと言われている。だからだろう、僕を侮る者は多い。けれど、ほとんどの『敵』は呼吸をしているのだ。陸で溺れるのは誰だって苦しい。
騎士というのは魔法士を軽んじる傾向がある。特に結界魔法は見た目にも地味で、働いていないように見えるらしい。まったく。セオドア様がどれだけこの戦に貢献しているかも知らずに。
でも今は、そんなことよりも。僕は微笑んで主人に尋ねた。
「お茶のおかわりはいかがです? 蜂蜜も用意してございますよ」
「いいね。もらおうかな」
僕は水球を空中に浮かべ、それを沸騰させた。アッカーソン卿の顔が引きつる。もしこの『水球』をぶつけられたらどうなるか、彼にも想像ができたらしい。
作った熱湯をポットに注ぎ、砂時計の上下を返す。蜂蜜はほんのり少なめに。甘すぎるお茶はセオドア様の好みではない。
「どうぞ」
「……うん、おいしい」
セオドア様が満足そうに微笑む。そしてちらりと騎士を見た。
「それで? あなたはいつまでそこにいるんだ」
「キャドバリー公爵令息。あなたが食事に顔を見せないことを隊長は気にしておられるのです」
「それは仕方がないな。アシュリーは料理も上手いんだ」
「しかし共同生活の規律を乱されては」
「私は王族の血も引く公爵家の子息だぞ? 口に入れるものは吟味している」
「まさか。騎士団の食事を毒入りと疑うのですか」
「警戒しているだけだ。お互いのために自衛はしないとな。それとも、私に何かあったら貴殿は責任を取れるのか?」
騎士は何か言いたげな様子で、しかし言葉が見つからなかったらしく、腹立たしげに天幕から立ち去って行った。
「アシュリー」
セオドア様の声にも眼差しにも甘さが宿る。
「隣においで。お前も飲むといい」
セオドア様はいつも、二杯目のお茶を残す。そして、僕を呼ぶのだ。それを知っていて、僕も二杯目を淹れるのだけれど。
「失礼いたします」
隣に座った僕を、セオドア様はいたずらっぽく見つめて言った。
「さっきの騎士、わざと脅しただろう。可哀想に」
「お茶の時間を邪魔するからですよ」
セオドア様の飲み残したお茶に、僕はためらうことなく口を付けた。
よかった。今日もちゃんと美味しい。
「……早く家を出たいな」
セオドア様が呟いた。
「お前となら、冒険者でもなんでもして生きていけるのに」
十二年ほど前。行き倒れ寸前だった僕を、セオドア様が拾ってくださったのはほんの気まぐれだったのかもしれない。けれど、今では……。
セオドア様が僕の肩に額を擦りつけてきた。
「駄目ですよ、テディ。誰かに見られたら――」
「天幕を二重の結界で覆った。誰も入れないよ」
まったく。この人は。野営地全体の結界も維持しているのだろうに。
僕とセオドア様の仲を『黙認する』代わりに、旦那様から出された条件。それが戦場で功績をあげること。元が孤児扱いの僕ではセオドア様の伴侶になれるわけがない。それでも、セオドア様が政略結婚を避けていられるのは、こうして前線にいるからだ。
「テディ」
ふたりきりの時だけ許される愛称を呼んで、頬に触れる。
「あまり無理はしないでください」
セオドア様の顔色がいつもよりわずかに曇っている。そのことに僕が気付かないはずがなかった。魔力消費が大きすぎるのだ。
「無理じゃない……お前が魔力を少し分けてくれたら、それで賄えるさ」
「おひとりで維持できないのなら、すでに無理をしているんです」
そう呆れながらも、僕は甘えてくる恋人に口付けた。そっと魔力を流し込むと、ほんのりとベリーのジャムの味がした。
僕の主人である公爵令息セオドア様がソファに腰を下ろした。
「はい、ただいま」
魔法で湯を沸かし、カップを温め、お茶を淹れる。お茶菓子として収納魔法で保管していたスコーンとベリーのジャム、こってりとしたクリームを用意する。
「どうぞ」
お茶を一口、セオドア様がほうっと息を吐いた。
「ん。今日も美味しい」
「それはよろしゅうございました」
主人の疲れを癒したくて、僕は薬草茶を調合し、セオドア様の好みに合わせたものをいつでも提供できるよう準備している。
「あの」
天幕の入り口近くで、無粋な男が声を上げた。男は金属製の胸当てをつけたままで、帯剣までしている。
「キャドバリー公爵令息。ここをどこだと」
セオドア様がきょとんとした顔で答えた。
「野営地の天幕の中だな。それが何か?」
中年の騎士が声を荒げた。
「すぐそこは戦場なのですよ! 呑気にティータイムをしている場合ですか!」
この騎士……名前は何といったか。聞いたはずなのだけれど、思い出せない。
「うるさいな。私はちゃんと言われた仕事はしているぞ」
セオドア様の言う通り。この野営地が安全なのは、セオドア様が強固な結界を張っているからだ。実際、その結界の外に出れば、土と煙と血の匂いがする。
「あれ。アシュリー。このジャムは」
「僕が煮たものです」
「どうりで。うまいな」
「ありがとうございます」
褒められた。嬉しい。大鍋一杯のベリーを煮込んだ自信作である。
視界の端で、騎士がわなわなと震えた。
「どうして戦場に侍従がいるんだ!」
「おや、あなた方も側仕えの従騎士を連れているだろう?」
「彼らは立派な戦力だ。茶を淹れるためにいるのではない!」
「それを言うなら」
セオドア様がにこりと笑った。
「アシュリーも立派な戦力だけどな?」
セオドア様の魔法は防御に特化していて、攻撃力をほとんど持たない。なので主人を守るのは僕の役目。今のようにセオドア様が本気の結界を張っておられる時には出番がないけれど、近くまで敵が来るなら殲滅するのは僕である。
騎士が訝しげな顔をした。あ。思い出した。この騎士はアッカーソン卿。この野営地の責任者の補佐官だ。アッカーソン卿は眉を寄せて僕を見ている。
「その者が戦力だと?」
セオドア様が「ああ」とうなずく。
「アシュリーは水の魔法が得意なんだ」
水魔法は攻撃に不向きだと言われている。だからだろう、僕を侮る者は多い。けれど、ほとんどの『敵』は呼吸をしているのだ。陸で溺れるのは誰だって苦しい。
騎士というのは魔法士を軽んじる傾向がある。特に結界魔法は見た目にも地味で、働いていないように見えるらしい。まったく。セオドア様がどれだけこの戦に貢献しているかも知らずに。
でも今は、そんなことよりも。僕は微笑んで主人に尋ねた。
「お茶のおかわりはいかがです? 蜂蜜も用意してございますよ」
「いいね。もらおうかな」
僕は水球を空中に浮かべ、それを沸騰させた。アッカーソン卿の顔が引きつる。もしこの『水球』をぶつけられたらどうなるか、彼にも想像ができたらしい。
作った熱湯をポットに注ぎ、砂時計の上下を返す。蜂蜜はほんのり少なめに。甘すぎるお茶はセオドア様の好みではない。
「どうぞ」
「……うん、おいしい」
セオドア様が満足そうに微笑む。そしてちらりと騎士を見た。
「それで? あなたはいつまでそこにいるんだ」
「キャドバリー公爵令息。あなたが食事に顔を見せないことを隊長は気にしておられるのです」
「それは仕方がないな。アシュリーは料理も上手いんだ」
「しかし共同生活の規律を乱されては」
「私は王族の血も引く公爵家の子息だぞ? 口に入れるものは吟味している」
「まさか。騎士団の食事を毒入りと疑うのですか」
「警戒しているだけだ。お互いのために自衛はしないとな。それとも、私に何かあったら貴殿は責任を取れるのか?」
騎士は何か言いたげな様子で、しかし言葉が見つからなかったらしく、腹立たしげに天幕から立ち去って行った。
「アシュリー」
セオドア様の声にも眼差しにも甘さが宿る。
「隣においで。お前も飲むといい」
セオドア様はいつも、二杯目のお茶を残す。そして、僕を呼ぶのだ。それを知っていて、僕も二杯目を淹れるのだけれど。
「失礼いたします」
隣に座った僕を、セオドア様はいたずらっぽく見つめて言った。
「さっきの騎士、わざと脅しただろう。可哀想に」
「お茶の時間を邪魔するからですよ」
セオドア様の飲み残したお茶に、僕はためらうことなく口を付けた。
よかった。今日もちゃんと美味しい。
「……早く家を出たいな」
セオドア様が呟いた。
「お前となら、冒険者でもなんでもして生きていけるのに」
十二年ほど前。行き倒れ寸前だった僕を、セオドア様が拾ってくださったのはほんの気まぐれだったのかもしれない。けれど、今では……。
セオドア様が僕の肩に額を擦りつけてきた。
「駄目ですよ、テディ。誰かに見られたら――」
「天幕を二重の結界で覆った。誰も入れないよ」
まったく。この人は。野営地全体の結界も維持しているのだろうに。
僕とセオドア様の仲を『黙認する』代わりに、旦那様から出された条件。それが戦場で功績をあげること。元が孤児扱いの僕ではセオドア様の伴侶になれるわけがない。それでも、セオドア様が政略結婚を避けていられるのは、こうして前線にいるからだ。
「テディ」
ふたりきりの時だけ許される愛称を呼んで、頬に触れる。
「あまり無理はしないでください」
セオドア様の顔色がいつもよりわずかに曇っている。そのことに僕が気付かないはずがなかった。魔力消費が大きすぎるのだ。
「無理じゃない……お前が魔力を少し分けてくれたら、それで賄えるさ」
「おひとりで維持できないのなら、すでに無理をしているんです」
そう呆れながらも、僕は甘えてくる恋人に口付けた。そっと魔力を流し込むと、ほんのりとベリーのジャムの味がした。
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