好きの手前と、さよならの向こう

茶ノ畑おーど

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〇2章【波乱と温泉】

8節~また来たいですね~ 3

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そんな男子たちのやりとりなど知る由もない女子たちの脱衣所もまた、わいわいと賑やかさに溢れていた。
ほとんど貸切のような状態の温泉に、否が応でも彼女たちのテンションが上がる。

「ねぇ、泳いでも怒られないかな!?」

「怒られないけど、社会人としてはどうかと思う」

「全部のお風呂制覇するぞ~っ」

明るい声が重なり、タオルがばさばさと揺れる。
その中で、ひとりだけリズムを外している人物がいた。

「うぅ……」

キリカは……脱衣所のいちばん端にいた。
棚の前で、タオルをきっちり、きっちりと体に巻きつけ、視線は床。
体育の水泳前、誰より真剣に準備する小学生のような緊張感が全身ににじんでいる。

温泉は楽しみにしていたが、他の人の前で裸になる必要があるということをすっかり失念していた。
見ず知らずの相手ならまだしも、普段きっちりスーツを着込んでいる職場の人間の前で肌を晒すというのは、どうにも普通以上の気恥ずかしさが彼女にはあった。

「あっけさっかちゃ~ん」

「ひっ!?」

背後からにじり寄る気配に、キリカは悲鳴を上げながら肩を揺らす。

胸の上までぴっちりと隠れるタオルの隙間から覗く、華奢な肩と白い首筋。
胸元のタオルをぎゅっと抱きしめ直しながら振り向くと、既に裸族状態のちひろが満面の笑みで立っていた。

「な、なんですか……?」

「いやいや、後ろ髪のところが変になってるから、直したげようと思って」

「あ、ありがとうございます……でも、お風呂に入るから――」

彼女の警戒がほんの少し緩んだ瞬間を、ちひろは見逃さなかった。

「ていっ!」

もの凄い速度で手が伸び、キリカのタオルを叩き落とす。

「ぎゃああああぁっ!?」

色気の欠片もない悲鳴が脱衣所に響き、タオルが床に落ちて舞った。
キリカは地べたに崩れるようにしゃがみ込み、床を這うようにタオルを追いかけるが、動揺と羞恥で手元はもつれ、なかなか掴めない。

「あははははっ!」

「明坂ちゃん、ガチ悲鳴じゃん」

「先に入ってる人たちビックリするからやめな~、も~」

女子たちの間に爆笑が巻き起こる。
キリカは涙目になりながら、真っ赤な顔で床を這うようにしながらタオルを取り戻し、いそいそと体に巻き直した。

「さ、さいてー……最低です、佐原先輩……!」

「どうせ最終的には隠すものなんてないんだから、悪あがきしても無駄だって」

キリカから恨めしげな視線を向けられても、ちひろは一切悪びれることなく笑う。

「あははっ、明坂せんぱい、かわい~っ!」

小動物のような仕草で床を這いまわるキリカを見て、ももが近づいてきて楽しそうに笑う。
ゆるっと巻いたタオルから伸びる白い脚。
女子だけの空間だというのに、まるで見せ方まで計算しているかのようだった。

「……人のこと笑う前に、自分のことも心配した方がいいですよ」

「へ?」

「隙ありっ!」

いつの間にかももの背後に回っていたちひろが、忍者のような手さばきで彼女のタオルも剥がす。
何の前触れもなくスルリと落ちる白い布。
その下から、つるりとした白い肌が露わになった。

「……だから言ったのに」

「ふっふっふ、簡単に背後を取らせちゃダメだよ」

呆れたようなキリカと、ノリノリのちひろに対し、ももは少しだけ目を見開いて「ありゃ」と落ちたタオルに視線を落とす。

「…………あの、隠さないんですか?」

キリカの問いかけに、ももは自信たっぷりに目を細めて言う。

「え~? だって、別に恥ずかしいものでもないですし?」

「わ、私が目の前にいるんだから、隠してください」

思わず視線を逸らすキリカに、ももは両手をパッと広げにっこりと笑う。

「何で明坂せんぱいが照れるんですかぁ。ほ~ら、遠慮しないで見てくださいっ♡」

「見せなくていいですから! 早く! 隠して!」

一歩後ずさるキリカと、じりじりと距離を詰めるもも。
その対比が可笑しくて、すみれたちは彼女たちの攻防を眺めながらケラケラと笑った。

「いやぁ、さすが天内ちゃんは一味違うね」

「あれ、男の人がやられたらイチコロだろうね……」

女子たちの笑い声が脱衣所に響き渡る。
しおりが洗い場へと続く引き戸を開けると、反響する声に湿気が帯びた。

「ほらぁ、いつまでも遊んでないで温泉入ろうよ~! 時間なくなったらもったいない!」

その一言に、ちひろやすみれ、ももまでもが「は~い」と返事をしてすぐに移動を開始する。

取り残されたキリカは、タオルを握りしめたまま、しばし呆然と立ち尽くした。
彼女たちの切り替えの速さにも、裸への抵抗のなさにもついていけない。

……もしかして、自分の方がおかしいのだろうか?
そんな考えがふと胸に湧き、キリカは小さく眉を寄せた。
胸の奥に、誰にも説明できない妙な敗北感がじんわりと広がっていった。
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