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第四十一話 カタコンベ攻略会議

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 シエルのハッキングが完了した。詳しく聞いたところ、僕が担当する第770番番墓地地下に広がるダンジョンからカタコンベへとハッキングしていたのだが、繋がっている先は深部よりも浅い場所だったそうだ。

 これに関してはある程度予測がついていた。シエルはまずはそのエリア全域を安全地帯としたらしい。

「それってどれくらいの労力なの?」
「うーん……一週間のうち3時間しか寝ない感じ?」
「死んじゃうじゃん……」

 とんでもない労力だった。僕も転移直後に少しだけ散策したが、その時見ただけでも結構な広さだった。あのレベルのエリア全域を掌握するとなるとまぁ、それくらいの労力は必要だろう。

 エリアをまるごと安置にしたシエルが次に行ったのが深部にある迷宮核までの直通ルートの構築だ。何層もあるエリアをぶち抜いてコース成形は流石に出来なかったらしく、地道に1エリアごとに作っていったようだ。それが原因でかなり時間を使っていたのだとか。

「マッピングして、トラップ排除して、モンスターの出現も抑制して……流石にきつかったよ」
「結局何層くらい下にあったんだ? 古城とやらは」
「34層だね」
「結構あるなぁ……」
「まともに探索するならかなりきついだろうね。世界中から集めた強者で作ったパーティーで攻略に挑んだとしても、かなり掛かるだろうね」

 流石は大迷宮といったところか。これまでに攻略された地点を含めたらどれだけの年数になるんだろう。これが元はシエルの住んでいた国というのだから驚きだ。攻略したら元通りには……やっぱりならないんだろうか。

 少し話が逸れた。途中参加の攻略で34層という鬼畜な数字が出てきたが、シエルのお陰で半月もあれば最深部まで進めるようだ。その分の荷物等の準備はすでに済ませてある。
 なら今は何をしているのかというと、少し前に聖天教と魔法教会に出した手紙の返事を待っている。内容は勿論、エレーナとミルルさんの攻略参加のお願いだ。

 墓地地下ダンジョンは墓守協会からの依頼で融通してもらったが、今回のことは殆どこっちの都合になるから協会を通してというのは難しい。しかし突き詰めれば協会からの指示でダンジョンを攻略してこの状況になったとも言えるので、支部長に我儘を言えば動いてくれるかもしれない。

 でもそうしないのは、僕自身がシエルを助けたかったからだ。いつも、どんな時でも助けてくれたシエルへの恩返しがずっとしたかった。

 僕が動きたい。僕の力で助けになりたい。そう思えたからこそ、この一ヶ月半、やるべきことをやった。その中で新たな力を身に付けることも出来た。この力があれば、きっとカタコンベなんて取るに足らないだろう。

 決意も新たにぎゅっと拳を作っていると、管理小屋のドアが叩かれた。

「ナナヲ! 手紙届いたぞ!」

 アル君の声だ。急いでドアを開けると、息を切らしたアル君が額の汗を拭っていた。どうやら協会に届いた手紙を此処まで走って持ってきてくれたみたいだ。

 シエルに水を用意してもらうよう伝え、ソファに座らせたアル君から手紙を受け取る。

「ハァ、ゲホッ……魔法教会と聖天教、両方届いたぞ」
「ありがとう、アル君。ほら、これ飲んで」
「ありがとう……っ」

 シエルから受け取ったコップをアル君に渡すと喉を鳴らして一気に全部飲み干していた。

「ぷはぁっ……あ゛ー……最近運動不足だからきっつい……」
「一緒に墓守しよ」
「それで、手紙の内容は?」

 華麗にスルーされた。受け取った手紙の封を破り、中を確認する。

「うん……うん。2通とも内容は殆ど一緒だね」
「なんて?」
「行けるって」

 ざっと流し見て確認してみると、エレーナが所属する魔法教会もミルルさんが所属する聖天教も2人の貸出を許可してくれる内容が記載されていた。アル君とシエルがほうと胸を撫で下ろしている横で改めて全文を読む。

 ……うん、変な条件もない。多少、期日の設定はあるが、これはシエルから事前に聞いていた攻略に掛かる日数を伝えていたので、その日数に予備日を考慮した設定だったので無理なく探索が出来る。

「順調に行けば半月だけど、長くて一ヶ月かな」
「その間の墓守業務は依頼出してるから安心してくれ」
「うん、ありがとう。頼りにしてるよ」

 蒸留聖水の供給が安定化した今はこうして気軽に仕事を任せることも出来る。人員も聖天教と提携したことで借りられるようになったそうだし、お互いの利益になるとのことで積極的に交流もされている。

 最近では墓守達の心の安寧を保つ為の休暇の穴埋めに、シスターや神父が実に穏やかな表情でぱしゃぱしゃと柄杓で蒸留聖水を撒いている光景も目にすることが増えた気がする。



 さて、僕達は合流する為に一度、墓守協会に集まっている。今いるメンバーは僕、シエル、アル君、フランシスカさん、そして支部長のヘランドリックさんだ。

「君は本当に墓守に従事しないね……」
「あはは……申し訳ありません」
「いや、良い意味でだよ。業務内容はおろか、町の在り方まで大きく変えた君を一墓守として雇用し続けていいのか……それが最近の悩みの一つだよ」

 確かに大人しく墓守をしていた頃はもう随分昔のように感じる。そもそも、支部長を前にして思うのもあれだが、劣悪な労働環境の改善に全力を注いでいただけだ。それに加えてシエルという頼もしくもイレギュラー要因の為に事は大きくなりすぎた。

「これまでのどれか一つが欠けていたら、こうはならなかっただろう。その全ての根源は異界人である君、ナナヲ君にある。君がどう思っているかは分からないが、君が広げたこの渦はやがて色んな物事を飲み込む程に大きくなると、私は確信している」
「それは買い被り過ぎですよ。僕は向こうの世界でも、此方の世界でも、ただの一従業員です。そんな大それた人間ではないですよ」

 何ならシエルの方がよっぽど渦の中心だろう。今こうしてカタコンベに挑むのもシエルという因果が絡んでいる。支部長は諦めたように溜息を吐いた。

 と、同時に扉がノックされた。

「すみません、遅れましたか?」

 扉を開けて入ってきたのはエレーナだった。その後ろをミルルさんが続いて入ってくる。

「いや、定刻通りだよ。では打ち合わせを始めよう」

 支部長が席につき、立っていた僕達も着席する。ふとエレーナと目が合う。小さく手を振ると、ちょっと嫌そうに振り返してくれた。その隣のミルルさんも手を振るので、僕はそれに振り返す。

「いちゃいちゃするのは後にしようか」
「……」

 怒られた。

「これから最長で一ヶ月程、ナナヲ君が管理する第770番墓地が空くことになる。この穴埋めは墓守協会と聖天教でシフトを組んで請け負うことになった。この内容は事前に聖天教と打ち合わせを終えている」
「はい。こちらからは外部活動班を。墓守協会からはフランシスカ様が受け持ってくださるとのことで決定しています」

 今現在の業務内容であればフランシスカさんだけでも回せるが、これはきっかけだろう。今後、聖天教の外部活動の範囲を広げる為の第一歩だろう。そう思うと手すきのシスター達が作業していたのは斥候だったのかもしれない。だとしたら恐ろしく手際が良い。

「支部長」
「なんだいナナヲ君」
「前回の探索は第770番墓地の敷地内で発生したダンジョンの攻略となりましたが、今回は外部のダンジョン攻略になります。探索者側との軋轢は生みませんか?」

 第770番墓地地下ダンジョンとカタコンベが繋がってしまったというのは理由としては通じる。このままでは町全体の危機に繋がる、と。だがダンジョンはただ危ないから攻略する訳でもない。ドロップアイテムの収集・売買は探索者の生業だ。ダンジョンがあるからこそ、生活することが出来る人間達もいる。この町に来て最初に出会ったアスラさんやインテグラさんがそうだ。

 ただ、それに対するバッシングも多い。モンスターという危険を孕むダンジョンを生かさず殺さず、食い物にする探索者、と。まぁそれは今考える問題ではないが。

「探索者協会側ともその点については協議を繰り返したよ。結果、攻略に関して探索者協会側から何か言うことはない、と。ダンジョンの攻略という看板を掲げている以上、止めることは出来ないからね」

 正規の作業中、それに不随した儲け話が出てくることはよくある話だ。それがグレーであることを今突き付けられた。探索者側としてはカタコンベという巨大な市場を失うことにはなるが、世界にはまだまだダンジョンは多い。食い扶持には困らないだろう。傍にはカテドラルもあるわけだし。
 ただ、それに関して僕は一つ懸念事項があるが……これは攻略が終わってからでないと分からないから、今言うことではないか。

「簡単にまとめると、前回の地下ダンジョン攻略のように今回も攻略してもらえばいい。終われば帰ってきて、また墓守作業に戻ってもらう。それだけだ。アルベール、フランシスカはこれからの墓地管理のマニュアル作成も含めて実際に作業をしてもらうよ。これは第770番墓地だけに限らない」
「分かりました」
「了解です」

 蒸留聖水による墓地浄化と、それによる新たな墓守作業か。今更ながらに自分がしたことの大きさを実感した。

「これで打ち合わせ内容は全部だが、何か質問は? ないならこれで解散としよう」

 僕を含めた全員が手も上げず、お互いに視線を交わすのを見て支部長は頷き、立ち上がる。忙しい身なのだろう、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
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