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第70層 黒刻大山脈 -クロノマウンテン-
第55話 黒刻大山脈の階層都市
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翌朝。今回はヴァネッサが転がり込んでくることもなく、普通に目覚めた。再び焚火に火を付けて軽い朝食を作って食べたあと、八咫の言っていた場所、【黒刻大山脈】へと向かう。
7つ並ぶ階段の、入ってきた白骨平原から時計回りに数えて4つ目の階段を登っていく。見慣れた何の変哲もない石階段を1列に並んで進む。いつもならある程度進むと次の階層の光が見えてきて、何だか神秘的な光景が見えるのだが……今回に関しては妙に暗い。
首を傾げながら先頭を歩く僕の前に現れたのは出口……と思われる木製の両開きの扉だった。
肩に留まる八咫は何も言わない。危険はないようだ。僕は扉の取っ手に手を掛け、ゆっくりと押し開く。
「う、おわぁ……!」
開いた先に見えた光景は、人が行き交う街並みのど真ん中だった。
【禍津世界樹の洞 第79層 黒刻大山脈 階層都市ガルガル】
街中にボーっと立ち尽くす僕を不審な目で見る者はいない。皆一様に地面を眺めながらボーっとした表情で、しかし足早に向いている方向へ一心不乱に歩いていた。まるで百鬼夜行RTAだ。
町の人の姿もまた幽霊のようだ。ドワーフの住む都市と聞いていたのだが、ドワーフらしい特徴といえば蓄えた髭……というか伸び放題の髭と髪と、担いだボロボロのピッケルくらいだ。
立ち並ぶ店は料理屋かな。細々とした煙が立ち昇るのが見えるが、良い香りは何故かしてこない。ただ、お湯を沸かしているだけのような気もしてしまって、だんだん怖くなってきた。
僕が想像していたような筋骨隆々な逞しいドワーフはいない。見える範囲にいたのは全て、ボロボロに痩せ細った小柄なドワーフらしき人達だった。
「どういうことだろう……ドワーフってこんなんだっけ?」
「さてな。直接見るのは私も初めてだ」
この中でドワーフに対する先入観を持ってるのは僕だけだろう。これが初見だと皆こんなもんだって思っちゃうかもしれない。でもこんなブラック会社で休みなしで働いているような死に掛けのドワーフなんて僕は信じたくない。
きっと何かある。
僕は行き交うドワーフの中で一番近くにいた人へ声を掛けた。
「すみません、ここで働いている方ですか?」
「……」
「できれば上司の方に会いたいのですが」
「……」
返ってくる返事はない。ただひたすらに足早に、行進を続けていた。僕の声なんて聞こえていないのかもしれない。何がそんなに急がせるのか。
彼等の行く先にあるのは大きな大きな、城のような邸宅が見えた。きっとあそこになら何かの手掛かりがあるだろう。これ見よがしにあんな建物があったら行かない訳にはいかない。
灰色に青を混ぜたような色の屋根を重ね合わせたような造りの屋敷は、大きな門と、そこから生えた塀がどこまでも続いていた。一定の速度で排出されるドワーフと、一定の速度で飲み込まれていくドワーフ。行列の行き着く先はやはりここだった。
蛇行する石畳を進み、辿り着いた入口は開け放たれていて、今もドワーフらしき方々が出入りを続けている。セキュリティ概念がまったくないのは、それを気にする意味がないからだろうか。こんなにやつれた人達が強盗を働けるようには見えない。
彼等の行軍の邪魔をしないように隙間を縫いながら屋敷内へと侵入する。中は豪奢なシャンデリアがぶらさがるエントランスだ。左右に伸びた通路にはきめ細かく、ふわふわな赤い絨毯が敷かれている。
しかしドワーフらしき方々はそれを踏まず、絨毯の横の床を歩いていた。よく見ればその両サイドだけが擦れている。何度もここを行き来したのだろう。絨毯は傷一つ、汚れ一つないというのに。
「あんまりいい気はしないですね」
「だな」
このあからさまな対比がとても気持ち悪い。苛立ちすら覚えた。だからこそ、僕は敢えてこの染み一つ無い絨毯を踏みつけながら、奥へと進んだ。
廊下を警戒しながら進むが、僕達に害をなそうとする者は一人もいない。監視の為か、開け放たれたままの扉の向こうでは大量の書類に何かを書き込む事務作業をするドワーフ達が見える。互いに会話をすることもなく、黙々と机の上の書類だけを見ながらせっせと作業を繰り返していた。
見ているだけで気がおかしくなりそうだった。
完全にブラック会社だった。ここのドワーフ達は誰かに働かされ、自由のない労働の枷に囚われている。それはまるでこのダンジョンに来る前の自分自身を見ているようだった。
「将三郎さん、あの扉だけ閉まっています」
「十中八九、あそこだろうな」
廊下の先の行き止まりには大きな両開きの扉が堅く閉ざされていた。他の扉だけは全開になっているのに、ここだけはぴっちりと閉じている。やましいことがあるからに違いないと、普段ならあまり人を疑おうとしない僕だったが、ここに至るまでを見ていたらそう考えてしまう。
きっと誰だってそうだ。アイザは鋭い目で扉を睨んでいるし、ヴァネッサは指の骨をバキリと鳴らす。八咫は鳥状態で表情は分からないが、短い付き合いでもない。怒気はしっかりと伝わってきた。
歩きながら僕は腰に下げた【王剣スクナヒコナ】を抜く。八咫の加護を刃に乗せ、扉の前で振り上げた剣を一直線に振り下ろす。
それだけで扉は何度も切られたかのように、バラバラになって吹き飛んだ。
そんな芸当、できる訳がないのは僕が一番知っている。どうせ鍵掛けてるだろうからそれを切ってから開けようと思っていただけなのに……。
ふと刃を見ると、何か揺らぎのようなものが見えた気がする。それを詳しく調べたかったが、当然、僕以上に異常事態に慌てふためいている者がいた。
「な、な、な……何者だ貴様ら!?」
声の主は巨大なベッドの上にいた。ここに来るまでに見たドワーフとは違い、大きな体をした人物だ。だがそれは筋肉ではなく、贅肉。見るからに太り散らかした不摂生の塊が、空っぽのカップを僕に投げつけながら逃げようともがいていた。
その周りには一糸纏わぬ虚ろな目をした女性が数人。彼女らもまた痩せ細ってはいたが、社畜ドワーフよりかはまだマシだ。嫌な奴だ。見た目の為だけに最低限、食わせているのだろう。
「何者だと聞いているんだ! 答えたらどうなんだ!?」
「お前こそ何者だ? ここで何をしている?」
「はぁ!?」
僕としてはこいつが何なのか本当のところは分かっていない。状況の流れ的に外のドワーフを働かせている元締めだと踏んでここまで来たが、はっきりとは理解していない。
「わ、ワシを知らずに襲っているのか!?」
「まだ襲っちゃいない。で、誰なんだ。早く答えないと……」
スクナの切っ先を向けると男は大慌てで自己紹介を始めた。
「ワシはっ、階層都市ガルガル市長、ドブルだ!」
「へぇ、ドブルさん。よろしく」
「そういう貴様は、何者だ!?」
「僕か? 僕は……」
肩に留まっていた八咫が飛び立つ。僕の頭上で紫炎を纏い、その三本の足をドブルに見せつけた。
「八咫烏の使徒であり、禍津世界樹の王、月ヶ瀬将三郎だよ。改めて、よろしく」
7つ並ぶ階段の、入ってきた白骨平原から時計回りに数えて4つ目の階段を登っていく。見慣れた何の変哲もない石階段を1列に並んで進む。いつもならある程度進むと次の階層の光が見えてきて、何だか神秘的な光景が見えるのだが……今回に関しては妙に暗い。
首を傾げながら先頭を歩く僕の前に現れたのは出口……と思われる木製の両開きの扉だった。
肩に留まる八咫は何も言わない。危険はないようだ。僕は扉の取っ手に手を掛け、ゆっくりと押し開く。
「う、おわぁ……!」
開いた先に見えた光景は、人が行き交う街並みのど真ん中だった。
【禍津世界樹の洞 第79層 黒刻大山脈 階層都市ガルガル】
街中にボーっと立ち尽くす僕を不審な目で見る者はいない。皆一様に地面を眺めながらボーっとした表情で、しかし足早に向いている方向へ一心不乱に歩いていた。まるで百鬼夜行RTAだ。
町の人の姿もまた幽霊のようだ。ドワーフの住む都市と聞いていたのだが、ドワーフらしい特徴といえば蓄えた髭……というか伸び放題の髭と髪と、担いだボロボロのピッケルくらいだ。
立ち並ぶ店は料理屋かな。細々とした煙が立ち昇るのが見えるが、良い香りは何故かしてこない。ただ、お湯を沸かしているだけのような気もしてしまって、だんだん怖くなってきた。
僕が想像していたような筋骨隆々な逞しいドワーフはいない。見える範囲にいたのは全て、ボロボロに痩せ細った小柄なドワーフらしき人達だった。
「どういうことだろう……ドワーフってこんなんだっけ?」
「さてな。直接見るのは私も初めてだ」
この中でドワーフに対する先入観を持ってるのは僕だけだろう。これが初見だと皆こんなもんだって思っちゃうかもしれない。でもこんなブラック会社で休みなしで働いているような死に掛けのドワーフなんて僕は信じたくない。
きっと何かある。
僕は行き交うドワーフの中で一番近くにいた人へ声を掛けた。
「すみません、ここで働いている方ですか?」
「……」
「できれば上司の方に会いたいのですが」
「……」
返ってくる返事はない。ただひたすらに足早に、行進を続けていた。僕の声なんて聞こえていないのかもしれない。何がそんなに急がせるのか。
彼等の行く先にあるのは大きな大きな、城のような邸宅が見えた。きっとあそこになら何かの手掛かりがあるだろう。これ見よがしにあんな建物があったら行かない訳にはいかない。
灰色に青を混ぜたような色の屋根を重ね合わせたような造りの屋敷は、大きな門と、そこから生えた塀がどこまでも続いていた。一定の速度で排出されるドワーフと、一定の速度で飲み込まれていくドワーフ。行列の行き着く先はやはりここだった。
蛇行する石畳を進み、辿り着いた入口は開け放たれていて、今もドワーフらしき方々が出入りを続けている。セキュリティ概念がまったくないのは、それを気にする意味がないからだろうか。こんなにやつれた人達が強盗を働けるようには見えない。
彼等の行軍の邪魔をしないように隙間を縫いながら屋敷内へと侵入する。中は豪奢なシャンデリアがぶらさがるエントランスだ。左右に伸びた通路にはきめ細かく、ふわふわな赤い絨毯が敷かれている。
しかしドワーフらしき方々はそれを踏まず、絨毯の横の床を歩いていた。よく見ればその両サイドだけが擦れている。何度もここを行き来したのだろう。絨毯は傷一つ、汚れ一つないというのに。
「あんまりいい気はしないですね」
「だな」
このあからさまな対比がとても気持ち悪い。苛立ちすら覚えた。だからこそ、僕は敢えてこの染み一つ無い絨毯を踏みつけながら、奥へと進んだ。
廊下を警戒しながら進むが、僕達に害をなそうとする者は一人もいない。監視の為か、開け放たれたままの扉の向こうでは大量の書類に何かを書き込む事務作業をするドワーフ達が見える。互いに会話をすることもなく、黙々と机の上の書類だけを見ながらせっせと作業を繰り返していた。
見ているだけで気がおかしくなりそうだった。
完全にブラック会社だった。ここのドワーフ達は誰かに働かされ、自由のない労働の枷に囚われている。それはまるでこのダンジョンに来る前の自分自身を見ているようだった。
「将三郎さん、あの扉だけ閉まっています」
「十中八九、あそこだろうな」
廊下の先の行き止まりには大きな両開きの扉が堅く閉ざされていた。他の扉だけは全開になっているのに、ここだけはぴっちりと閉じている。やましいことがあるからに違いないと、普段ならあまり人を疑おうとしない僕だったが、ここに至るまでを見ていたらそう考えてしまう。
きっと誰だってそうだ。アイザは鋭い目で扉を睨んでいるし、ヴァネッサは指の骨をバキリと鳴らす。八咫は鳥状態で表情は分からないが、短い付き合いでもない。怒気はしっかりと伝わってきた。
歩きながら僕は腰に下げた【王剣スクナヒコナ】を抜く。八咫の加護を刃に乗せ、扉の前で振り上げた剣を一直線に振り下ろす。
それだけで扉は何度も切られたかのように、バラバラになって吹き飛んだ。
そんな芸当、できる訳がないのは僕が一番知っている。どうせ鍵掛けてるだろうからそれを切ってから開けようと思っていただけなのに……。
ふと刃を見ると、何か揺らぎのようなものが見えた気がする。それを詳しく調べたかったが、当然、僕以上に異常事態に慌てふためいている者がいた。
「な、な、な……何者だ貴様ら!?」
声の主は巨大なベッドの上にいた。ここに来るまでに見たドワーフとは違い、大きな体をした人物だ。だがそれは筋肉ではなく、贅肉。見るからに太り散らかした不摂生の塊が、空っぽのカップを僕に投げつけながら逃げようともがいていた。
その周りには一糸纏わぬ虚ろな目をした女性が数人。彼女らもまた痩せ細ってはいたが、社畜ドワーフよりかはまだマシだ。嫌な奴だ。見た目の為だけに最低限、食わせているのだろう。
「何者だと聞いているんだ! 答えたらどうなんだ!?」
「お前こそ何者だ? ここで何をしている?」
「はぁ!?」
僕としてはこいつが何なのか本当のところは分かっていない。状況の流れ的に外のドワーフを働かせている元締めだと踏んでここまで来たが、はっきりとは理解していない。
「わ、ワシを知らずに襲っているのか!?」
「まだ襲っちゃいない。で、誰なんだ。早く答えないと……」
スクナの切っ先を向けると男は大慌てで自己紹介を始めた。
「ワシはっ、階層都市ガルガル市長、ドブルだ!」
「へぇ、ドブルさん。よろしく」
「そういう貴様は、何者だ!?」
「僕か? 僕は……」
肩に留まっていた八咫が飛び立つ。僕の頭上で紫炎を纏い、その三本の足をドブルに見せつけた。
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