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第70層 黒刻大山脈 -クロノマウンテン-
第63話 八咫と巡るガルガルの街
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アイザはここ数日で知り合ったというドワーフ達と会場を周るということで、僕は再び1人で町を散策することにした。
「そういえば、別の階層とか行ってなかったな」
狩りで外から見ることはあったが、実際に立ち寄ったことはなかった。
「行ってみるかぁ。上から下まで見てこその観光だろ?」
ということで下層へ繋がる為の階段へとやってきた。木枠で囲まれた両開きの門を抜ける。ポケットから取り出したスマホのコメント欄の中のリスナー達はワクワクした様子だ。それは僕も同じだ。
門の先は木造の螺旋階段だ。棘もなく、破損もないのは丁寧に作ったんじゃなくて、人の往来の結果、このように磨かれてしまったのだろう。凹凸がなくなるまで磨かれた艶を、人の足で消したような味のある階段だ。階段を覆う壁は等間隔で窓が用意されていて外の様子が見える。
「おぉー……これは、どうなってるんだ?」
身を乗り出さないように顔だけ覗かせ、窓の外を見る。大まかな階層都市としての外観はヴァネッサの背中から見てはいたが、実際に見てびっくりした。
ガルガルの床はここから見ると一枚の岩盤だ。それを木の根が支えていた。まるで巨大な岩をくり抜いたあとに、大木の根が張って支えているような、そんな構造だ。
「いや無理があるだろ」
「あれは極限まで水分を吸収して伸びる特殊な木の根だ」
「おわぁ!?」
突然背後から声を掛けられて驚き、バランスを崩して落ちそうになった。ギリギリで窓枠にしがみ付いて振り返ると、そこには腕を組んだ八咫が螺旋階段の支柱に背を預けていた。
「びっくりするだろ!」
「急にいなくなるから追い掛けてきただけだ」
まぁ何も言わずにいなくなったのは僕か……。いやそれにしても。
「お祭りなんだから、追い掛けてこなくていいのに」
「寂しいことを言うな。私に1人で祭を楽しめというのか?」
「ん……まぁ、そうだな……じゃあ一緒に行くか?」
「あぁ」
何だかしおらしい。全然、見た感じは普段と変わりないのだが、態度が軟化したというか、なんというか。
2人、横並びで階段を下る。窓と窓の間に掛けられたランタンの明かりが照らす八咫の横顔は、どこか遠い存在のように見えた。
【禍津世界樹の洞 第78層 階層都市ガルガル 2番街】
20メートル程下りてきたところで広間と、入ってくる時に通ったのと同じ両開きの門扉が見えてきた。ゆっくりと押し開くと、そこには上とはまた違った雰囲気の空間が広がっていた。
「おぉー……綺麗だな」
「魔力石を使ったランタンだな」
長い紐に幾つものランタンが繋げられ、ぶら下げられている。それらは淡い暖色の光を灯しながら周囲を照らしていた。
そんなランタンが沢山ぶら下げられていた。空があるべき天井に大きな岩盤があるせいだ。まるで夜の星々……にしてはかなり近い位置で照らしているしランタンの形もはっきり見えているが、それでも幻想的ではあった。昔何かで読んだ、狭い路地の間を幾重にも伝う洗濯紐に掛けられた洗濯物のようにランタンがぶら下げられ、周囲をオレンジ色にしている。
「あれって魔力石が燃料なんだろ? ずっと消えないのか?」
「周囲の魔力を吸収したり、人の手から注入されたり、色々だ。魔力石の質にもよるし、加工の仕方でも変わってくる。あのような高い位置にぶら下げているし、量も多いから恐らく自動吸収加工だろうな」
「なるほど……確かにそうだな。全部一つ一つやってたら大変だしな」
下ろして注入してまた下げてを人力は、専門の職種があったとしても大変すぎる。自動で光り続けてくれるなら、こういう環境ではかなり有難いだろう。
しばらく2人で歩いてみる。下げられた看板には『2番街』の文字。僕は気付かなかったが、八咫は上の階層……79層に『1番街』の看板があったことに気付いていたらしい。階層を下り、階層数を上るごとに町の番数は増えていく。ならば、最下層は9番街になるはずだ。
「外から見た時は末広がりな構造だったな」
「日光の関係だろうな。日が差さないとどうしても環境は悪くなる」
「ジメジメしちゃいそうだな」
上の町よりも広く。下へ続く程に広大な土地へとなっていく町というのは今までに見たことがないから面白い。
そんな2番街では時戻し祭自体は開かれていなかった。ただ、何人かの住人が集まって小さな宴会をしている姿が見えた。人ごみが苦手とか、騒がしいのが苦手というのもあるかもしれない。身内で集まってやるパーティーも、良いものだ。
「見たところ、この辺りは住宅街みたいだな」
「黒刻大山脈という巨大な鉱山を掘るには相当な人数が必要だろうから、多くの住民は2番街以下に住んでるんだろう。見ろ、公園もある。結構住みやすいのかもな」
八咫が指差した先には小さな広場と公園があった。そこにも何人かが固まって座っていたり、それこそ子供達がそれぞれの出店の料理を手に大きな声で騒いでいた。
そんな心が安らぐ光景を眺めながら八咫と歩く。ここに来てから大忙し続きだったからな……いや、思えば新しい階層に行く度に騒動に巻き込まれている気がする。ゆっくりしたい時にできないことが多いからこそ、今という時間がとても癒しの時間になっているのかもしれない。
「神様も大変だよな」
「どうした? いきなり労うなんて気持ち悪いぞ」
「いや、本当にさ……灰霊宮殿を出てからずーっと大変だったからさ。でもそれまでは……大変っちゃあ大変だったけれど、ここに来てからはとても目まぐるしくて。楽しいことも楽しくないことも、良いことも悪いこともあった。ようやく落ち着けた今、導きの神として1人で働き続けた八咫はやっぱり凄いんだなって」
死と再生を司り、煉獄へ人を導く神。それがどれだけ大変な作業か想像でしかわからないが……それでもあの暗く広い部屋に1人で過ごすのは辛いということだけは理解できる。どれだけ1人ぼっちだったか分からないが、まぁ……軽率に眷属を作りたくなる気持ちも今なら理解できる。
「まぁ……思えばお前と腹を割って話したこともないかもしれない。互いにバタバタしていたし、私も神としての威厳もあったからな……」
「全部終わったら聞かせてくれよ。神様の仕事内容」
「あぁ。それまで死ぬんじゃないぞ?」
「もちろんだとも」
楽しみは後に残しておいた方がいい。楽しみは多く残しておいた方がやる気も出るしな。途中で死んで後悔するかもしれないが、その時はその時。今を元気に生きられれば、僕はそれでいいのだ。
それから2番街の外周へ向かい、日が沈みゆく光景をを眺めた後は1番街へと戻った。お祭りはピークを迎え、あとは線香花火のようにパッと輝いて消えるだけの状態だ。太鼓のような楽器の音に乗せた低く響くドワーフ達の歌声が聞こえる。
「ここにいたんですね、将三郎さん。あ、八咫様も」
「しょうちゃ~ん」
八咫と2人で大広場の櫓越しに見える月を眺めているとアイザとヴァネッサが合流した。あれだけ食べたにも関わらず、ヴァネッサの両腕には抱えきれない程の料理があった。そこから鶏の串焼きを1本奪い、よく焼けた皮を齧る。
「いっぱい歩いた後の肉は旨いな~」
「ヴァネちゃんのお肉!」
「しょうちゃん言うからや」
ギャーギャー騒ぐヴァネちゃんの腕の中からもう一本拝借して八咫に渡す。受け取った八咫はそれを齧りながら再び月を見上げた。
「明日には発つのだろう?」
「うん。この様子ならドワーフ達も大丈夫だろう」
「そうだな」
先に宿に戻ると言う八咫と別れ、僕はアイザとヴァネッサと並んで適当に食事を続けた後、忘れないように昼間行った食堂で串焼きの注文をした。
いよいよ明日は旅立つ日。別れは寂しいが、次の階層がどんな世界か楽しみだった僕は、年甲斐もなく眠れない夜を楽しんだのだった。
「そういえば、別の階層とか行ってなかったな」
狩りで外から見ることはあったが、実際に立ち寄ったことはなかった。
「行ってみるかぁ。上から下まで見てこその観光だろ?」
ということで下層へ繋がる為の階段へとやってきた。木枠で囲まれた両開きの門を抜ける。ポケットから取り出したスマホのコメント欄の中のリスナー達はワクワクした様子だ。それは僕も同じだ。
門の先は木造の螺旋階段だ。棘もなく、破損もないのは丁寧に作ったんじゃなくて、人の往来の結果、このように磨かれてしまったのだろう。凹凸がなくなるまで磨かれた艶を、人の足で消したような味のある階段だ。階段を覆う壁は等間隔で窓が用意されていて外の様子が見える。
「おぉー……これは、どうなってるんだ?」
身を乗り出さないように顔だけ覗かせ、窓の外を見る。大まかな階層都市としての外観はヴァネッサの背中から見てはいたが、実際に見てびっくりした。
ガルガルの床はここから見ると一枚の岩盤だ。それを木の根が支えていた。まるで巨大な岩をくり抜いたあとに、大木の根が張って支えているような、そんな構造だ。
「いや無理があるだろ」
「あれは極限まで水分を吸収して伸びる特殊な木の根だ」
「おわぁ!?」
突然背後から声を掛けられて驚き、バランスを崩して落ちそうになった。ギリギリで窓枠にしがみ付いて振り返ると、そこには腕を組んだ八咫が螺旋階段の支柱に背を預けていた。
「びっくりするだろ!」
「急にいなくなるから追い掛けてきただけだ」
まぁ何も言わずにいなくなったのは僕か……。いやそれにしても。
「お祭りなんだから、追い掛けてこなくていいのに」
「寂しいことを言うな。私に1人で祭を楽しめというのか?」
「ん……まぁ、そうだな……じゃあ一緒に行くか?」
「あぁ」
何だかしおらしい。全然、見た感じは普段と変わりないのだが、態度が軟化したというか、なんというか。
2人、横並びで階段を下る。窓と窓の間に掛けられたランタンの明かりが照らす八咫の横顔は、どこか遠い存在のように見えた。
【禍津世界樹の洞 第78層 階層都市ガルガル 2番街】
20メートル程下りてきたところで広間と、入ってくる時に通ったのと同じ両開きの門扉が見えてきた。ゆっくりと押し開くと、そこには上とはまた違った雰囲気の空間が広がっていた。
「おぉー……綺麗だな」
「魔力石を使ったランタンだな」
長い紐に幾つものランタンが繋げられ、ぶら下げられている。それらは淡い暖色の光を灯しながら周囲を照らしていた。
そんなランタンが沢山ぶら下げられていた。空があるべき天井に大きな岩盤があるせいだ。まるで夜の星々……にしてはかなり近い位置で照らしているしランタンの形もはっきり見えているが、それでも幻想的ではあった。昔何かで読んだ、狭い路地の間を幾重にも伝う洗濯紐に掛けられた洗濯物のようにランタンがぶら下げられ、周囲をオレンジ色にしている。
「あれって魔力石が燃料なんだろ? ずっと消えないのか?」
「周囲の魔力を吸収したり、人の手から注入されたり、色々だ。魔力石の質にもよるし、加工の仕方でも変わってくる。あのような高い位置にぶら下げているし、量も多いから恐らく自動吸収加工だろうな」
「なるほど……確かにそうだな。全部一つ一つやってたら大変だしな」
下ろして注入してまた下げてを人力は、専門の職種があったとしても大変すぎる。自動で光り続けてくれるなら、こういう環境ではかなり有難いだろう。
しばらく2人で歩いてみる。下げられた看板には『2番街』の文字。僕は気付かなかったが、八咫は上の階層……79層に『1番街』の看板があったことに気付いていたらしい。階層を下り、階層数を上るごとに町の番数は増えていく。ならば、最下層は9番街になるはずだ。
「外から見た時は末広がりな構造だったな」
「日光の関係だろうな。日が差さないとどうしても環境は悪くなる」
「ジメジメしちゃいそうだな」
上の町よりも広く。下へ続く程に広大な土地へとなっていく町というのは今までに見たことがないから面白い。
そんな2番街では時戻し祭自体は開かれていなかった。ただ、何人かの住人が集まって小さな宴会をしている姿が見えた。人ごみが苦手とか、騒がしいのが苦手というのもあるかもしれない。身内で集まってやるパーティーも、良いものだ。
「見たところ、この辺りは住宅街みたいだな」
「黒刻大山脈という巨大な鉱山を掘るには相当な人数が必要だろうから、多くの住民は2番街以下に住んでるんだろう。見ろ、公園もある。結構住みやすいのかもな」
八咫が指差した先には小さな広場と公園があった。そこにも何人かが固まって座っていたり、それこそ子供達がそれぞれの出店の料理を手に大きな声で騒いでいた。
そんな心が安らぐ光景を眺めながら八咫と歩く。ここに来てから大忙し続きだったからな……いや、思えば新しい階層に行く度に騒動に巻き込まれている気がする。ゆっくりしたい時にできないことが多いからこそ、今という時間がとても癒しの時間になっているのかもしれない。
「神様も大変だよな」
「どうした? いきなり労うなんて気持ち悪いぞ」
「いや、本当にさ……灰霊宮殿を出てからずーっと大変だったからさ。でもそれまでは……大変っちゃあ大変だったけれど、ここに来てからはとても目まぐるしくて。楽しいことも楽しくないことも、良いことも悪いこともあった。ようやく落ち着けた今、導きの神として1人で働き続けた八咫はやっぱり凄いんだなって」
死と再生を司り、煉獄へ人を導く神。それがどれだけ大変な作業か想像でしかわからないが……それでもあの暗く広い部屋に1人で過ごすのは辛いということだけは理解できる。どれだけ1人ぼっちだったか分からないが、まぁ……軽率に眷属を作りたくなる気持ちも今なら理解できる。
「まぁ……思えばお前と腹を割って話したこともないかもしれない。互いにバタバタしていたし、私も神としての威厳もあったからな……」
「全部終わったら聞かせてくれよ。神様の仕事内容」
「あぁ。それまで死ぬんじゃないぞ?」
「もちろんだとも」
楽しみは後に残しておいた方がいい。楽しみは多く残しておいた方がやる気も出るしな。途中で死んで後悔するかもしれないが、その時はその時。今を元気に生きられれば、僕はそれでいいのだ。
それから2番街の外周へ向かい、日が沈みゆく光景をを眺めた後は1番街へと戻った。お祭りはピークを迎え、あとは線香花火のようにパッと輝いて消えるだけの状態だ。太鼓のような楽器の音に乗せた低く響くドワーフ達の歌声が聞こえる。
「ここにいたんですね、将三郎さん。あ、八咫様も」
「しょうちゃ~ん」
八咫と2人で大広場の櫓越しに見える月を眺めているとアイザとヴァネッサが合流した。あれだけ食べたにも関わらず、ヴァネッサの両腕には抱えきれない程の料理があった。そこから鶏の串焼きを1本奪い、よく焼けた皮を齧る。
「いっぱい歩いた後の肉は旨いな~」
「ヴァネちゃんのお肉!」
「しょうちゃん言うからや」
ギャーギャー騒ぐヴァネちゃんの腕の中からもう一本拝借して八咫に渡す。受け取った八咫はそれを齧りながら再び月を見上げた。
「明日には発つのだろう?」
「うん。この様子ならドワーフ達も大丈夫だろう」
「そうだな」
先に宿に戻ると言う八咫と別れ、僕はアイザとヴァネッサと並んで適当に食事を続けた後、忘れないように昼間行った食堂で串焼きの注文をした。
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