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第60層 悪辣湖沼地帯 -シニスター-
第68話 狼の群れ
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立ち昇る煙は細く薄く、やがて途切れる。燃えていた炎は熾火となり、チラチラとした音を立てながら静かに、しかし確かに赤く火を灯す。燃え上がるような見た目の激しさはないが、実はこちらの方が料理はしやすい。煤も殆どつかないし、温度調整もしやすい。熾火になった薪を寄せれば強火。除けば弱火だ。この状態にもっていくには少々時間が掛かるが、できれば本来ならこのタイミングで調理はするべきだろう。
「こんなもんかな」
シキミが目を覚ましたらまずは食事と思い、早々に火に掛けていたせいで真っ黒になった鍋の表面を薪でこそげ取る。草とかでガシガシやりたかったところだけれど、生憎レッグポーチに草は入っていない。その辺の草はどれもこれも毒草だし潰して草の汁で感染なんて目も当てられない。
空っぽの鍋に残った汚れを適当に拭い、レッグポーチに仕舞う。時刻は深夜。空には妖しく輝く赤い月。シキミは僕の隣で丸くなってすやすやと眠っている。完全に安心しきった顔で気持ち良さそうに寝ているのを見ていると、この毒だらけの階層で使う言葉としてはおかしいが、毒気を抜かれてしまう。
こうしてシキミは熟睡しているが、ならば僕も眠れる程平和ボケはしていないつもりだ。ある程度狩っているそうだが、やり残しがいないとも限らない。そうした抽選漏れの襲撃に備えて見張りを立てていたのだが……。
「起きてて正解だったな」
「将三郎さん」
「おはよう、アイザ。敵だ」
落ち葉を踏む音が聞こえる。さっきまで寝ていたはずのアイザが短剣を手に僕のそばに来たので剣を手に立ち上がると、接近がバレたのを理解したようで木々の隙間からモンスターが姿を現した。それは黒い狼の群れだった。唸りながら剥き出す牙は唾液に濡れ、焚火の光を照り返す。小枝を踏み折る足はしなやかで、しかし力強く、土を抉る爪は刃そのものだった。
そんな強力な狼が1、2、3……待ってくれ、10匹くらいいるんだが。ちょっといすぎだろ。そんな群れ総出で襲いに来るなんて聞いてない。
スクナヒコナを抜き、構える。さぁどこから攻めてくるのか……様子を伺っているがなかなか襲ってこない。不審に思い首を傾げていると、狼の群れの奥から声が聞こえてきた。
「そこのエルフを差し出せ」
「誰だ」
声の方向に剣を向ける。2匹の狼を掻き分け、焚火の光の届く場所まで歩み出てきたのは一回りも二回りも大きな狼だった。その辺の狼と違い、毛並みは良く、しかも黒一色ではなく紫色の体毛が混じっていた。そしてその立派な毛皮も、所々に大きな傷が見え隠れしている。歴戦の猛者と言っても過言ではない、一目でこいつがボスだと分かる風貌だった。
「渡す理由は?」
「我等はバイオウルフ族。そこのエルフ族と敵対する者。目の前に無防備な獲物がいるのだから殺すのは当然だ。違うか?」
「道理だな」
「そうだろう。しかし貴様らはまだ我等の敵ではない。なので温情として、頼む形を取っている。断るならば、殺す」
こいつの言っていることは正しい。至極当然な自然の摂理の話だ。
だが、僕は王で、シキミは僕達へ身を寄せた。であれば味方だし、臣下だ。守る義務が発生する。
そしてそれ以上に、目の前で殺されようとしている人を僕が見逃せるはずがなかった。
「申し訳ないが、それはできない相談だ」
「ほう……死にたいと?」
牙毒族のリーダーの鼻先にスクナヒコナを向け、僕は不敵に笑う。
「死ぬつもりはない。殺すつもりもない。だが殺そうとするなら殺す。それが王である僕のやり方だ」
「ふ……ふははははは! 王を名乗るか、人間! いいだろう。ならばバイオウルフ族の王である我、アルファが貴様を直々に殺してやろう」
「いいだろう。禍津世界樹の王、月ヶ瀬将三郎が相手してやる」
アルファが身を低くし、飛び掛かる姿勢をとると周囲にいた狼達が一斉に距離を取った。
より一層強く地面を踏み込むアルファ。そして目にも止まらぬ速さで飛び出す。
僕はそれに合わせて、右手に持っていた剣を振り上げる。
それだけでアルファの首は飛び、残った体は投げ出され、僕らの背後の木にぶつかって地面へと落ちた。首無し死体はすぐに塵と化し、その場に大きな魔力石だけが残った。
きっと強かったのだろう。力と速さに自信があったのだろう。古傷も多かった。歴戦のモンスターだったのだろう。
けれど神の加護を得た目は見逃さない。
「他にやりたい奴は?」
周りに散らばる狼共に視線を向けるが飛び掛かってくるような奴はいなかった。しかし退くでもなく、こちらの出方を伺っている様子だった。隣同士、視線を交わして意思の疎通をしているようで、だからこそ僕の言葉は通じているみたいだった。
「襲ってこないならこちらからは手出ししない。大人しく帰れ」
と言ったのだが、帰る素振りを見せない。何故だろう……言葉は通じているような感じだったが、実は全然そんなことはなかったのかな。
とりあえず、こちらの敵意がないことを行動で表す為に剣を収め、焚火の傍に座る。僕の行動を見てアイザも剣を仕舞い、同じように腰を下ろした。
すると驚いたことに、1匹の狼が僕達の方へ近づいてきた。見れば周りの狼よりは少し体躯が大きい。かといって先程のアルファよりは小柄だ。群れのNo.2と言ったところだろうか。
そいつは僕らの周りをぐるりと1周した後、あろうことかシキミの傍に留まった。まだエルフを狙うのか……というかシキミは全然起きないけどどういう神経してるんだ。
狼はシキミの体に顔を寄せ、すんすんと何度か鼻を鳴らし……身を寄せるように寝転がった。
「襲わないのか?」
僕の問いに視線だけをこちらに向けた狼は口を開いた。
「我々は敗北しました。負けた群れは、勝った群れに従います」
「そっか。まぁ、仲良くしてくれれば僕は何も言わないよ」
狼はそのまま目を閉じ、前足の上に顔を置いた。それを見た周りの群れもこちらに歩み寄り、各々集まって伏せ始めた。何だか妙なことになってしまったな……。
「こんなもんかな」
シキミが目を覚ましたらまずは食事と思い、早々に火に掛けていたせいで真っ黒になった鍋の表面を薪でこそげ取る。草とかでガシガシやりたかったところだけれど、生憎レッグポーチに草は入っていない。その辺の草はどれもこれも毒草だし潰して草の汁で感染なんて目も当てられない。
空っぽの鍋に残った汚れを適当に拭い、レッグポーチに仕舞う。時刻は深夜。空には妖しく輝く赤い月。シキミは僕の隣で丸くなってすやすやと眠っている。完全に安心しきった顔で気持ち良さそうに寝ているのを見ていると、この毒だらけの階層で使う言葉としてはおかしいが、毒気を抜かれてしまう。
こうしてシキミは熟睡しているが、ならば僕も眠れる程平和ボケはしていないつもりだ。ある程度狩っているそうだが、やり残しがいないとも限らない。そうした抽選漏れの襲撃に備えて見張りを立てていたのだが……。
「起きてて正解だったな」
「将三郎さん」
「おはよう、アイザ。敵だ」
落ち葉を踏む音が聞こえる。さっきまで寝ていたはずのアイザが短剣を手に僕のそばに来たので剣を手に立ち上がると、接近がバレたのを理解したようで木々の隙間からモンスターが姿を現した。それは黒い狼の群れだった。唸りながら剥き出す牙は唾液に濡れ、焚火の光を照り返す。小枝を踏み折る足はしなやかで、しかし力強く、土を抉る爪は刃そのものだった。
そんな強力な狼が1、2、3……待ってくれ、10匹くらいいるんだが。ちょっといすぎだろ。そんな群れ総出で襲いに来るなんて聞いてない。
スクナヒコナを抜き、構える。さぁどこから攻めてくるのか……様子を伺っているがなかなか襲ってこない。不審に思い首を傾げていると、狼の群れの奥から声が聞こえてきた。
「そこのエルフを差し出せ」
「誰だ」
声の方向に剣を向ける。2匹の狼を掻き分け、焚火の光の届く場所まで歩み出てきたのは一回りも二回りも大きな狼だった。その辺の狼と違い、毛並みは良く、しかも黒一色ではなく紫色の体毛が混じっていた。そしてその立派な毛皮も、所々に大きな傷が見え隠れしている。歴戦の猛者と言っても過言ではない、一目でこいつがボスだと分かる風貌だった。
「渡す理由は?」
「我等はバイオウルフ族。そこのエルフ族と敵対する者。目の前に無防備な獲物がいるのだから殺すのは当然だ。違うか?」
「道理だな」
「そうだろう。しかし貴様らはまだ我等の敵ではない。なので温情として、頼む形を取っている。断るならば、殺す」
こいつの言っていることは正しい。至極当然な自然の摂理の話だ。
だが、僕は王で、シキミは僕達へ身を寄せた。であれば味方だし、臣下だ。守る義務が発生する。
そしてそれ以上に、目の前で殺されようとしている人を僕が見逃せるはずがなかった。
「申し訳ないが、それはできない相談だ」
「ほう……死にたいと?」
牙毒族のリーダーの鼻先にスクナヒコナを向け、僕は不敵に笑う。
「死ぬつもりはない。殺すつもりもない。だが殺そうとするなら殺す。それが王である僕のやり方だ」
「ふ……ふははははは! 王を名乗るか、人間! いいだろう。ならばバイオウルフ族の王である我、アルファが貴様を直々に殺してやろう」
「いいだろう。禍津世界樹の王、月ヶ瀬将三郎が相手してやる」
アルファが身を低くし、飛び掛かる姿勢をとると周囲にいた狼達が一斉に距離を取った。
より一層強く地面を踏み込むアルファ。そして目にも止まらぬ速さで飛び出す。
僕はそれに合わせて、右手に持っていた剣を振り上げる。
それだけでアルファの首は飛び、残った体は投げ出され、僕らの背後の木にぶつかって地面へと落ちた。首無し死体はすぐに塵と化し、その場に大きな魔力石だけが残った。
きっと強かったのだろう。力と速さに自信があったのだろう。古傷も多かった。歴戦のモンスターだったのだろう。
けれど神の加護を得た目は見逃さない。
「他にやりたい奴は?」
周りに散らばる狼共に視線を向けるが飛び掛かってくるような奴はいなかった。しかし退くでもなく、こちらの出方を伺っている様子だった。隣同士、視線を交わして意思の疎通をしているようで、だからこそ僕の言葉は通じているみたいだった。
「襲ってこないならこちらからは手出ししない。大人しく帰れ」
と言ったのだが、帰る素振りを見せない。何故だろう……言葉は通じているような感じだったが、実は全然そんなことはなかったのかな。
とりあえず、こちらの敵意がないことを行動で表す為に剣を収め、焚火の傍に座る。僕の行動を見てアイザも剣を仕舞い、同じように腰を下ろした。
すると驚いたことに、1匹の狼が僕達の方へ近づいてきた。見れば周りの狼よりは少し体躯が大きい。かといって先程のアルファよりは小柄だ。群れのNo.2と言ったところだろうか。
そいつは僕らの周りをぐるりと1周した後、あろうことかシキミの傍に留まった。まだエルフを狙うのか……というかシキミは全然起きないけどどういう神経してるんだ。
狼はシキミの体に顔を寄せ、すんすんと何度か鼻を鳴らし……身を寄せるように寝転がった。
「襲わないのか?」
僕の問いに視線だけをこちらに向けた狼は口を開いた。
「我々は敗北しました。負けた群れは、勝った群れに従います」
「そっか。まぁ、仲良くしてくれれば僕は何も言わないよ」
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