71 / 81
第60層 悪辣湖沼地帯 -シニスター-
第71話 姿なき町
しおりを挟む
見上げた空が高いのは普段よりも何メートルか下の位置から見上げているからだろうか。そもそもダンジョンというある意味屋内であるにも関わらず空があることを驚かなくなっていることに、自身のフレッシュさとか、そういう何か鮮度的なものが落ちていることを突き付けられているようで溜息が出てくる。
これでも最初は『ダンジョンの中に空が!?』なんてテンプレートな反応もしていたのだが、それも探索者登録票を得る為に試験として潜った最初だけだ。それ以降は何度か驚きもあったものの、命の危機の方が優先順位は高くなった。
「将三郎殿! 足元注意でござるよ!」
「お? あぁ、そうだな」
「空なんか見上げてる場合じゃないでござる」
「そうだな」
今は空よりも命の危機よりも足元の罠の方が優先順位は上だ。視線を足元へ移すとそこには見えにくい色に塗装された糸のようなものが張られていた。こいつを踏んだら何某かの罠が作動するのだろう。これからお邪魔する里に血だらけで担ぎ込まれるのは勘弁なので必要以上に足を上げてそれを乗り越える。
「その足の置く場所にも罠があるので注意でござる」
「罠ないルートとか案内してもらえると嬉しいんですけど?」
行き場を無くしたカカシは嘆息しながら愚痴を吐く。
「そんなものはないでござる。アイザ殿を見習うでござるよ……」
シキミのお眼鏡にかなうアイザ殿は、むしろシキミよりも先を進んでいた。不自然に置かれた岩に、あえて乗ることで地面の罠を回避しているアイザの横顔は、まるで忍者屋敷に観光しに来た旅行客のようにワクワクした顔をしていた。楽しくなっちゃってるじゃん……。
命の危機も手練れにはアスレチックに早変わり、か……。
「まったく、将三郎殿には拙者がいないと駄目でござるなぁ~」
「面目ないでござるよ……」
「んふふ!」
こっちもこっちで楽しそうだ。結局僕は里へ着くまでシキミに介護されながらゆっくりゆっくり、亀に負けた兎よりも遅い鈍行のびりっけつで到着した。アイザは一番に到着していたし、八咫は空を飛ぶし、ヴァネッサも腕だけ翼にして今までで一番ハーピーらしい姿で八咫の後を追い掛けていた。
【禍津世界樹の洞 第68層 アルカロイド湖畔 ベノムエルフの里 イリノテ】
上から見るのと同じ高さから見るのではこうも違うのかと驚かされる。まず僕達が抱いた印象は『この里大丈夫なんだろうか』だった。見張り台や迎撃装置、進行を防ぐか、或いは遅らせる為の罠なんかもあったが、結局上からの攻撃にはめっぽう弱い。その認識が抜けきらない地形だった。
しかしここは凄い。外なのにまるで屋内のようだった。これまで歩いてきた林に生えていた太く硬そうな木を何本も柱にしている頑丈な家。その上に乗っかる屋根はなんと岩だった。上から見た時は割れた地面の下に家が少し見えていたが、実際に岩に見えなかったのは土やら何やらをが風に乗って積み重なったからだろう。それだけの年月を耐えているということだから安全性もクリアしている。
そんな屋根は家だけでなく軒先は疎か、通りにまで伸びて道すらも覆っていた。これなら歩いていていきなり矢の雨が降ってきても命の危機には陥らないだろう。上から見ると角度によっては中が見えるが、そんな隙間を狙えるスナイパーはこんな階層にはいない。多少上手い奴がいても、安全に避難する為の余裕は十分稼げるだろう。
そんな屋根に細い杭を打ち込み、通した紐にぶら下がった行燈のような灯りが町の中を照らしていた。
「凄いな……とても穴の底とは思えないな」
八咫も驚く程の異世界感。文字通り別世界だ。造りもどこか和風で、まるで屋内でお祭りをしているかのような風景だ。やはりベノムエルフは忍者だったのかもしれない。
しかし気になる点が一つだけあった。
「……誰もいませんね」
アイザも気付いていたようで首を傾げていた。そう、これだけ立派な町だというのに人が1人もいなかった。通りにも路地にも誰もいない。並び立つ家々の戸は固く閉ざされている。
「その割には人の気配が凄いな」
「皆、興味津々な癖に怖がりなのでござる。というか、これも里の決まり事みたいなものでござるよ」
聞けば里の人間以外の者がここへやってきたらすぐに避難せよとのルールがあるようで、定期的に避難訓練もしているそうだ。
「押さない、駆けない、喋らないでござる!」
背の割にかなり大きな胸を張って自慢するシキミ。合わせた布がはち切れんばかりに左右に引っ張られ、その合わせ目から覗いた細かい六角形の網状のインナーも生まれながらの六角のプライドなんて捨てて楕円に広がる。目の毒なのに眼福と思ってしまう自分がそこにいた。
「将三郎さん?」
「さぁシキミ、里長のところへ案内してくれるか?」
「もちろんでござる!」
踵を返したシキミの後を余裕をもってついていく。が、僕の背中にはアイザの視線が酷く突き刺さっていた。
しかし姿は見えずとも視線が突き刺さるのは背中だけではない。全身を舐め回すように……というとねちっこくて気持ちが悪いが、値踏みするような視線は気持ちの良いものではなかった。家の角、窓、戸。閉じられているはずなのに、姿はないはずなのに、視線はある。薄い気配が感じ取れるのは、僕だからだろうか。八咫の加護のお陰で気取れるだけで、普通の人ならきっとここはゴーストタウンに感じるのかもしれない。
揺れる行燈が僕達の影を揺らす。先程まで目の毒だの眼福だの言っていた空気は微塵もない。
いつ襲われるか。
今はその緊張感だけが、僕の中でぐるぐると渦巻いていた。
これでも最初は『ダンジョンの中に空が!?』なんてテンプレートな反応もしていたのだが、それも探索者登録票を得る為に試験として潜った最初だけだ。それ以降は何度か驚きもあったものの、命の危機の方が優先順位は高くなった。
「将三郎殿! 足元注意でござるよ!」
「お? あぁ、そうだな」
「空なんか見上げてる場合じゃないでござる」
「そうだな」
今は空よりも命の危機よりも足元の罠の方が優先順位は上だ。視線を足元へ移すとそこには見えにくい色に塗装された糸のようなものが張られていた。こいつを踏んだら何某かの罠が作動するのだろう。これからお邪魔する里に血だらけで担ぎ込まれるのは勘弁なので必要以上に足を上げてそれを乗り越える。
「その足の置く場所にも罠があるので注意でござる」
「罠ないルートとか案内してもらえると嬉しいんですけど?」
行き場を無くしたカカシは嘆息しながら愚痴を吐く。
「そんなものはないでござる。アイザ殿を見習うでござるよ……」
シキミのお眼鏡にかなうアイザ殿は、むしろシキミよりも先を進んでいた。不自然に置かれた岩に、あえて乗ることで地面の罠を回避しているアイザの横顔は、まるで忍者屋敷に観光しに来た旅行客のようにワクワクした顔をしていた。楽しくなっちゃってるじゃん……。
命の危機も手練れにはアスレチックに早変わり、か……。
「まったく、将三郎殿には拙者がいないと駄目でござるなぁ~」
「面目ないでござるよ……」
「んふふ!」
こっちもこっちで楽しそうだ。結局僕は里へ着くまでシキミに介護されながらゆっくりゆっくり、亀に負けた兎よりも遅い鈍行のびりっけつで到着した。アイザは一番に到着していたし、八咫は空を飛ぶし、ヴァネッサも腕だけ翼にして今までで一番ハーピーらしい姿で八咫の後を追い掛けていた。
【禍津世界樹の洞 第68層 アルカロイド湖畔 ベノムエルフの里 イリノテ】
上から見るのと同じ高さから見るのではこうも違うのかと驚かされる。まず僕達が抱いた印象は『この里大丈夫なんだろうか』だった。見張り台や迎撃装置、進行を防ぐか、或いは遅らせる為の罠なんかもあったが、結局上からの攻撃にはめっぽう弱い。その認識が抜けきらない地形だった。
しかしここは凄い。外なのにまるで屋内のようだった。これまで歩いてきた林に生えていた太く硬そうな木を何本も柱にしている頑丈な家。その上に乗っかる屋根はなんと岩だった。上から見た時は割れた地面の下に家が少し見えていたが、実際に岩に見えなかったのは土やら何やらをが風に乗って積み重なったからだろう。それだけの年月を耐えているということだから安全性もクリアしている。
そんな屋根は家だけでなく軒先は疎か、通りにまで伸びて道すらも覆っていた。これなら歩いていていきなり矢の雨が降ってきても命の危機には陥らないだろう。上から見ると角度によっては中が見えるが、そんな隙間を狙えるスナイパーはこんな階層にはいない。多少上手い奴がいても、安全に避難する為の余裕は十分稼げるだろう。
そんな屋根に細い杭を打ち込み、通した紐にぶら下がった行燈のような灯りが町の中を照らしていた。
「凄いな……とても穴の底とは思えないな」
八咫も驚く程の異世界感。文字通り別世界だ。造りもどこか和風で、まるで屋内でお祭りをしているかのような風景だ。やはりベノムエルフは忍者だったのかもしれない。
しかし気になる点が一つだけあった。
「……誰もいませんね」
アイザも気付いていたようで首を傾げていた。そう、これだけ立派な町だというのに人が1人もいなかった。通りにも路地にも誰もいない。並び立つ家々の戸は固く閉ざされている。
「その割には人の気配が凄いな」
「皆、興味津々な癖に怖がりなのでござる。というか、これも里の決まり事みたいなものでござるよ」
聞けば里の人間以外の者がここへやってきたらすぐに避難せよとのルールがあるようで、定期的に避難訓練もしているそうだ。
「押さない、駆けない、喋らないでござる!」
背の割にかなり大きな胸を張って自慢するシキミ。合わせた布がはち切れんばかりに左右に引っ張られ、その合わせ目から覗いた細かい六角形の網状のインナーも生まれながらの六角のプライドなんて捨てて楕円に広がる。目の毒なのに眼福と思ってしまう自分がそこにいた。
「将三郎さん?」
「さぁシキミ、里長のところへ案内してくれるか?」
「もちろんでござる!」
踵を返したシキミの後を余裕をもってついていく。が、僕の背中にはアイザの視線が酷く突き刺さっていた。
しかし姿は見えずとも視線が突き刺さるのは背中だけではない。全身を舐め回すように……というとねちっこくて気持ちが悪いが、値踏みするような視線は気持ちの良いものではなかった。家の角、窓、戸。閉じられているはずなのに、姿はないはずなのに、視線はある。薄い気配が感じ取れるのは、僕だからだろうか。八咫の加護のお陰で気取れるだけで、普通の人ならきっとここはゴーストタウンに感じるのかもしれない。
揺れる行燈が僕達の影を揺らす。先程まで目の毒だの眼福だの言っていた空気は微塵もない。
いつ襲われるか。
今はその緊張感だけが、僕の中でぐるぐると渦巻いていた。
0
あなたにおすすめの小説
素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。
名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる