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第60層 悪辣湖沼地帯 -シニスター-
第70話 ファンサが招いた危機
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伸びていた木の陰が僕の足を踏みつけた。いつの間にか結構な時間が過ぎたようで、スマホの画面に表示されたコメント欄には定点配信に対する不平不満が溢れかえっていた。
「状況は把握してるだろ。あんまり強い言葉使う奴はBANするからな」
『暇』
『つまらん』
『早く攻め込め』
「攻め込んでどうすんだよ、アホか。仲間だって伝えに来てるんだぞ」
この『シニスター湖沼地帯』は殺伐とした戦場である。常に互いの部族の存亡を賭けた戦いを繰り返し、諸行無常の日々を送っている。その中で出会ったベノムエルフという毒に特化したダークエルフの派生種族の少女、シキミ。そのシキミを追っていたバイオウルフのボス、アルファ。そのアルファをシキミと共にいた外部の人間である僕が始末した結果、バイオウルフはベノムエルフの軍門に下るという選択をした。
実際、その選択をした二代目である先代の息子、現アルファは僕という脅威に種族を滅ぼされるよりは……という打算もあってか、シキミの元に頭を垂れたはずだったがいつの間にかシキミの持つ愛らしさというか、距離の近さにやられたのか、すぐに懐いているようだった。これはもしかしたらアルファ自体が、戦いが好きな性格ではなかったからなのかもしれない。待ちぼうけの雑談として聞いていたが、あの夜襲の際は先代こそ牙を剥き出しにしていたが、アルファ自体は陰に隠れて他の者が飛び掛からないように動いていたらしい。
これが事実なら、今のバイオウルフ族は心穏やかに他種族と接することができるはずだ。周囲を見回すが、アルファ以外のバイオウルフ達も地面に寝そべっていたり、赤と紫のでかい蝶を追い掛けて殺していたりと平和そのものだった。きっとボスの意向に影響を受けるのかもしれない。穏やかな者がボスなら穏やかになり、獰猛な者がボスなら獰猛になるのだろう。
ボスが穏やかだから、こうして人懐っこいバイオウルフが僕に体を寄せて寝転がったりもする。撫でる背中は大きく、毛並みは艶々で撫でていて全然飽きない。おっきいワンコ……めちゃくちゃ癒しです。
「これ何ぞ?」
「ん? あぁ、これは魔導カメラって言ってな。僕達が戦ったり旅してるのを映してる機械だ」
あんまりに暇だったのだろう。ヴァネッサが魔導カメラを指差して尋ねてきた。そういえばこのダンジョンに入って自主的にカメラに興味を持ったのはヴァネッサが初めてかもしれない。アイザは目で追うことはあったが触れることはなかったし、八咫は……どうだったかな。そんなに前じゃないのに思い出せない。
「ふーん。映して誰が見るの?」
「色んな人。今は……そうだな。4万人が見てる」
スマホを取り出して視聴者数を確認すると4万人近い人間が見ていると表示されている。コメント欄はヴァネッサを呼ぶ声で溢れていた。
「これ読めるか?」
「わからんね」
「この文字、これな、ヴァネッサって読むんだけど、見てる人達がお前を呼んでるんだよ」
「なんで?」
「相手してほしいんじゃないか?」
「ほーん」
ててて、とカメラから離れたヴァネッサはびしっとポーズを決める。すると竜巻が発生する。草や木が竜巻に吸い込まれまいと踏ん張るように激しく揺れる。しかしそれも束の間。内側から膨らんで弾けた竜巻の中から白髪ベリーショートの妖艶な女性が現れた。
「ふーはっはっはー! 4万人共、崇めろ! 奉れ! 媚び諂え! 我が名はヴァネッサ! 天地を統べる色欲の女王であるぞ!」
コメント欄は雄たけびを上げるリスナーで溢れかえり、僕達の周囲は殺気で埋め尽くされていた。
「いきなり変身する奴があるか! せっかく敵意がないですよってアピールしてたのに!」
「私様もアピールしただけじゃし! シキミの里の人数がどんなもんか分からんけれど4万人にアピールした方が絶対得じゃし!」
「身も蓋もないことを言うな!」
シキミの里の人間が僕達の周囲に隠れて様子を見ていることには気付いていた。だからこそ何もせず大人しくしていた。敵意なんてこれっぽっちもないですよとワンコ達と戯れることも忘れずにしていた。
しかしヴァネッサのファンサによって敵意ありと捉えられてしまった。ここからでも入れる保険があったら入りたい。とにかく僕達は必死に敵意がないとアピールする為に武器だけは取り出さないようにして周囲の警戒だけは続けていた。
「駄目です将三郎さん、気配が近付いてきます」
「くぅ……シキミ、早く戻ってきてくれ……!」
「はーい、戻ったでござるよ~」
「わぁ!?」
急に僕の目の前にシキミが現れて思わず飛び上がってしまった。忍者怖い。でも助かった、シキミが出てきた途端に周りを囲んでいた気配が退いていった。
「そんなに怖がられたら拙者、傷付いちゃう……」
「わ、悪い悪い、ちょっとそこの馬鹿がやらかして慌てたから」
「私様は馬鹿じゃないでござる!」
「うるさい馬鹿、大人しくしてろ!」
ポカンと一発やりたいところだが炎上してしまうのでどうにか拳を解いてポケットに突っ込んだ。
危うくヴァネッサのせいでとんでもないことになるところだった。タイミング良く帰ってきてくれたシキミのお陰で難を逃れることができたが、本当に危ないところだった。
見張り達が戻って変な報告をしたらという不安はまだあるが、戻ってきたシキミからは落胆したような様子は感じられない。交渉は上手くいったようである。
「じゃあ許可が下りたので案内するでござるよ。足元に気を付けてついてくるでござるよ~」
「確かに転びやすそうな地形ですね。天然の要塞って感じですし」
「ううん、アイザ殿、そうじゃないでござる」
シキミの言葉に首を傾げるアイザ。僕も首を傾げた。ヴァネッサは何も分かってない顔をし、八咫は傾いた僕の頭の上で器用に寝ている。
「そこら中に罠が仕掛けてあるので気を付けてって意味でござる」
「状況は把握してるだろ。あんまり強い言葉使う奴はBANするからな」
『暇』
『つまらん』
『早く攻め込め』
「攻め込んでどうすんだよ、アホか。仲間だって伝えに来てるんだぞ」
この『シニスター湖沼地帯』は殺伐とした戦場である。常に互いの部族の存亡を賭けた戦いを繰り返し、諸行無常の日々を送っている。その中で出会ったベノムエルフという毒に特化したダークエルフの派生種族の少女、シキミ。そのシキミを追っていたバイオウルフのボス、アルファ。そのアルファをシキミと共にいた外部の人間である僕が始末した結果、バイオウルフはベノムエルフの軍門に下るという選択をした。
実際、その選択をした二代目である先代の息子、現アルファは僕という脅威に種族を滅ぼされるよりは……という打算もあってか、シキミの元に頭を垂れたはずだったがいつの間にかシキミの持つ愛らしさというか、距離の近さにやられたのか、すぐに懐いているようだった。これはもしかしたらアルファ自体が、戦いが好きな性格ではなかったからなのかもしれない。待ちぼうけの雑談として聞いていたが、あの夜襲の際は先代こそ牙を剥き出しにしていたが、アルファ自体は陰に隠れて他の者が飛び掛からないように動いていたらしい。
これが事実なら、今のバイオウルフ族は心穏やかに他種族と接することができるはずだ。周囲を見回すが、アルファ以外のバイオウルフ達も地面に寝そべっていたり、赤と紫のでかい蝶を追い掛けて殺していたりと平和そのものだった。きっとボスの意向に影響を受けるのかもしれない。穏やかな者がボスなら穏やかになり、獰猛な者がボスなら獰猛になるのだろう。
ボスが穏やかだから、こうして人懐っこいバイオウルフが僕に体を寄せて寝転がったりもする。撫でる背中は大きく、毛並みは艶々で撫でていて全然飽きない。おっきいワンコ……めちゃくちゃ癒しです。
「これ何ぞ?」
「ん? あぁ、これは魔導カメラって言ってな。僕達が戦ったり旅してるのを映してる機械だ」
あんまりに暇だったのだろう。ヴァネッサが魔導カメラを指差して尋ねてきた。そういえばこのダンジョンに入って自主的にカメラに興味を持ったのはヴァネッサが初めてかもしれない。アイザは目で追うことはあったが触れることはなかったし、八咫は……どうだったかな。そんなに前じゃないのに思い出せない。
「ふーん。映して誰が見るの?」
「色んな人。今は……そうだな。4万人が見てる」
スマホを取り出して視聴者数を確認すると4万人近い人間が見ていると表示されている。コメント欄はヴァネッサを呼ぶ声で溢れていた。
「これ読めるか?」
「わからんね」
「この文字、これな、ヴァネッサって読むんだけど、見てる人達がお前を呼んでるんだよ」
「なんで?」
「相手してほしいんじゃないか?」
「ほーん」
ててて、とカメラから離れたヴァネッサはびしっとポーズを決める。すると竜巻が発生する。草や木が竜巻に吸い込まれまいと踏ん張るように激しく揺れる。しかしそれも束の間。内側から膨らんで弾けた竜巻の中から白髪ベリーショートの妖艶な女性が現れた。
「ふーはっはっはー! 4万人共、崇めろ! 奉れ! 媚び諂え! 我が名はヴァネッサ! 天地を統べる色欲の女王であるぞ!」
コメント欄は雄たけびを上げるリスナーで溢れかえり、僕達の周囲は殺気で埋め尽くされていた。
「いきなり変身する奴があるか! せっかく敵意がないですよってアピールしてたのに!」
「私様もアピールしただけじゃし! シキミの里の人数がどんなもんか分からんけれど4万人にアピールした方が絶対得じゃし!」
「身も蓋もないことを言うな!」
シキミの里の人間が僕達の周囲に隠れて様子を見ていることには気付いていた。だからこそ何もせず大人しくしていた。敵意なんてこれっぽっちもないですよとワンコ達と戯れることも忘れずにしていた。
しかしヴァネッサのファンサによって敵意ありと捉えられてしまった。ここからでも入れる保険があったら入りたい。とにかく僕達は必死に敵意がないとアピールする為に武器だけは取り出さないようにして周囲の警戒だけは続けていた。
「駄目です将三郎さん、気配が近付いてきます」
「くぅ……シキミ、早く戻ってきてくれ……!」
「はーい、戻ったでござるよ~」
「わぁ!?」
急に僕の目の前にシキミが現れて思わず飛び上がってしまった。忍者怖い。でも助かった、シキミが出てきた途端に周りを囲んでいた気配が退いていった。
「そんなに怖がられたら拙者、傷付いちゃう……」
「わ、悪い悪い、ちょっとそこの馬鹿がやらかして慌てたから」
「私様は馬鹿じゃないでござる!」
「うるさい馬鹿、大人しくしてろ!」
ポカンと一発やりたいところだが炎上してしまうのでどうにか拳を解いてポケットに突っ込んだ。
危うくヴァネッサのせいでとんでもないことになるところだった。タイミング良く帰ってきてくれたシキミのお陰で難を逃れることができたが、本当に危ないところだった。
見張り達が戻って変な報告をしたらという不安はまだあるが、戻ってきたシキミからは落胆したような様子は感じられない。交渉は上手くいったようである。
「じゃあ許可が下りたので案内するでござるよ。足元に気を付けてついてくるでござるよ~」
「確かに転びやすそうな地形ですね。天然の要塞って感じですし」
「ううん、アイザ殿、そうじゃないでござる」
シキミの言葉に首を傾げるアイザ。僕も首を傾げた。ヴァネッサは何も分かってない顔をし、八咫は傾いた僕の頭の上で器用に寝ている。
「そこら中に罠が仕掛けてあるので気を付けてって意味でござる」
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