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3章 FLOW
21. 雷火一閃、LIKE A SHIT END.
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◇◇◇
21. 雷火一閃、LIKE A SHIT END.
第6会場の周辺を、圧倒的な静寂が埋め尽くす。
術者同士の心のビートだけが、観客の脳裏にも響いていた。
もう誰にも試合を止めることはできない。
全員の視線を一身に浴びる少女は、光る杖を正面のケイジに突きつける。
問答無用でフロウの先攻1ターン目、呪文詠唱の第1節が放たれた。
「空気読めない? 下々の出る幕じゃない
WACKな才 客も減る猿回し」
目上を相手に徹底した卑下の目線、一切怖れの無い詠唱。
「読めない」「出る幕じゃない」「WACKな才」「減る猿回し」の最初から畳み掛ける韻、すなわち呪言乗算。
「WACK」はラッパーに対する「最悪」「ひどい」のような罵倒句だ。
いかに相手が弱小であっても、手を抜くつもりでは無いらしかった。
「降り注げ 疾き蒼き火霊の葬列
愚者への送別 パレード壮絶」
フロウの呪文詠唱によって、無数の火の塊が上空に生み出され、流星のように相手に降り注ぐ。
相手自身への攻撃と共に、背後の柱も同時に攻められる広範囲攻撃だ。
2ターン目どころか相手の返答詠唱を待つまでもなく発動するであろう、速攻魔法だった。
が、その威力はそこいらの速攻魔法どころの騒ぎではない。
「火霊の葬列」はそのままの呪節引用で、炎帝48眷属である古代の魔法師・EMPIREの火の魔法“火霊葬列”に由来する。
そしてそれを強化するための「火霊の葬列」「送別」「パレード壮絶」。
呪言乗算でありながら、意味的にも近しい呪言で固めて効果を跳ね上げる高等技術。
流星のごとき火球は、実戦ならば相手陣一帯を消し炭にするほどの威力を持っていた。
「呪言乗算(韻)を重視するならば“愚者への送別”は、“彼への送別”にすべきだったはず…。
なのに、フロウさんはそれより相手に合わせて卑下することよる速攻性を優先した。完全に計算された呪文詠唱…!
ケイジさん…ッ!」
ライムにはもう割って入る術はない。
ケイジがもし水の魔法を使って対抗したところで、空に届くことはまずない。
到達の速さとしても流水は投擲の速度より遅く、水で迎撃するなら固形化して飛ばすか、自分および柱の周りを覆うくらいしかない。
1ターンで行うには非常に複雑な魔素使役呪文となり、実行できる魔法師はそうはいない。
「温度操作や重力操作が得意な魔法師でも、降り注ぐ無数の対象の座標を指定して操作するのは至難の業…!
植物や金属を生成して大規模な防御領域を作るにも、並の術師ならば数ターンかかる挙句防戦一方になってしまうでしょう…。なんということ…!」
ライムはすごい早口で解説を挟む。
「まともに対処するならば、相打ち覚悟で1ターン目を防御に費やし、長期戦で魔力の枯渇を狙うべきですが、彼女が魔力の備蓄量で負けたという話は聞いたことがありません…!
つまり本人の言どおり、蹂躙という名のハメ技に他ならないんです…!!」
特に誰に話しかけているわけでもなく、基本的に独り言だが、正直者のライムは心の声が漏れて出るらしい。
バトル自体は凡庸な彼女も、分析と解説には恐ろしいまでの才能を発揮する。
おそらく今後、解説役といえばライム、と言うくらいの存在にはなっていくだろう。
「だが俺は今最高にDOPEだぜ…!」
その光景を正面から見ていたケイジはしかし、青々と萌える木々のように蒼々と燃える天の火を怖れることなく、目の前の少女に照準を定めていた。
「子供とじゃ燃えない 全然やる瀬ない
空気なんざ俺が変える 原型まるで無い」
相手が連発した「ない(nai)」の韻に合わせて重ね返す押韻。
そして「空気読め」に対する「空気を変える」という暗鎖。
相手の超絶呪文に対して臆すことなく、ケイジも対処している。
しかし火球は勢いを増し、もはや火柱となって降り注ぐ。
「元素を丸洗い 幻想 MUST DIE
意気消沈 息できないくらい DON'T CRY」
破調も含めた叩き込むような詠唱。
「全然やる瀬ない」「原型まるで無い」「元素を丸洗い」「幻想MUST DIE」、あくまで踏み倒す韻に、こちらも意味的な近さを持たせて各呪節の効果を飛躍的に高めている。
さらにダメ押しの「意気」「息」、さらに相手の「nai」を手玉に取る「洗い」「DIE」「くらい」「CRY」。
「後攻の返しとしては完璧です、ケイジさん…!! これなら致命傷になることは―」
と、ここまではライムにも読み取ることができた。
――が。
ケイジのすぐ頭上に迫っていたはずの無数の火柱は、一つ残らず掻き消えていた。
「なっ…!?」
ライムだけでなく、試合を見守る観客全員がまばたきをする。
誰一人、その状況を受け入れられていない。
それは対戦者であるフロウも同じだった。
「ッ…!?」
しかし2ターン目を継がねばならない。
想定では、再度自分に回る頃には決着しているはずだったのに、敵は平然と目の前に立っている。
あるはずの無い状況への、一瞬の動揺。
詠唱のタイミングがほんの少し遅れ、リズムが崩れる。
「ム…無駄な足掻き… 愚者は我に触れられもしない
裏腹だし 愚者の味方など誰もいない
カハッ…火霊沈まず …業悪の橋を渡れ
何度でも…焼き尽くす ハッ 下々の…足すく…ム…」
相手への卑下と否定の手は緩めず、「無駄な足掻き」「裏腹だし」、「触れられもしない」「誰もいない」、「焼き尽くす」「足すくむ」という呪言乗算はきっちりと入れ込んでくる。
が、この程度、通常の彼女であれば手癖に近い常套句であり、実にありきたりの、事前に用意されたような詠唱だった。
呪文詠唱は、その独自性と即興性が大きく効果に反映される。
使い古された言葉は強い力を生まない。
「…!? 火炎が…出ていない…?」
なぜか消えてしまった1ターン目の火炎を再度着火しようと、3節目の伏句で先の“火霊葬列《プロメテオ》”の一節、「業悪の橋」を呪節引用《サンプリング》したはずが、全く効果として現れていない。
リズムに乱れはあったし内容もやや凡庸だったとは言え、充分呪文詠唱になっていたし、何より天才少女が術式の発動をミスするとは思えない。
解説役のライムにも、眼前の状況を受け入れるだけしかできなかった。
一方でケイジは改めて気を引き締める。
これまでの野試合で、2ターン目をきちんと返してきた相手はほとんどいなかった。
やはりこの相手は強者だ。
敬意と共に、ケイジは戦術を切り替える。
子供に対する大人の対応。
圧倒的な説得力で、若さに任せた力押しを空回りさせる手法。
すなわち――“説教ラップ”。
「まだお前の中に柱無い 心に電流走らない
抱いてる焦燥 時期尚早 憧れが子供の証拠
わかるぜ 特別じゃなくみんな通るから がんばれ、
俺たち大人はお前という小さい存在応援してるぜ」
ほとんどビートに乗せず、心の底から相手に叩きつける説教。
「柱無い」「走らない」、「焦燥」「尚早」「証拠」、
ある程度前半で韻は踏んでいるものの、中心はその圧倒的メッセージ性にある。
イキがる若者に対する説教ラップは「おじさんラップ」の枠を超えて、大人としての懐の深さを見せ、ただ若さしかない相手の無力さと矮小さをまざまざと突きつける。
これに対抗しようと熱くなればなるほど、それは観客の目に「ただのイキり」だと映ってその勢いが惨めになり、結局自分が子供であるということを思い知らされる。
まさしく“大人の技”だった。
「(どうだ、効いたか――?)」
勿論、ここから更に噛み付いてくるのが若さなのであり、説教者の大人メンタルを見せるのもここからだった。
しかし、反撃は来なかった。
対戦相手の少女は、後ろから倒れてきた柱の下敷きになって倒れていた。
◇◇◇
(第22話に続く)
21. 雷火一閃、LIKE A SHIT END.
第6会場の周辺を、圧倒的な静寂が埋め尽くす。
術者同士の心のビートだけが、観客の脳裏にも響いていた。
もう誰にも試合を止めることはできない。
全員の視線を一身に浴びる少女は、光る杖を正面のケイジに突きつける。
問答無用でフロウの先攻1ターン目、呪文詠唱の第1節が放たれた。
「空気読めない? 下々の出る幕じゃない
WACKな才 客も減る猿回し」
目上を相手に徹底した卑下の目線、一切怖れの無い詠唱。
「読めない」「出る幕じゃない」「WACKな才」「減る猿回し」の最初から畳み掛ける韻、すなわち呪言乗算。
「WACK」はラッパーに対する「最悪」「ひどい」のような罵倒句だ。
いかに相手が弱小であっても、手を抜くつもりでは無いらしかった。
「降り注げ 疾き蒼き火霊の葬列
愚者への送別 パレード壮絶」
フロウの呪文詠唱によって、無数の火の塊が上空に生み出され、流星のように相手に降り注ぐ。
相手自身への攻撃と共に、背後の柱も同時に攻められる広範囲攻撃だ。
2ターン目どころか相手の返答詠唱を待つまでもなく発動するであろう、速攻魔法だった。
が、その威力はそこいらの速攻魔法どころの騒ぎではない。
「火霊の葬列」はそのままの呪節引用で、炎帝48眷属である古代の魔法師・EMPIREの火の魔法“火霊葬列”に由来する。
そしてそれを強化するための「火霊の葬列」「送別」「パレード壮絶」。
呪言乗算でありながら、意味的にも近しい呪言で固めて効果を跳ね上げる高等技術。
流星のごとき火球は、実戦ならば相手陣一帯を消し炭にするほどの威力を持っていた。
「呪言乗算(韻)を重視するならば“愚者への送別”は、“彼への送別”にすべきだったはず…。
なのに、フロウさんはそれより相手に合わせて卑下することよる速攻性を優先した。完全に計算された呪文詠唱…!
ケイジさん…ッ!」
ライムにはもう割って入る術はない。
ケイジがもし水の魔法を使って対抗したところで、空に届くことはまずない。
到達の速さとしても流水は投擲の速度より遅く、水で迎撃するなら固形化して飛ばすか、自分および柱の周りを覆うくらいしかない。
1ターンで行うには非常に複雑な魔素使役呪文となり、実行できる魔法師はそうはいない。
「温度操作や重力操作が得意な魔法師でも、降り注ぐ無数の対象の座標を指定して操作するのは至難の業…!
植物や金属を生成して大規模な防御領域を作るにも、並の術師ならば数ターンかかる挙句防戦一方になってしまうでしょう…。なんということ…!」
ライムはすごい早口で解説を挟む。
「まともに対処するならば、相打ち覚悟で1ターン目を防御に費やし、長期戦で魔力の枯渇を狙うべきですが、彼女が魔力の備蓄量で負けたという話は聞いたことがありません…!
つまり本人の言どおり、蹂躙という名のハメ技に他ならないんです…!!」
特に誰に話しかけているわけでもなく、基本的に独り言だが、正直者のライムは心の声が漏れて出るらしい。
バトル自体は凡庸な彼女も、分析と解説には恐ろしいまでの才能を発揮する。
おそらく今後、解説役といえばライム、と言うくらいの存在にはなっていくだろう。
「だが俺は今最高にDOPEだぜ…!」
その光景を正面から見ていたケイジはしかし、青々と萌える木々のように蒼々と燃える天の火を怖れることなく、目の前の少女に照準を定めていた。
「子供とじゃ燃えない 全然やる瀬ない
空気なんざ俺が変える 原型まるで無い」
相手が連発した「ない(nai)」の韻に合わせて重ね返す押韻。
そして「空気読め」に対する「空気を変える」という暗鎖。
相手の超絶呪文に対して臆すことなく、ケイジも対処している。
しかし火球は勢いを増し、もはや火柱となって降り注ぐ。
「元素を丸洗い 幻想 MUST DIE
意気消沈 息できないくらい DON'T CRY」
破調も含めた叩き込むような詠唱。
「全然やる瀬ない」「原型まるで無い」「元素を丸洗い」「幻想MUST DIE」、あくまで踏み倒す韻に、こちらも意味的な近さを持たせて各呪節の効果を飛躍的に高めている。
さらにダメ押しの「意気」「息」、さらに相手の「nai」を手玉に取る「洗い」「DIE」「くらい」「CRY」。
「後攻の返しとしては完璧です、ケイジさん…!! これなら致命傷になることは―」
と、ここまではライムにも読み取ることができた。
――が。
ケイジのすぐ頭上に迫っていたはずの無数の火柱は、一つ残らず掻き消えていた。
「なっ…!?」
ライムだけでなく、試合を見守る観客全員がまばたきをする。
誰一人、その状況を受け入れられていない。
それは対戦者であるフロウも同じだった。
「ッ…!?」
しかし2ターン目を継がねばならない。
想定では、再度自分に回る頃には決着しているはずだったのに、敵は平然と目の前に立っている。
あるはずの無い状況への、一瞬の動揺。
詠唱のタイミングがほんの少し遅れ、リズムが崩れる。
「ム…無駄な足掻き… 愚者は我に触れられもしない
裏腹だし 愚者の味方など誰もいない
カハッ…火霊沈まず …業悪の橋を渡れ
何度でも…焼き尽くす ハッ 下々の…足すく…ム…」
相手への卑下と否定の手は緩めず、「無駄な足掻き」「裏腹だし」、「触れられもしない」「誰もいない」、「焼き尽くす」「足すくむ」という呪言乗算はきっちりと入れ込んでくる。
が、この程度、通常の彼女であれば手癖に近い常套句であり、実にありきたりの、事前に用意されたような詠唱だった。
呪文詠唱は、その独自性と即興性が大きく効果に反映される。
使い古された言葉は強い力を生まない。
「…!? 火炎が…出ていない…?」
なぜか消えてしまった1ターン目の火炎を再度着火しようと、3節目の伏句で先の“火霊葬列《プロメテオ》”の一節、「業悪の橋」を呪節引用《サンプリング》したはずが、全く効果として現れていない。
リズムに乱れはあったし内容もやや凡庸だったとは言え、充分呪文詠唱になっていたし、何より天才少女が術式の発動をミスするとは思えない。
解説役のライムにも、眼前の状況を受け入れるだけしかできなかった。
一方でケイジは改めて気を引き締める。
これまでの野試合で、2ターン目をきちんと返してきた相手はほとんどいなかった。
やはりこの相手は強者だ。
敬意と共に、ケイジは戦術を切り替える。
子供に対する大人の対応。
圧倒的な説得力で、若さに任せた力押しを空回りさせる手法。
すなわち――“説教ラップ”。
「まだお前の中に柱無い 心に電流走らない
抱いてる焦燥 時期尚早 憧れが子供の証拠
わかるぜ 特別じゃなくみんな通るから がんばれ、
俺たち大人はお前という小さい存在応援してるぜ」
ほとんどビートに乗せず、心の底から相手に叩きつける説教。
「柱無い」「走らない」、「焦燥」「尚早」「証拠」、
ある程度前半で韻は踏んでいるものの、中心はその圧倒的メッセージ性にある。
イキがる若者に対する説教ラップは「おじさんラップ」の枠を超えて、大人としての懐の深さを見せ、ただ若さしかない相手の無力さと矮小さをまざまざと突きつける。
これに対抗しようと熱くなればなるほど、それは観客の目に「ただのイキり」だと映ってその勢いが惨めになり、結局自分が子供であるということを思い知らされる。
まさしく“大人の技”だった。
「(どうだ、効いたか――?)」
勿論、ここから更に噛み付いてくるのが若さなのであり、説教者の大人メンタルを見せるのもここからだった。
しかし、反撃は来なかった。
対戦相手の少女は、後ろから倒れてきた柱の下敷きになって倒れていた。
◇◇◇
(第22話に続く)
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