ラップが魔法の呪文詠唱になる世界に転生したおじさん、うっかり伝説級の魔法を量産してしまう

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4章 MUSICA

55. 厄災終焉、HOW I VIEW THE END? 

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◇◇◇
55. 厄災終焉、HOW I VIEW THE END? 


「待たせたなぁあんちゃん、ええい?」

短距離なら飛行が可能な宮廷近衛兵隊秘蔵の魔法騎馬“風翔天馬シルフィード”は、王族諸侯を守護するときのみ使用される、有事の際の防衛機構だった。

伝説の霊獣ペガサスを模して軍馬に特別な魔装を施し、飛行とはいかずとも跳躍を空中で繰り返し、短時間短距離であれば限りなく飛行に近い跳躍ができる、秘密兵器だ。

「…!? ムジカさん、そんなモノ、一体どこから…!?」

およそ一般人が触れられるどころか存在自体を知るものではなく、その出動も厳重に管理されていた。
少なくとも王族直系の人間が許可を出す必要がある。

「ふっへ、あぁしの交渉術ならこのくらいアレよ、…えっと…アレよぉ!」

「ちょっとだけ、あんたが本当に女神みたいに見えたぜ…助かる!!」

「だから女神だっつってんだろぉ、礼は後だ、早く乗んなぁ!」


ムジカの合図と共にもう一頭のシルフィードが空を裂いて登場する。
ケイジは天馬どころか普通の馬にも乗れないので、ムジカの後ろに乗り、もう一騎にライムとフロウが乗り込んだ。

「さぁ逃げるぜぇ、脱兎じゃなく、天馬の如くになぁ、ええい?」

別にどこも上手くはねぇな、とケイジは思ったが、口に出すほど間抜けではなかった。
それよりムジカの暴力的なまでの肉体のどこに掴まれば当たり障りが無いかということに神経を費やしていた。

2騎は地上どころか天を目指してバルコニーを飛び立つ。
次の瞬間、降ってきた瓦礫と共にバルコニーは粉々になっていた。



「ううっ…あの異国の褐色女め…無茶苦茶しおって…!」

退避を急ぐ宮廷兵たちの中で、人の流れに逆らって現場を見守っていた近衛騎兵副隊長が、義憤とも感心とも苛立ちとも判断のつかない表情で塔を見守っていた。

奴らから・・・・の連絡で無理やり魔法騎馬を動かしてみれば…。
 本来あのような者たちに触らせることも叶わぬものを…弟皇殿もおふざけが過ぎる!

 この貸しは高くつくぞ、姉妹捜査官よ…!」

このタイミングで駆けつけられたのは、試験会場からの緊急通報により第3東宮庭園へ緊急出動させたシルフィードを、ムジカがヘラヘラと且つ颯爽と奪い取った結果だった。






一方、試験会場も雷雲に囲まれ、しとどに雨が降り注いでいた。

「まさか…天候改変テンペスト…?
 この術式の痕跡― 彼らは間に合ったのね、モルダウ!?」

「なんとか迷彩した緊急通報だけは結界を抜けられたようだな…
 ここからじゃ全然わからんが、アイツの力が降り注いでるんなら―つまりまあ何とかなったんだろう。

 それより会場を分断している包囲結界を一つでも潰すぞ!」

「はぁ…モルダウ、あなた疲れてないの?
 私は懲戒でもいいからギドラ海のビーチへバカンスに行きたい気分よ」


召喚獣が暴れている第3会場とメインの第1会場との間にも件の結界が発動しているため、攻撃力の高い魔法師たちは第3会場へ加勢に行けずに時を浪費していた。

その結界を壊せれば、なんとか収拾はつくはずだ。
既に賭博用の賭け札を使った術式であることは試験本部に連絡済で、人手を回してもらえることになったので、二人の指揮のもと、試験運営員たちは人海戦術で札の回収に当たっていた。



召喚獣が暴走している第3会場では、にわかに湧いた雷雲からの雷が次々と召喚獣を打ち、雨が火災を消していた。
魔法は通さない結界でも、魔法によって生じた自然現象は防ぐことができない。

ケイジの天候改変は、ほとんど王都全体を覆う雷雨となっていた。

残るは落雷を免れた召喚モンスターを討伐するだけだ。

「クッ…委員長殿、無事でございますか…?」
「肋骨の4、5本問題ないわ…波の魔法で痛みをやわらげ、関節を伸ばして攻撃に…ゴホッゴホッ!」
「ああっ、落雷を逃れたオーガがそっちに…お逃げくださいッ!」
「これまでかッ…!!」

二人に向かって金棒を振りかざしたオーガは、それを振り下ろすことなく上半身と下半身が分裂した。
切られたのではなく、血流が水流カッターのように体内から破裂した結果だった。

「血よ、炎のように凍れ…!」

一人の魔術師が一撃でオーガを真っ二つにした。

「き…君は…BENNY天狗…!」
「フー、天は不平等なものだ…」

その背後から、今のオーガの倍はあるトロールが、落雷の衝撃で我を失い襲い掛かる。

BENNY天狗は振り向かない。
トロールの爪が彼らを引きちぎろうとした瞬間、その爪ごとトロールが弾け飛んだ。

「くだらん真似をするな、後ろくらい見えているだろう」
「勿論、後ろに貴方がいるのが見えてましたからね」

「タッ…タナトス孔明…!!」

第3試験会場に張られた結界魔法がモルダウたちによって徐々に解除され、召喚モンスターに対して攻撃力のある魔法師たちが駆けつけたのだった。

「相変わらず甘ちゃんなんだよ、お前は」
「フー、貴方に言われたくはないですね、ホトケの孔明殿」

前回の試験でも善戦した彼らには、決して仲間意識ではないがそれなりの信頼を寄せていた。


「この雷雲…おそらくは魔法―そんなもの見たことも聴いたことも無いが、
 ―この術式の痕跡は、味わったことがある。 ごく、最近な」

「なんとなくわかりますよ。フー、こっちもその味だけは覚えている。
 …アイツだ」

「そんなことが本当に人間にできると思うか?」

「さて、ね」


互いに同じ人物に負けたことは、この期に及んでは清々しい戦歴だった。
その後、彼ら二人は同期として宮廷魔法師団に入ることになる。


召喚モンスターが掃討された頃、モルダウの話がようやく警備部隊全体に伝わり、さらに人手を増やして場内の賭け札が回収されていった。
会場の集団結界魔法はほとんど解け、数十名の負傷者は出たものの、死者はゼロという結果で収まった。


「ううっ…助かりました、お嬢さん、本当にありがとう…。
 それにしてもその武術にその魔法、そしてその顔立ち…あなたはもしや、亡き――」

「なんでもないよぉ、助け合い、こういうときは助け合いでしょ?
 それに― 試験がこのまま終わっちゃうとつまんないしさぁ、ね?」

ゴスロリ少女、元忍者少女は4体ものミノタウロスを倒し、試験委員会本部を守っていた。
本部テントには各所への連絡機能の他、試験結果が集積されており、もしここが燃えたりすれば試験は続行不能となっていた。

つまんない、以外の理由が元忍者少女にはあったが、それはここで言う必要も筋合いもなかった。


「まったく、折角のドレスがびしょ濡れで台無しだよぉ。
 また買ってくれよな、お兄ちゃん」


雨は次第に弱まっていた。





間一髪で難を逃れたケイジたちは、宮廷から少し離れた丘で、崩れ落ちる黒竜と聖堂を見守っていた。

さすがにこの後の始末は宮廷兵に任せるしかない。

魔法騎馬シルフィードは、全員を下ろした後、また空を駆け宮廷へ戻っていった。
そのままパクろうとしていたムジカだけは最後まで跨っていたが、振り落とされて断念した。


三重塔の3階と2階は崩れたが、1階は残った。
黒天白死竜の頭部が召喚魔法陣に包まれたままであり、空中に首からぶら下がったように巨体の崩落が止まったからだ。
全身が落ちれば、塔も全壊していただろう。

その姿は、疲れ切ったサラリーマンが牛丼屋の丼に顔を突っ込んで寝ている様でもあり、少し滑稽だった。

「疲れ切ったサラリーマンが牛丼屋の丼に顔を突っ込んでるみたいだな」

「なんですか?それ」

召喚獣本体が絶命しているので、召喚陣を消すこと自体はさほど難しくない。
全身が落ちても崩落しないよう措置をした上で、ドラゴンを解体していくことになる。


「―ねえ、師匠」

「師匠はやめろ」

「ふふっ、じゃあケイジさん、」

初めて会った時のように、振り向くライムの長い金色の巻き毛がふわりと波打つ姿に、少しケイジは見蕩れてしまう。


「森羅万象の理を御すのが魔法、

 その魔法を人の理で正す魔法こそが、ケイジさんのHIP HOPなんですね」



「ははっ、なに言ってんだよ、ライム」


ケイジは思わず肩をすくめる。



「HIP HOPは ―HIP HOPだぜ!」




「意味不明だぜ兄ちゃん、ええい?」

「ちょっとアンタたち、そういうの、なんかそういうのやめなさいよ!」


雷雲が晴れて虹がかかっていた。




◇◇◇
(第56話に続く)
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