猫被りも程々に。

ぬい

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November

期末試験前

11月下旬に入り、暫く文化祭で浮き足立っていた校内も2学期最後の試験に向けてテストモードに入る。

勿論それは俺も同じで放課後要先輩に勉強を見てもらい、帰宅後は時間が合えば会長に勉強を見てもらうというなんとも贅沢な環境下で過ごしており、今日も今日とて放課後、下校時間ギリギリまで図書室で要先輩に勉強の面倒を見てもらっていた。

問題がキリのいいところまで終わり、背筋を伸ばしながら少しだけ休憩をとっていると携帯が通知を知らせる。
内容は会長からで[8時]とだけ映し出された簡潔にも程があるメッセージに顔を顰めた。

(…8時に来いってことか)

2週間前までは[8時に部屋]とまだ文章になっていたのだが、このやり取りを数回繰り返しているうちに段々短くなり今現在。このままだと最終的には数字の8だけになりそうである。

適当に1番上にあったスタンプを送って携帯を閉じると要先輩がじっとこちらを見ていた。

「凌から?」
「え」

文化祭以来出てなかった名前を急に話を振られて思わず目を見開いて驚く。動揺のあまり上手く返せないでいると要先輩は全て察した様子で続けた。

「なんだ、やっぱり上手くいったんだ」
「は、い…まあ…」

後夜祭であんなこともあったから少し気まずい。こういう時はどういう対応するのが正解なんだろうか。
しどろもどろになりながら対応する俺に要先輩は長い睫毛を伏せると小さく笑う。

「大丈夫だよ、ちゃんと諦めたから」

むしろ今では上手くいって欲しいとすら思ってると動揺を溶かすような優しい声色で言われ、混乱していた頭は少し落ち着き始める。

気を遣ってくれての発言だったのかもしれないが要先輩の表情は怒る訳でも残念がる様子でもなくいつも通り穏やかだった。

「…もし、何かあったら言ってね」

ほっと胸を撫で下ろし、勉強を再開しようとペンを握った瞬間、静寂に包まれた部屋で呟いた要先輩の言葉で教科書を捲っていた手が止まる。

先程の穏やかな表情とは違う。微かに心配が見える表情。
どこか意味深な発言は支倉の家のことをさしているのだとすぐに気付いた。

「…要先輩は…会長の家のこと、どこまで知ってるんですか」

その表情に聞くつもりのなかった問い掛けが自然と流れるように口から漏れる。

きっと彼は俺よりも詳しい事情を知っているだろう。
俺が知っている話はほんの一部。当時はもっと色々あった筈で、他人の口から聞くのもどうかと思ったが会長がこの先話してくれるとも思えない。どうしても聞かずにはいられなかった。

要先輩は問い掛けに対して少し考えたように黙った後、ゆっくりと口を開く。

「…凌からはどこまで聞いた?」
「紫さんが嫌がらせにあって…自殺未遂したことくらいまでは…」
「そっか」

静寂に包まれた部屋で鳴り響くのは時計の秒針の音だけ。

要先輩がそれ以上は何も知らないならこのまま話を終えるつもりだった。自分から聞いたくせに会長から聞いた話が全てだったら良い。何も知らないで欲しい、などと身勝手な事を思いながら真っ白なノートを見つめる。

でもそんな思いは叶わず、目の前の彼はまだ何か知っている様子でこれから言おうとしていることを躊躇い迷うような仕草で口を噤んでいた。

「…凌もね、1回してるんだよ」
「なに、を…ですか…」
「自殺未遂」

暫く沈黙してようやく要先輩が言った言葉は想像していたものよりもキツく理解し難いもので、俺はペンを強く握ったまま唇を震わすことしか出来ない。

「…紫おばさんのことがあった後だから小学生の頃かな。
冬に服着たまま海に入っていくのをたまたま使用人が見つけて……大事には至らなかったんだけど、あの時の支倉家は大騒ぎでね…」

ポツリと話し始めた話は理解したくなくても頭に入ってくる。
きっと会長の事だから俺に話していないことはあるだろうとは思っていた。でもここまでのことは予想していなくて、声は出ない。何も言ったらいいのか分からない。

静かに話している要先輩は少し俯いていて、辛そうで、前に紫さんの話をした時の会長の姿を思い出した。

「きっと相当自分を責めてたんだと思う。紫おばさんのこと、自分のせいだと思ってたみたいだから」

要先輩の言う通りあの時の会長は紫さんがああなったのは自分が見て見ぬふりをしたせいだ、と言っていた。珍しく少し荒らげた声で、今までずっと抱え込んでいた後悔を吐き出すように。

「…その後は、大丈夫だったんですか…」
「うん。暫くはずっと使用人が付き添ってたし、中学入ってからは色々考え方を変えたみたい。以前より随分と愛想も良くなって…」
「昔はあんな感じじゃなかったんですか…?」

要先輩の何気ない発言を聞き流すことが出来ず、思わず口を挟むように尋ねる。
以前より愛想が良くなったということは今の会長の人格は中学生になってから形成されたということだろうか。確かに小さい頃からあんな様子だと気持ち悪いなとは前から思っていたが。

「昔はあんな風に誰にでも愛想振りまくタイプではなかったよ。
仲良い人にはよく笑ってたけど興味が無い人にはとことん冷たくて、気に入らないことがあったらすぐ顔に出てた」
「へぇ、想像できませんね」

一緒に居る時は大体そんな感じだが、他の人にそんな態度をとる姿は想像できない。

当時の会長と色々な思い出があるのか要先輩は先程と違い、少し楽しそうに笑っていた。
2人がきちんと話している姿は紫さんのお見舞いの時くらいにしか見たこと無かったが、笑って話す様子からは仲の良さが窺える。

「僕が入院してた時、一緒に病室抜け出してはよく看護師さん怒られてたなー。
その度に凌が露骨に不満そうな顔するもんだから説教もなかなか終わらなくて…もうすっごく大変だった」
「要先輩もいい迷惑ですね」
「ほんとだよ」

面白い話が聞けたので今度ネタにでもしてやるか。
教科書を捲りながらそんなことを考えていると要先輩は少しの間口を閉じた後、目を細める。

「凌のこと、よろしくね」

強くお願いするようにたった一言。
話すのも辛い出来事をわざわざ教えてくれた理由は全てこの言葉に込められているような気がした。

今はそんなこと心配しなくてもいいだろうが、一人で抱え込むタイプだし必ずないとも言いきれない。だからああならないようにちゃんと見てあげて欲しいと、要先輩はそう伝えたかったのかもしれない。

躊躇することなく「勿論です」と答えると会話はここで自然と終了し、お互いチャイムが鳴るまで勉強に集中した。


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