猫被りも程々に。

ぬい

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February

目撃

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あれからはなんとか無事体育を乗り切り、会長が作ってくれたコロッケを食べ、平和な日常が続いていた。

そして今日は2月に入ってすぐの金曜日。
次の日が休みということで俺はいつも通り会長の部屋に泊まりに来ていたのだが、宿題をしようと持ってきた鞄を漁ると問題集を部屋に忘れたことに気付く。

「宿題の問題集忘れたんで取ってきます」
「ん」

取りに行くのは別に明日でも良かったのだがなんとなく今日中に済ませておきたかったのでルームキーだけを握り締め、会長の部屋を一旦後にした。

(…誰か来てるのか)

非常階段を降りて、自分の部屋に入ると玄関には理久のでも俺のでもない靴が並んでいる。誰か遊びに来てるのかくらいの感覚で特に気にすることなくリビングのドアノブに手を掛けた、その瞬間。
聞こえてきた声に取りに来たことを心底後悔した。

「ぁ゛、やめ…」

微かに聞こえた声は理久の声。
その声色は明らかに甘ったるさを含んでいて、光景をみなくても何をしているのかすぐに分かる。

俺は気が付けば部屋を出て全力で非常階段を駆け上がっていた。

「おかえり」
「りりりりりりりりりりり理久が!!!!!!」

息を切らして部屋に戻ると焦った俺とは違い、会長は涼しい顔で勉強していて混乱していた頭が一気に冷静になる。とりあえず、床に倒れ込んで息を整えながら頭の中を整理した。

(あれは絶対やってた……確実にしてた……)

思わず逃げ出してしまったが明らかにあれはしている時の声だった。しかも相手は絶対久我先輩だ。今思い返すとどこかで見た事ある靴だった気がする。

「宮前理久が何?」
「や……その、取りに行ったら……喘ぎ声が…聞こえて……」 
「…してたの?」
「声しか聞いてないですけど…」

会長は興味無さそうにふーんと適当な相槌を打って、シャーペンを動かした。理久と久我先輩がやっていたことなんてこの人にとってどうでもいい話らしい。
あまりにどうでも良さそうなのであれだけ混乱していた自分がなんだか急に馬鹿らしくなってきた。

「で、問題集は?」
「リビングでヤってるんですよ!!取りに行ける訳ないでしょう!!」

目の前で勉強している姿を眺めていると分かりきったことを聞かれ、思わず取り乱して答える。
リビングで仲のいい友達がセックスしてる中、入っていける訳が無いだろ。というか仲のいい男友達が喘いでる姿なんて見たくない。

取り乱す俺に会長は持っていたシャーペンを置くと少し考えるように目を伏せた。

「俺が取りに行ってくるか」
「…正気ですか」
「別にどっちとも仲良くないし」

そのセリフ、久我先輩が聞いたら泣くぞ。
相変わらず久我先輩には辛辣な会長は立ち上がって玄関へと向かう。流石に一人で行かせるのもあれなので俺も後を追って非常階段を降りた。

夜遅いからか廊下には誰もいない。誰かに出くわしたら面倒なので素早くルームキーをかざして中に入ると玄関には先程見た靴はまだ並んでいて、部屋の中はやけに静か。きっとまだいたしているに違いない。

「お、俺はここにいるんで…」
「湊の部屋初めて入ったな。お風呂こっち?」
「ちょっと。真面目に止めてくださいよ」

問題集を取りに来たはずなのに勝手に部屋を探索し始める会長の背中を押して無理矢理リビングの扉の前まで連れて行く。扉越しから微かに物音が聞こえて、変な汗が垂れた。

「入っていい?」
「…どうぞ」

俺が少し離れたのを確認すると会長は躊躇うことなく扉を開ける。入って少し経ってからすごい叫び声が聞こえた。
理久、本当にごめん。心の中で何度も謝って、状況かなんとなるのを待つ。

暫くすると会長に名前を呼ばれて、恐る恐るリビングに足を踏み入れた。

入るなり出迎えてくれたのは正座した久我先輩と理久。
久我先輩はへらへらと笑っているが、理久は俯いていて表情が確認出来ない。

「やーすまんな。橘しょっちゅう部屋おらんし、理久全然俺の部屋来てくれへんから丁度良くて」
「……せめて部屋でやってくれませんか?」
「今度から気をつけるわ」

別にするなとは言わないが、リビングでは勘弁して欲しい。やるなら見えないところでしろ。
久我先輩に軽い説教をしているとずっと黙っていた理久が小さな声で何かを呟いた。聞き間違えじゃなかったら殺すとかそんな物騒な言葉が聞こえたような気がする。

聞き返そうと口を開きかけると理久は顔を上げて久我先輩の首に手を掛けた。

「お前を殺して俺も死ぬ!!!!」
「ちょ、ちょ!!締まってる締まってる!!」
「理久!!俺は気にしてないから!!」

真っ赤な顔で馬乗りになって首を絞める姿は本気で殺しかねない勢いだった。このままでは友人が捕まってしまう。というか俺も捕まる。

殺すなら俺の見えないところでしてくれと本音を混ぜつつ説得するとなんとか事なきを得て、3人息を切らして肩を揺らした。

(そう言えば、会長は……?)

こんな状況でも全く登場しない会長の姿にふと疑問を抱き、リビングを見渡す。部屋を物色するように歩く後ろ姿が見えて眉間に皺が寄った。少しはこっちに関心を持てよ。

「湊の部屋こっち?」
「この状況そっちのけで俺の部屋に興味持たないでくださ……ちょ、勝手に…」

勝手に部屋に入ろうとする会長に俺は慌てて立ち上がって追い掛けたが、間に合わず扉の前で静止した背中に勢いよくぶつかる。

「…本と教科書しかない。てか狭」
「普通の部屋はこうなんです」

その辺に置いた教科書を拾って軽く片付けながら答えれば、へーと興味津々に色々眺め始めた。この人代わりに取りに行くとか言ってたけど本当は俺の部屋を見たかっただけなんじゃ。

「今日ここ泊まろうかな」
「布団なんかないですよこの部屋」
「一緒に寝ればいいじゃん」
「嫌ですよ、狭いのに…」

教科書を机の上に置いて会長に視線を向けると開いた扉の前で理久が瞬きを何度も繰り返してこちらを見ていた。そこで俺は重大なことに気が付く。

「…ふ、二人って付き合ってんの?」
「ハァ!?橘お前まだ理久に言うてなかったん?!」
「だって…いちいち報告すんのも、なんか変かなって……」

そう言えば理久に何も言ってないんだった。
付き合った後、本当は報告しようと思ったのだが、よく考えてみたら俺と会長が付き合ったと報告したところでって感じだったし、浮かれてるようで恥ずかしくなったのでやめた。そうしたらどんどん言うタイミングがなくなり、年が明けて、現在。

「ていうか、理久あんまりプライベートなこと聞いてこないから興味ないのかと…」
「興味はめっちゃある!!」

何気なく放った言葉に理久は急に声を荒らげる。
今まで彼女の話も特に深くは聞いてこなかったし、俺がしょっちゅう部屋にいなくても特に突っ込まれなかった事はなかったのでその反応は意外だった。

「ただ…友達出来たことないから……どこまで聞いたらいのか…わからんくて……」
「昔から友達おらんかったもんな~」
「うん……」

理由はさらに意外なもので今度は俺が瞬きを繰り返す番。どうやら初めての友達に距離感を測りかねていたらしい。
今までそんな事情は何も知らず見た目の割に意外とドライなんだななんて思っていたから少し申し訳ない気持ちになった。早く言ってくれたらよかったのに。

「普通に何でも聞いてくれていいから」
「じ、じゃあ…いつから?きっかけは?どっちから?しょっちゅう部屋におらんかったのって会長の部屋にいたから?てか告白して振られたって言ってなかった?」
「いや多い多い」

食いつくように質問責めしてくる理久を少し宥めて、リビングのソファーに移動する。付き合った流れと事情を掻い摘んで話せば納得したような表情で予想もしてなかったことを言われた。

「じゃああの跡も会長がつけたやつだったのか」
「……は?」
「え、なに!なんの跡!?」

この前首んとこキスマークついてた、と話す理久に俺は一気に頭が真っ白になった。久我先輩は食いつくように話を聞いていて、それを止める余裕すら今の俺にはない。だって言葉の意味が全く理解出来ない。

「………なんで知ってんの?」
「体育で柔軟してる時に見えて。多分何人か気付いてる奴いたと思うけど……」

脳みそが理久の言葉を拒絶する。あの時誰にも突っ込まれなかったし、皆普通に接してくれてた。だから何事もなく終わったのだと今日まで信じていて、能天気にここ1週間過ごしていた訳だが、理久の話を聞くとそうではなかったらしい。

「……嘘だ」
「マジ。俺他の奴らに聞かれたもん。橘って恋人いんの?って」
「俺何も聞かれてねーよ!!」
「隠してたぽかったから気遣ったんじゃね?」

そんな気遣いいらない。俺のいない所でそんな話題されるくらいなら言ってくれた方がマシだった。最悪にも程がある。
跡の原因の人物に文句の1つでも言ってやろうかと口を開きかけたが、会長は特に焦った様子もなくまるで他人事ように話を聞いていて思わず開きかけていた口を閉じた。

「…なに?」
「い、いえ……なんでもないです……」

ここで責め立てたら確実に言い負かされる。表情を見た瞬間確信し、もうこの話は忘れることにした。そして一生跡つける許可はしないと心に誓う。多分。

自信のない誓いを立てた後、大体聞きたいことが終わったのか饒舌だった理久は口を閉じて、リビングに静けさが戻った。それを合図に座っていた会長が立ち上がる。

「俺荷物取ってくる」
「え、本当に泊まる気なんですか?」
「うん」

許可してないのに勝手に俺の部屋のルームキーを取って一旦部屋から出ていく姿に溜息が出た。視線を扉から正面に戻すと目の前の久我先輩が嬉しそうに目を輝かせている。

「四人でお泊まりかぁ…いい響きやなぁ」
「……理久、今日は久我先輩の部屋行ってくんね?」
「あーーーーー!人に注意しといてお前らセックスする気、いっだぁぁぁ!!!」
「しねーわ!一緒にすんな!!!」

机の上に置いてあった漫画本で思い切り頭を叩けば、久我先輩はやっとうるさい口を閉じた。余程痛かったのか頭を撫でて静かに口を尖らせる。このまま一生喋らなきゃいいのに。

そう思ったが、暫くすると荷物を持って戻ってきた会長に久我先輩は駆け寄って俺に聞こえるようにわざと耳打ちした。

「橘、今日セックスする気ないらしいで」
「しないの?一応ゴム持ってきたんだけど」
「しねーよ。いちいち見せてくんな」

もうやだ、本当に疲れる。
わざと箱を見せてくる会長の手を掴んで鞄に戻させて、この状況を眺めている理久に視線を向ける。もうこの状況をどうにかしてくれるのはこの人しかいない。頼むから今日は久我先輩の部屋に泊まりますって言ってくれ。
そんな願いを込めて「どーする?理久」と尋ねると理久は少し考えるように視線を動かした。

「ここにいる」
「……………なんで?」
「だってこうやって2人が仲良く話してるの見るの新鮮だし…」

俺との距離感を測りかねていた筈の理久は先程の質問責めで遠慮が無くなっていた。久我先輩のキラキラとした視線が痛いし、もう会長は泊まる気満々で勝手に俺の部屋に荷物置いてるし、状況はもう最悪。

「…いいですよ、じゃあ」
「よっしゃ。俺も泊まりの荷物持ってこよ~」

3対1は流石に勝てず、俺が許可すると久我先輩は満足そうな顔をして、この部屋のルームキーを握る。さっきから当たり前のように人の部屋のルームキー使ってるけどちゃんと許可取れや。

「泊まってもいいけどしないでくださいね!絶対ですよ!!!」
「なんや、フリか?」
「ちげーわ!!」
「へいへい。相変わらずうっさいなぁ、橘は」

念押しすると手を振りながら久我先輩は出ていき、部屋は3人になったことで静かになった。理久はなんだか緊張してるようだったが、会長はいつもと変わらない表情で寛いでいる。

とりあえずこのあとはお互い自室に籠る話になり、久我先輩は不満そうな顔をしたが、それだけはどうしても譲れなかったので無理矢理会長を引き連れて自分の部屋に向かった。
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