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March
春休み
三月下旬に入り、春休みに突入してから暫く。
冬休み同様、すっかり会長の部屋に入り浸っていた俺が荷物を取りに自室に戻ると久我先輩がソファーで物凄く寛いでいた。
(汚な……)
床には脱ぎ捨てられた服と飲み終えたペットボトル。漫画もそこら辺に転がっていて、頬が引き攣る。どうやら俺同様、久我先輩も部屋に入り浸っているらしい。
理久はそんな部屋の様子を気にすることなくゲームをしている。流石に耐えきれず、少し部屋を片付けていると久我先輩が思い出したように口を開いた。
「そういえば、橘って今日暇?」
「…今のところ暇ですけど…」
「良かった~。今日の夜な、前委員長で集まろうって話になってんねん。橘も来てや」
誘うのすっかり忘れてたわ~と掃除している目の前でポテトチップスを食べる姿に若干の苛立ちを覚え、一瞬断ろうかと思った。でも要先輩も来るという一言に思いとどまる。誘いをOKすると久我先輩は嬉しそうな顔で笑った。
「じゃあ、飯も風呂も済ませて8時にロビー集合な」
「分かりました」
「遅刻厳禁やで」
大体の片付けが済んでから俺は自分の部屋を後にする。
前委員長ということは恐らく前の委員長会議に来ていたメンツだろう。
そうなると会長も来るということになるが、部屋に戻っても会長は通常通り。お風呂と晩御飯を済ませてからも特に出かける様子はない。
不思議に思って「今日の集まり行かないんですか?」と尋ねると会長は読んでいた本から一切顔をあげずに答えた。
「面倒臭いから断った」
「え、断ったんですか」
支度をしない会長に薄々そんな気はしてはいたが、人付き合いは最低限するタイプだと思っていたので少し意外だった。
詳しい理由を聞くと「卒業したのにそこまで付き合う必要ない」と言われて納得する。確かに久我先輩と要先輩以外とは今後関わることなさそうだもんな。
「湊は行くの?」
「一応。要先輩来るって聞きましたし、俺も行った方がいいかなと思って…」
「ふーん。ま、頑張って」
完全に他人事の会長を横目に時計を見ると時刻はもう8時前。
急いで支度をして部屋を後にするとロビーではもう既に数人待っていた。その中には要先輩もいて、携帯を眺めながら待っている。
「参加する人結構多いんですね」
「秋斗くんによると全員参加らしいよ」
「へー。忙しい時期なのによく集めましたね」
要先輩を合わせた委員長会議のメンバーは全員で8人。今日来ない会長を除くと7人なので全員参加ということは後4人は来るだろう。
着いてから暫くは要先輩や他の先輩と話しながら暇を潰していると約束の時間から10分過ぎた辺りで久我先輩が「やー待たせて悪いな~」と軽く謝りながらやってきた。皆この人の適当っぷりに慣れているのか責め立てる様子はなく、むしろ10分程度の遅れに感心すらしている。
7人全員揃ったところで久我先輩に連れていかれるがまま、エレベーターに乗り込むと要先輩がふと尋ねた。
「どこでやるの?秋斗くんの部屋?」
「いや、支倉の部屋」
「ああ、だから待ち合わせ場所にいなかったんだ」
「そうそう。支倉だけ現地集合やねん」
弟の部屋のものであろう金色のカードキーをかざして6階のボタンを押す姿に俺は思考が止まる。今、聞き間違えじゃなければ会長の名前が聞こえたような。
何度思い返しても「面倒臭いから断った」と会長は言っていたので今の展開に疑問を抱く。でも少し考えて答えはすぐに出た。
目の前の男は会長を無理矢理参加させるためにアポ無しで部屋に向かっている、と。
俺が会長の部屋に入り浸ってるのは久我先輩も知っている筈なので新手の嫌がらせか何かかと思ったが、そんな様子はなく、ただ楽しそうに上がっていくエレベーターの扉を見つめている。
(…最悪だ…)
全員参加というのは会長を除いての全員参加ではなく、文字通りの全員参加。何か尋ねようにも尋ねられる状況ではなく、彼を止められる状況でもない。俺はひたすら神に祈った。というか会長に祈った。あの人ならきっとこの状況をなんとかしてくれる。そうに違いない。
部屋に置いてある私物の数々を思い浮かべながら、開いた扉から出て、すっかり見慣れた廊下を歩く。足は鉛のように重い。
チャイムを鳴らす背中を眺め、どうか居留守を使ってくれと願ったがその予想は見事に外れた。
「………」
「やっほー。遊びに来たで」
1回目のチャイムですんなりと出てきた会長は数十分前に出た俺が忘れ物でも取りに帰ってきたと思ったんだろう。
無愛想に扉を開けて何か言葉を発そうとした瞬間、久我先輩を見るなり目を見開いて、すぐに扉を閉めようと動かした。でも久我先輩が足を挟む方が早く、閉まらない扉の隙間から不機嫌そうな顔を覗かせる。
「…何?」
「集まる話してたやろ?その会場、支倉の部屋がええかなーと思って」
「無理」
「ちょちょちょ!!!もうみんな来てんねん!!!頼む!」
廊下で繰り広げられる攻防戦は5分ほど続いた。見たところ靴を挟んだ久我先輩が有利のようで、素を完全に出しきれていない会長はそこまで強い手段に出れてない。多分ギャラリーがいなかったら足でも思いっきり踏んで追い出していたと思う。
「秋斗の部屋でやればいいじゃん」
「俺の部屋もう引越し準備済ませてダンボールしかないねん!だからお願い!!」
「俺の部屋も引越しの準備で汚……」
「またまたそんなこと言うて~!絶対綺麗やろ!」
強引に身体を割り込ませて玄関に入った久我先輩を見て、流石に冷や汗が垂れた。久我先輩の侵入を許したら俺達も入っていかないといけなくなる。
止めたくても止められない立場の自分が出来るのはひたすら心臓を鳴らしながら会長を信じるのみ。信じた通り会長は珍しく焦った様子で久我先輩を掴んで引き留めた。
「ストップ」
「なんや」
「片付けるから5分待って」
久我先輩の強引さには勝てなかった様で眉を顰め、目を伏せる。溜息を1つ吐いてからそのままリビングへと消えていった。その間俺たちは久我先輩と共に玄関でただぼーっと会長が戻ってくるのを待つ。
そして5分経った頃。
約束通り戻ってきた会長に案内されるがまま部屋に入るとつい先程見た光景が広がった。
「なんや、めちゃくちゃ綺麗やん。てか広!」
「うわ、ほんとだ。つか支倉の部屋初めて入ったわ」
「俺も」
いつも見る風景。でも少し違うのは俺がいた痕跡が綺麗にさっぱり消えていることだった。
廊下から出ていない姿を見る限り、恐らく他の部屋は片付けられていないのだろうが、この部屋さえ綺麗にしておけばとりあえずはなんとかなるだろう。多分。
ほぼ一年経ち、委員長会議のたび少しソワソワしていた先輩達もすっかり会長に慣れたのか、特に緊張している様子もはしゃぐ様子もなく、テレビの前のテーブルの前に座る。
この数分でここまで片付けた会長に感動しながら、皆の所に向かおうとしている途中。1人の先輩が目の前を過った。
「支倉ー、コンタクト外すの忘れてきたから洗面所貸して~」
「「………」」
そこで先程すれ違った先輩が洗面所に向かったのだと気付き、気がつけば会長と俺は必死にその後を追い掛けていた。慌てて2人で廊下に出ると洗面所の扉を開けようとしていた先輩がキョトンとした顔でこちらを見る。
「びっ…くりした…2人ともどうした?」
「汚いから掃除でもしようかなって」
「…俺は…手、洗いたくなったので…」
相手が目を離した隙に会長は先に扉を開けて、中に入る。そして入るなり、さり気なく俺の歯ブラシをゴミ箱に捨てた。「なんだ、めっちゃ綺麗じゃん」と覗く先輩に思わず溜息が出る。なんでこんな目に遭ってるのか分からない。もう帰りたい。
それからは適当に手を洗ってリビングに戻ると久我先輩たちは卒業旅行のお土産を食べながら受験の話やら近況話で盛り上がっていた。
一頻り盛り上がった後、話題がなくなったのか今度はどうでもいい恋愛話に変わり、卒業式に誰々が告白しただのなんだのという話が繰り広げられる。何処の国のお土産か分からないチョコレートを食べて話に耳を傾けていると不意に俺に会話が振られた。
「前から気になってたんだけどさー、橘と藤田って付き合ってんの?」
「……はい?」
「あ、それ俺も気になってた!」
向けられた話題に驚き、瞬きを繰り返す。1年生の時から仲が良かったからか、そんな噂がちらほら流れていたらしい。噂に詳しい方でもないので全然知らなかった。
「付き合ってないよ」
「ほんとに?照れ隠しとかじゃなくて?」
「ほんとに。というか前に振られたもん、僕」
笑いながら言った要先輩の言葉にスムーズに続いていた会話が止まる。気まずそうな顔をする周りの人に比べて、要先輩は平気そうな顔で飲み物を飲んでいた。
「わ、悪い…変な事聞いて…」
「いいよ、もう吹っ切れてるし」
きっとこの話はこれで終わり。これ以上色々聞かれることは無いだろう。
そう思っていたのにお菓子を頬張っていた久我先輩が口を開いたせいで終わらなかった。
「やっぱりそれって支倉が理由なん?」
「…なんで支倉?」
何も考えずに発したであろう問い掛けに対して、他の人が不思議そうに聞き返す。そこでようやく自分が不味いことを聞いたと気が付いたのか、久我先輩は慌ててコーラでお菓子を流し込んだ。いつか本気で海に沈めたい。
「あ~、ほら…橘って支倉の親衛隊入ってたやん?」
「え!!橘、支倉の親衛隊入ってんの!?」
「…まあ、はい…」
「マジかよ、意外」
最悪過ぎる話の流れに久我先輩を思わず睨んだ。本人は必死にこちらを見ないように隣の人も話している。後で覚えとけよ、マジで。
「じゃあ今日沢山話す最後のチャンスじゃん。席変わるわ」
「え、いや…それは…」
「遠慮しなくてもいいって」
頼む、やめてくれ。人前であまり会話したくない。
この中にはせめてもう1人会長の親衛隊に入っている人がいたらこんな展開にはならなかったのだろうが、入っていたのは俺1人。会長の隣に座っていた先輩は笑顔で俺の腕を引っ張る。その間会長は貼り付いた笑みのまま。当然だが誰も止めてくれない。
「ど、どーも…」
「どうも」
「その…大学合格おめでとうございます…」
「ありがとう」
隣に座ってから少し不自然な会話をしてお互い沈黙。周りの人の視線が痛い。いつまでも黙っている俺に「遠慮せずに色々話していいから」なんて笑って言われた。展開的にも俺が話題を出すべきだということは分かっている。でも本当に話したいことが思い浮かばないし、何を話したらいいのか分からない。
どうしようか迷っていると見兼ねた会長が口を開いた。
「橘はどこの大学志望なの?」
「一応、T大です…」
「へえ、受かったら同じ大学だね。学部はやっぱり文系?」
「文系です…」
相槌を打つのに精一杯で会話を続けられる返答が思いつかず、俺はただ質問に答えるだけ。
受験話の他にも委員会の話等の当たり障りのない話題を振ってくれたが、どれも同じ調子で上手く返すことが出来なかった。
「い゛…!!!」
「どうした、橘」
「や、なんでも…ないです…」
10分ほどそんな調子で話していると突然太腿に痛みが走る。さり気なく机の下を覗くと綺麗な笑みを浮かべた会長に思いっきり抓られていた。心の中で何度も謝りながら、その手を軽く握ればすんなり離れる。
それからはお互い無理して会話をすることを諦め、適当に皆の会話に混じり、あっという間に時間が過ぎていった。
冬休み同様、すっかり会長の部屋に入り浸っていた俺が荷物を取りに自室に戻ると久我先輩がソファーで物凄く寛いでいた。
(汚な……)
床には脱ぎ捨てられた服と飲み終えたペットボトル。漫画もそこら辺に転がっていて、頬が引き攣る。どうやら俺同様、久我先輩も部屋に入り浸っているらしい。
理久はそんな部屋の様子を気にすることなくゲームをしている。流石に耐えきれず、少し部屋を片付けていると久我先輩が思い出したように口を開いた。
「そういえば、橘って今日暇?」
「…今のところ暇ですけど…」
「良かった~。今日の夜な、前委員長で集まろうって話になってんねん。橘も来てや」
誘うのすっかり忘れてたわ~と掃除している目の前でポテトチップスを食べる姿に若干の苛立ちを覚え、一瞬断ろうかと思った。でも要先輩も来るという一言に思いとどまる。誘いをOKすると久我先輩は嬉しそうな顔で笑った。
「じゃあ、飯も風呂も済ませて8時にロビー集合な」
「分かりました」
「遅刻厳禁やで」
大体の片付けが済んでから俺は自分の部屋を後にする。
前委員長ということは恐らく前の委員長会議に来ていたメンツだろう。
そうなると会長も来るということになるが、部屋に戻っても会長は通常通り。お風呂と晩御飯を済ませてからも特に出かける様子はない。
不思議に思って「今日の集まり行かないんですか?」と尋ねると会長は読んでいた本から一切顔をあげずに答えた。
「面倒臭いから断った」
「え、断ったんですか」
支度をしない会長に薄々そんな気はしてはいたが、人付き合いは最低限するタイプだと思っていたので少し意外だった。
詳しい理由を聞くと「卒業したのにそこまで付き合う必要ない」と言われて納得する。確かに久我先輩と要先輩以外とは今後関わることなさそうだもんな。
「湊は行くの?」
「一応。要先輩来るって聞きましたし、俺も行った方がいいかなと思って…」
「ふーん。ま、頑張って」
完全に他人事の会長を横目に時計を見ると時刻はもう8時前。
急いで支度をして部屋を後にするとロビーではもう既に数人待っていた。その中には要先輩もいて、携帯を眺めながら待っている。
「参加する人結構多いんですね」
「秋斗くんによると全員参加らしいよ」
「へー。忙しい時期なのによく集めましたね」
要先輩を合わせた委員長会議のメンバーは全員で8人。今日来ない会長を除くと7人なので全員参加ということは後4人は来るだろう。
着いてから暫くは要先輩や他の先輩と話しながら暇を潰していると約束の時間から10分過ぎた辺りで久我先輩が「やー待たせて悪いな~」と軽く謝りながらやってきた。皆この人の適当っぷりに慣れているのか責め立てる様子はなく、むしろ10分程度の遅れに感心すらしている。
7人全員揃ったところで久我先輩に連れていかれるがまま、エレベーターに乗り込むと要先輩がふと尋ねた。
「どこでやるの?秋斗くんの部屋?」
「いや、支倉の部屋」
「ああ、だから待ち合わせ場所にいなかったんだ」
「そうそう。支倉だけ現地集合やねん」
弟の部屋のものであろう金色のカードキーをかざして6階のボタンを押す姿に俺は思考が止まる。今、聞き間違えじゃなければ会長の名前が聞こえたような。
何度思い返しても「面倒臭いから断った」と会長は言っていたので今の展開に疑問を抱く。でも少し考えて答えはすぐに出た。
目の前の男は会長を無理矢理参加させるためにアポ無しで部屋に向かっている、と。
俺が会長の部屋に入り浸ってるのは久我先輩も知っている筈なので新手の嫌がらせか何かかと思ったが、そんな様子はなく、ただ楽しそうに上がっていくエレベーターの扉を見つめている。
(…最悪だ…)
全員参加というのは会長を除いての全員参加ではなく、文字通りの全員参加。何か尋ねようにも尋ねられる状況ではなく、彼を止められる状況でもない。俺はひたすら神に祈った。というか会長に祈った。あの人ならきっとこの状況をなんとかしてくれる。そうに違いない。
部屋に置いてある私物の数々を思い浮かべながら、開いた扉から出て、すっかり見慣れた廊下を歩く。足は鉛のように重い。
チャイムを鳴らす背中を眺め、どうか居留守を使ってくれと願ったがその予想は見事に外れた。
「………」
「やっほー。遊びに来たで」
1回目のチャイムですんなりと出てきた会長は数十分前に出た俺が忘れ物でも取りに帰ってきたと思ったんだろう。
無愛想に扉を開けて何か言葉を発そうとした瞬間、久我先輩を見るなり目を見開いて、すぐに扉を閉めようと動かした。でも久我先輩が足を挟む方が早く、閉まらない扉の隙間から不機嫌そうな顔を覗かせる。
「…何?」
「集まる話してたやろ?その会場、支倉の部屋がええかなーと思って」
「無理」
「ちょちょちょ!!!もうみんな来てんねん!!!頼む!」
廊下で繰り広げられる攻防戦は5分ほど続いた。見たところ靴を挟んだ久我先輩が有利のようで、素を完全に出しきれていない会長はそこまで強い手段に出れてない。多分ギャラリーがいなかったら足でも思いっきり踏んで追い出していたと思う。
「秋斗の部屋でやればいいじゃん」
「俺の部屋もう引越し準備済ませてダンボールしかないねん!だからお願い!!」
「俺の部屋も引越しの準備で汚……」
「またまたそんなこと言うて~!絶対綺麗やろ!」
強引に身体を割り込ませて玄関に入った久我先輩を見て、流石に冷や汗が垂れた。久我先輩の侵入を許したら俺達も入っていかないといけなくなる。
止めたくても止められない立場の自分が出来るのはひたすら心臓を鳴らしながら会長を信じるのみ。信じた通り会長は珍しく焦った様子で久我先輩を掴んで引き留めた。
「ストップ」
「なんや」
「片付けるから5分待って」
久我先輩の強引さには勝てなかった様で眉を顰め、目を伏せる。溜息を1つ吐いてからそのままリビングへと消えていった。その間俺たちは久我先輩と共に玄関でただぼーっと会長が戻ってくるのを待つ。
そして5分経った頃。
約束通り戻ってきた会長に案内されるがまま部屋に入るとつい先程見た光景が広がった。
「なんや、めちゃくちゃ綺麗やん。てか広!」
「うわ、ほんとだ。つか支倉の部屋初めて入ったわ」
「俺も」
いつも見る風景。でも少し違うのは俺がいた痕跡が綺麗にさっぱり消えていることだった。
廊下から出ていない姿を見る限り、恐らく他の部屋は片付けられていないのだろうが、この部屋さえ綺麗にしておけばとりあえずはなんとかなるだろう。多分。
ほぼ一年経ち、委員長会議のたび少しソワソワしていた先輩達もすっかり会長に慣れたのか、特に緊張している様子もはしゃぐ様子もなく、テレビの前のテーブルの前に座る。
この数分でここまで片付けた会長に感動しながら、皆の所に向かおうとしている途中。1人の先輩が目の前を過った。
「支倉ー、コンタクト外すの忘れてきたから洗面所貸して~」
「「………」」
そこで先程すれ違った先輩が洗面所に向かったのだと気付き、気がつけば会長と俺は必死にその後を追い掛けていた。慌てて2人で廊下に出ると洗面所の扉を開けようとしていた先輩がキョトンとした顔でこちらを見る。
「びっ…くりした…2人ともどうした?」
「汚いから掃除でもしようかなって」
「…俺は…手、洗いたくなったので…」
相手が目を離した隙に会長は先に扉を開けて、中に入る。そして入るなり、さり気なく俺の歯ブラシをゴミ箱に捨てた。「なんだ、めっちゃ綺麗じゃん」と覗く先輩に思わず溜息が出る。なんでこんな目に遭ってるのか分からない。もう帰りたい。
それからは適当に手を洗ってリビングに戻ると久我先輩たちは卒業旅行のお土産を食べながら受験の話やら近況話で盛り上がっていた。
一頻り盛り上がった後、話題がなくなったのか今度はどうでもいい恋愛話に変わり、卒業式に誰々が告白しただのなんだのという話が繰り広げられる。何処の国のお土産か分からないチョコレートを食べて話に耳を傾けていると不意に俺に会話が振られた。
「前から気になってたんだけどさー、橘と藤田って付き合ってんの?」
「……はい?」
「あ、それ俺も気になってた!」
向けられた話題に驚き、瞬きを繰り返す。1年生の時から仲が良かったからか、そんな噂がちらほら流れていたらしい。噂に詳しい方でもないので全然知らなかった。
「付き合ってないよ」
「ほんとに?照れ隠しとかじゃなくて?」
「ほんとに。というか前に振られたもん、僕」
笑いながら言った要先輩の言葉にスムーズに続いていた会話が止まる。気まずそうな顔をする周りの人に比べて、要先輩は平気そうな顔で飲み物を飲んでいた。
「わ、悪い…変な事聞いて…」
「いいよ、もう吹っ切れてるし」
きっとこの話はこれで終わり。これ以上色々聞かれることは無いだろう。
そう思っていたのにお菓子を頬張っていた久我先輩が口を開いたせいで終わらなかった。
「やっぱりそれって支倉が理由なん?」
「…なんで支倉?」
何も考えずに発したであろう問い掛けに対して、他の人が不思議そうに聞き返す。そこでようやく自分が不味いことを聞いたと気が付いたのか、久我先輩は慌ててコーラでお菓子を流し込んだ。いつか本気で海に沈めたい。
「あ~、ほら…橘って支倉の親衛隊入ってたやん?」
「え!!橘、支倉の親衛隊入ってんの!?」
「…まあ、はい…」
「マジかよ、意外」
最悪過ぎる話の流れに久我先輩を思わず睨んだ。本人は必死にこちらを見ないように隣の人も話している。後で覚えとけよ、マジで。
「じゃあ今日沢山話す最後のチャンスじゃん。席変わるわ」
「え、いや…それは…」
「遠慮しなくてもいいって」
頼む、やめてくれ。人前であまり会話したくない。
この中にはせめてもう1人会長の親衛隊に入っている人がいたらこんな展開にはならなかったのだろうが、入っていたのは俺1人。会長の隣に座っていた先輩は笑顔で俺の腕を引っ張る。その間会長は貼り付いた笑みのまま。当然だが誰も止めてくれない。
「ど、どーも…」
「どうも」
「その…大学合格おめでとうございます…」
「ありがとう」
隣に座ってから少し不自然な会話をしてお互い沈黙。周りの人の視線が痛い。いつまでも黙っている俺に「遠慮せずに色々話していいから」なんて笑って言われた。展開的にも俺が話題を出すべきだということは分かっている。でも本当に話したいことが思い浮かばないし、何を話したらいいのか分からない。
どうしようか迷っていると見兼ねた会長が口を開いた。
「橘はどこの大学志望なの?」
「一応、T大です…」
「へえ、受かったら同じ大学だね。学部はやっぱり文系?」
「文系です…」
相槌を打つのに精一杯で会話を続けられる返答が思いつかず、俺はただ質問に答えるだけ。
受験話の他にも委員会の話等の当たり障りのない話題を振ってくれたが、どれも同じ調子で上手く返すことが出来なかった。
「い゛…!!!」
「どうした、橘」
「や、なんでも…ないです…」
10分ほどそんな調子で話していると突然太腿に痛みが走る。さり気なく机の下を覗くと綺麗な笑みを浮かべた会長に思いっきり抓られていた。心の中で何度も謝りながら、その手を軽く握ればすんなり離れる。
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