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第二章 役立たず付与魔術師、【嫉妬の大罪】レヴィアタンを討伐する

第二一話「敵の攻撃から逃げ続けること――だが別に、あれを倒してしまっても構わない」

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 ※※※



 ぱっと見たときはのっぺりとした不気味なクジラだったが、よくよく見れば、レヴィアタンは何度か繰り返し殺されているのがわかった。


 周囲に血を撒き散らした跡。
 大きくばっくりと割れた傷が生々しく残っている脇腹。
 そして大きな火傷の痕跡。


 恐らくは、大剣で身を幾度か引き裂かれ、更には超高火力の魔術で繰り返し焼かれたのだろう。
 空を泳ぐだけの図体のでかい魔物にとっては、相当堪えた攻撃だっただろう。


 無駄に分厚い肉に守られているが、それでもレヴィアタンは少しずつ追い詰められているのだ。
 頭蓋をぶち抜いた俺のトンファーの攻撃の跡がじゅくじゅくと音を立てて治っていくのを眺めながら、俺はこれからのことを考えた。


(人質を助けながら、相手を撹乱させるために隊を分けて戦ったと聞く。その戦いに余裕は全くと言ってなかったに違いない)


 想像する。
 恐らく、人質の救出を後回しにして火力に一点特化すれば、より一層レヴィアタンを追い詰められていた可能性がある。
 それに踏み切らなかった理由は何か。
 もしかしたら人質たちは、ただの捕虜や食料ではなく、レヴィアタンに力を供給する役割を担っていたのかもしれない。


 具体的には、再生能力。
 この塔の中にいた人間を飼い殺していた理由があるとすれば、そう考えるのが自然だ。


(なるほど、再生能力ねえ……)


 俺との相性が最悪すぎて、話にならない。


 小型な魔物に対して、攻防に渡り高い応用性を誇る両手のトンファー。
 頑強な魔物を想定した、一点突破の火力を追い求めたリーチの短いパイルバンカー。
 近接戦闘以外にも相手に優位をとるための投擲武器の数々。


 それらと付与魔術を組み合わせて、仲間のサポートにも遊撃にも回ることができるのが、俺の今の強みである。
 そんな小回りが効くという長所も、巨大で再生能力がある魔物が相手となると途端に色褪せてしまう。


 有効打がない。
 いきなり万事休すの事態。


(だがそれはあくまで個人技で戦うときのこと、俺には俺の戦い方があるってものさ)


 ひょいと猫をつまみあげるようにモモを拾いあげ、そのまま抱っこの形で抱えて走り出す。ちょ、おま、何してんのとかぎゃあぎゃあうるさかったが、この場に至っては逃げることが優先事項である。


「ん? さっき入ってきた入口の扉が消えてる……?」


「認識おっそ! 知らないの? この空間は歪んでるの! 人が出入りするたびに有効な出入り口が変化するの! 分かってんの!?」


 何だそれ、反則だろ。
 俺の背後から迫ってくるレヴィアタンを避ける。体当たりの衝撃で割れる側壁と揺れる足場。頭上から降ってくる瓦礫を回避しながら、俺は思わず舌打ちした。


「も一つ反則級の情報を教えてやる!」


「まだあるの!?」


「ねじれの塔から出てきた人間は、記憶がシャッフルされた状態で出てくる! おかげでろくに情報を聞き出せない! ねじれの影響が記憶にも及んでるんだ!」


「え、は、はああ!?」


 絶叫。気持ちはわかる。
 流石は大罪の魔王、やること為すことえげつない。


 空を泳いでぶつかってくるだけの能無しかと思っていたが、ねじれの塔に細工してある罠の数々が恐ろしい。
 入ってきた人を簡単には出さない仕掛けと、恐らく人が入ってくれば入ってくるほど嫉妬の力を強くさせる性質、そして脱出した人々がその存在を言外できなくなる記憶の撹拌。


 まずは様子見のために情報収集と人質回収を優先しよう――なんて考えがちなベテラン冒険者たちだからこそ逆に引っかかりそうな悪辣な仕掛けである。
 事実、メスガキ華撃団と初司馬伝記纂行はそれによって壊滅的な被害を受けたと言っていいだろう。


 だが、レヴィアタンは失敗している。
 その恐るべき知性によって、昏睡状態から早く覚めて内部の情報を一部持ち帰ってきた男がいる。やはり司馬先生は只者ではなかった。


(……ああ、なるほどな、こいつは最高に骨の折れる仕事だ)


 時間がほしいと司馬先生は言った。
 稼いでやると俺は約束した。


 恐らく、モモ救出のために飛び出した俺が時間を稼いでいる間、もっとたくさんの情報を整理して思い出し、共有してくれるに違いない。
 そしてその情報をもとに、今度はレヴィアタン対策を整えてきた冒険者たちが来るに違いない。


(……あとは、持ちこたえるだけ)


 瓦礫の雨を避け続けて、強烈な振動に足がもつれそうになりながらも俺は走って逃げる。


 塔から脱出できなくなった今、俺のやるべき事はとても単純なものになった。


 敵の攻撃から逃げ続けること――だが別に、あれを倒してしまっても構わない。




















 掲示板 【討伐メンバー】レヴィアタン討伐隊 7【募集中】


 156:名無しの冒険者
 ニュース多すぎる、てかやばい
 討伐隊の司馬先生たちが生きて帰ってきた


 158:名無しの冒険者
 シマコー!


 159:名無しの冒険者
 よっしゃ!
 やっぱりリーダーボードに名前残ってるから生存してる説は正しかったな!


 161:名無しの冒険者
 モモちゃすは?
 一週間お風呂に入ってないモモちゃすは?


 163:名無しの冒険者
 シマコー生きてたんか!
 遠距離から超バ火力ぶっこむタイプの冒険者だから、サバイバル能力低いと思ってたけど違ったんか!
 やるやんけ!


 164:名無しの冒険者
 生存ってことはレヴィアタン討伐!?


 166:名無しの冒険者
 レヴィアタンの名前は脅威ボードにまだ残ってる


 167:名無しの冒険者
 シマコーの発言まとめた


 ○レヴィアタン情報
 ・レヴィアタンは空飛ぶでかいクジラ
 ・魔術耐性や物理耐性は特にない
 ・再生能力が異常に高い


 ○ねじれの塔情報
 ・塔内部は高さが無限に広がってる(落ちたら死ぬ)
 ・塔の至る場所に、人の嫉妬の感情を中央に集める魔術式を編み込まれている
 ・一度ねじれの塔に入ったら、ランダムな扉から正解を選ばないと脱出できない&一人ずつしか出られない
 ・塔の随所に不可能図形がたくさん折りたたまれており、空間そのものが歪んでいる
 ・ねじれの塔に入った人間は記憶がシャッフル(?)されてしまい、脱出した途端発狂する


 169:名無しの冒険者
 ヤバすぎんか


 171:名無しの冒険者
 まとめ乙


 172:名無しの冒険者
 >記憶がシャッフル
 これ地味にやばいな、魔術師殺しじゃん
 神話体系や言語学に精通してないと魔術発動できないのに、それらが一気にパアになるってことだろ?


 173:名無しの冒険者
 パリィすればええんやで


 174:名無しの冒険者
 あと、シマコーもミロク生きてるって言ってるな
 モモの救助はミロクに任せたって
 混乱してるのか


 175:名無しの冒険者
 第二討伐隊もう出発したみたい
 モモ助かるかも


 176:オジサン
 オジサンが、モモちゃんの一週間分のお風呂♨になったげるヨ(笑)
 なんちゃってネ(^_^;


 178:名無しの冒険者
 ガチでキモいし意味わからんくてワロタ


 179:名無しの冒険者
 ミロク生きてるの!?
 アンスィクルだね!? ねじれの塔の中にいるんだね!?




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