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第二章 役立たず付与魔術師、【嫉妬の大罪】レヴィアタンを討伐する

第二二話「そして今、そのすべての結果がここに結びつこうとしている」

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 執拗に目を狙う。投擲器を使って石つぶてを思いっきり目元に放り続けたら、多少は逸れてもデリケートな部分をえぐり取ることができる。目に当たれば大成功。えぐれた目が再生するまでの間、相手の体当たりの攻撃の精度が大幅に落ちる。


 目的は時間稼ぎの他にもある。
 相手の体内に尖った石をどんどん埋め込んでやるのだ。肉の再生される速さに巻き込まれて、今の相手の巨大な身体には結構な数の石つぶてが埋まっている。
 そして石礫の痛みのせいか、相手の旋回はゆったりしたものになり、時折空中で身悶えしたり、あるいは目元をかばうような動きを見せるようになっていた。


 血が見える。あれは身体に埋まった石がレヴィアタンの内側から身を割いている証拠だ。


(俺は徹底してお前を弱らせるぞ、レヴィアタン)


 衝突。飛び上がって何とか避けたが、今のはきわどかった。
 レヴィアタンによる体当たりの攻撃は、激しさを増している。
 石の痛みで躊躇するかと思っていたが、逆に相手の怒りを買ったらしい。


 ほぉぉん……と威嚇するような唸り声が聞こえる。
 それと同時に、相手の体に浮かびあがる嫉妬の大罪の紋様。魔術言語のスキルを高めた今は、その模様が何を意味しているのか薄っすらと読み取れる。古代ヘブル語やアッカド語をはじめとする、セム語系統の言語による修辞。


 呼応して塔全体もうっすらと光る。不可能図形が、フラクタル幾何が、魔力の渦をレヴィアタンに供給している。


 そして再びの突進。今度は下の床に飛び降りて難なく回避する。
 上から降り注ぐ瓦礫が鬱陶しかったが、投擲道具が増えたと思えば悪くない。


「……やるじゃん、おにぃ。さっすが逃げ隠れの天才さんだねぇ~~」


「落とすぞこら」


 長い拮抗。
 戦いは平行線を辿っている。敵の動きを見てから回避は余裕、こちとら視力と聴力と筋力には自信がある。体力的には結構しんどかったが、並列思考のおかげで周囲の地形に気を配りながら背中越しの攻撃を避けることができている。


 地味に熱源感知がいい仕事をしていた。振り返らなくてもレヴィアタンの大雑把な方向がつかめる。これを応用して、走りながら後ろを振り向かずに投擲できたりするので、敵の不意をつくのに丁度いい。


 呼吸が弾む。息が切れそうな逃避行だが、筋力の底上げのおかげで何とかまだ走れる。やはり筋肉は全てを解決してくれる。


「あ~あ、よわよわだねぇ、お魚さん❤ さっきから痛い痛いってお空でぐねぐね身をよじらせちゃっててぇ、ほんときっもぉい❤」


 きゃはは、張り切っちゃってる、どうせ負けちゃうのに張り切ってる、きもーい。
 とモモの援護射撃も徐々に効果を蓄積させている。この場においてレヴィアタンはもはや強者ではない。


 誰かに嫉妬するものが誰もいない今、嫉妬の魔王は、魔術的文脈を失っている。かの者はもはや、ただのよわよわのお魚さんだ。


 モモと目が合う。それだけで伝わる。
 俺は逃げる、モモは詠う。
 今この場において、俺とモモの心は一つになっていた。


(あの虚ろなる魔王は、絶対にこの場で仕留め切る。後からくる討伐隊のために、俺たちは出来る最善を尽くす)


 けたたましい咆哮。
 痺れを切らしたレヴィアタンが、また幾度となく突進を仕掛けてくる。もはやワンパターンだ。いつも通りこれを避けるだけ――と油断が少し入っていたところにそれは起きた。


「あ、れ」


 めしり、と。
 何もない空間がねじれて、レヴィアタンの図体が俺を、塔の内壁へとねじ込んでいた。










 ※※※










 迷宮トップチームの【瑠璃色の天使】があと数時間で駆けつけてくれる、彼らと合流して第二討伐隊としてレヴィアタンに挑む――と決まったとき、咄嗟に駆け出す影が一つ。


 彼女の胸元にあるのは、ミロクから借りた冒険者タグ。光らせることはできなかったけれど、冒険者ギルドにある魔石のコピーとの同調は確認できた。
 ミロクの代理として、メスガキ華撃団と司馬孔策チームの怪我人の手当と塔内部の情報の聞き出しと整理をしたあと、彼女に託された仕事はもう全てなくなった。


 あとは、ねじれの塔に急いで向かうのみ。
 昔よりもずっと丈夫になって走れるようになった身体で、その影は焦りの気持ちとともに街並みを駆け抜けていた。










 ※※※










 強大な質量。
 悪辣な殺意。


 体当たり攻撃だけではなく、レヴィアタンは、そのまま俺を塔の内壁に押しつけて、すり潰すつもりらしかった。


「……反則っ、だろ」


 トンファーを突き立ててパイルバンカーを発火させる。一撃だけではなく、二撃、三撃とこれを続ける。飛び散る肉片。焼けるような強烈な匂い。
 しかし、レヴィアタンは痛みに悶えながらも、俺から身体を離すことはなかった。


 我慢比べか。
 口の端から血の泡を吹きながら、俺は覚悟を決める。


「よ、よわよわの癖に、頭ばっかり擦りつけちゃって、盛りのついたわんちゃんみたい❤ なでなでしてほしいの? きもぉい❤」


 咄嗟に突き飛ばしたモモから援護が入る。だが心なしか動揺していて効き目が悪い。俺が口から血を流しているからだろうか。


 大丈夫。
 こう見えて骨と皮膚は頑丈なんだよ。血も造血力が底上げされているし。


 軋む身体に活を入れて、全身の筋肉に力を込める。パイルバンカーを同じ場所にぶち当てる。より奥深くに突き刺すように。ぐずぐずに焼けてずたずたになっているレヴィアタンのこめかみに、右腕がすっぽりと包まれる。


 躊躇わずにトリガーを引く。緋緋色金ヒヒイロカネの極太パイルが、圧縮された穿孔力を敵の体内にぶち当てる。反面、逃げ場のなくなった衝撃波の反動が俺の右腕をずたずたに引き裂いた。


 致命傷に苦悶する咆哮。


 直感する――これで頭蓋の芯を捉えた。
 しかし、レヴィアタンも一歩も引かずに俺を押し潰そうとする。先程の一撃が苦し紛れの一発だと分かっているのだ。
 言うなれば、お互いに命を握りあった状態だ。俺に残された時間は、あとわずか。


(だが、これなら、いけるか……?)










「ミロクっ」


 待ち望んでいた声。俺が呼んだ最高の援軍。
 まさにこの上ないタイミングだった。


「――クロエ! 今だ!」


 俺はこの瞬間、全てが上手く行ったことを悟った。
 レヴィアタンはきっと知らない。恐らくこの嫉妬の魔王は、今まで普通の冒険者たちとしか戦ったことがないであろう。
 ダンジョンのギミックの至る細部に工夫をこらし、巨体を活かした突進で戦い、再生を無限に続ける――そんな凶悪な魔王に対する一つの有効な切り札を、俺は持っている。


 有無を言わせぬ圧倒的な殲滅火力だろうか――違う。
 幾重にも編み込まれた弱体の呪詛だろうか――違う。


 それは俺とクロエだけしか知らない、魂の器に触れる禁忌の魔術。


 筋力で足止め・・・・・・する。
 俺の役割は、このパイルバンカーの魔道具と俺自身の肉体を持って、巨体のレヴィアタンを食い止めること・・・・・・・


 レヴィアタンから逃げ回るとき、隠密スキルは使わなかったのではない。
 全てこの瞬間のために、彼女に譲渡した・・・・のだ。


 何度も石つぶてに潰されて不自由になった目の視界と、自らの巨体の影と、俺の威圧スキル・・・・・の影に隠れて察知できないこの不可避の一撃。


 魂の器を根こそぎ吸い取るその力は、魂啜りと忌み嫌われた彼女のもつ奇跡の力の一つ。










「――吸魂せよ!」










 叫び。そして咆哮。
 大罪の悪魔の力が恐ろしい速度で減衰していくのを感じる。それは衰退を嘆く悲痛の声。もしくは虚無に溶けゆく最期の断末魔の叫びか。
 ねじれの怪物は、この世のすべてを呪い尽くさんばかりに吠えた。


「――は、はは、はははっ! ざまぁみやがれ! たっぷり喰らいな、勘違い野郎め! お前だけが人を餌代わりに貪る側だと思い上がってたか!」


 頭蓋の骨のひび割れを掴む。こめかみを固定されたレヴィアタンは暴れるに暴れられない状態となっている。
 目の周辺を投擲で執拗に狙ったのは、こうやって掴みやすい石つぶてや砕けた敵の骨を、神経の集中する顔近辺に作り出す狙いもあった。


 こいつを握って離さなきゃいい。こう見えて俺は、しがみつくのは得意だ。付与魔術たった一つにしがみついて、俺はここまでやってきたのだから。


 ――――――――。


 捩れた命の金切り声。
 人に嫉妬し、欲望に嫉妬し、この世のありとあらゆるものに嫉妬してきた感情の渦が、塔内部のありとあらゆる魔術刻印と共鳴する。
 無限に再帰する羨望の感情は、もはや磨り減って潰えようとしている。


 大いなる命が、今終わりを迎えようとしていた。


「……悪いが、クロエには狩りの基本は死ぬほど叩き込んだものでね」


 動けなくなった魔物に、吸魂魔術を当てる練習は数え切れぬほど積み重ねてきた。こんなに図体がでかくて視界も潰されている魔物だなんて、クロエからすれば簡単極まりないだろう。
 彼女のことならば何だって分かる。
 きっと、戦いの今この瞬間で何を考えているのかも。


 忍耐なき王、虚ろなる迷宮の名代、嫉妬の大罪のレヴィアタン。
 司馬先生が人質を救出することで弱体化させて、モモが呪詛を浴びせかけて弱体化させて、そして今、そのすべての結果がここに結びつこうとしている。


 押し潰そうとするレヴィアタンの圧力は、依然として恐ろしく強かった。だがそれは怒りや殺意による力ではなく、最期の力を振り絞るときの強さに似ていた。


「じゃあな、レヴィアタン」


 パイルバンカーの一撃。
 相手の魂の器レベルを弱体化させてからのこの一撃は、頭蓋の奥を確実に貫いた手応えがあった。


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