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第1章:餃子と出会いの街──心旅、横浜より始まる
第1話:出会いと祖父と父の味
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午後の陽ざしが傾き、舗道に静かな影を落とし始めた頃──彼女は、和聖の店の前に立っていた。
横浜駅前の一坪店舗は、電車が着くたびに改札口から人波が押し寄せ、店先はごった返していた。
「六個入りでしょうか? 十個入りでしょうか?」
会社帰りの客と勘違いした和聖が、声を張り上げる。
すると彼女は名刺を差し出しながら言った。
「私は雑誌の食レポを担当しています」
肩にはカメラがぶら下がっていた。
「あとにしていただけますか? 今、手が回らないんですよ」
しかめっ面の和聖。
かき入れ時だった。取材はありがたいが、今は客の対応で手一杯だった。
「手伝いましょうか」
そう言うが早いか、彼女は混雑する客の間をすり抜け、店の裏口を探し始めた。
──それが、恵子との物語の扉が開いた瞬間だった。
店の客足が落ち着いてから、二人のインタビューは静かに進んだ。熱が少し引いた店内の鉄板の傍らに和聖は立ち、恵子は一坪店舗のカウンター越しにメモ帳を開いた。
夕方の喧騒が嘘のように静まり返った駅前で、二人は向き合った。
恵子はメモを取りながら、和聖の過去に触れる。
「冷凍餃子の工場を営んでいらしたお父様が倒れたとき、すぐに店を継がれたんですか?」
「ええ。あのときは、迷う暇もなかったです。父の味を守るというより、ただ、止めたくなかったんです」
「その決断、すごいですね。親子の物語としても、深いものがありそうです」
「でも、親子って難しいですよね。近すぎて、見えなくなることもあります」
恵子は頷いた。和聖は、彼女の視線が外の客に向いていることに気づいたが、その表情の意味までは読み取れなかった。
◇◆◇
「父、倒れた」
スマホに届いた母からの短いメッセージが、和聖の心を凍らせた。
三代続いた冷凍餃子製造会社。かつては町の誇りだったが、時代の波に飲まれ、売上は右肩下がり。
利益は消え、工場に響く機械音だけが、過去の栄光をかすかに思い出させていた。
倒産の「と」の字が現実味を帯びるなか、和聖は家業を継ぐことを拒み続けていた。
高校時代からアルバイトしていた靴下販売店。JR横浜線の主要駅に店を構え、やがてその会社の社長となった。
一坪の店舗で、人と商品を見つめる力を養った。
経営者が病に倒れたことで株式を買い取り、オーナー社長となった。
だが、父の病をきっかけに、和聖は立ち止まる。
「このまま終わらせていいのだろうか」
冷凍餃子は、祖父が戦時中、中国で命を助けた敵軍の中国人から習ったレシピだった。
父が守り、母が支えた味。和聖は決意する。
「工場で職人たちが仕込んだ餃子を焼いて売る。駅前で、一坪で、私が届ける。今度は直営で売りさばくんだ」
今まではスーパーや百貨店への卸で売価を決められていたが、直営なら利益を確保できる。それでも和聖は欲を出さず、近隣店より安く販売した。その結果、毎日長蛇の列ができた。
横浜駅前店では、和聖が陣頭指揮を取り、ガードマンを使わず自ら客の列をさばいた。
靴下販売のノウハウを活かし、冷凍餃子を焼いて販売する小さな店舗をJR各駅前に展開。
SNS発信、試食イベント、職人のこだわり動画。最初は誰も見向きもしなかったが、ある日、ひとつの投稿がバズる。
「この餃子──父の味がする」
視覚障害のある中国人男性が、手触りと香りで和聖の餃子を選んだ。
その言葉に、和聖は涙をこらえた。
「報われた」
炎上も経験した。
「駅前で餃子なんて迷惑だ」
「家業にしがみついてるだけ」
それでも和聖は焼き続けた。一坪の店の前で、汗を流しながら。
和聖の餃子は「駅前の奇跡」と呼ばれるようになる。
餃子の売上は過去最高を記録し、工場は再び活気を取り戻した。
「夢は、日本一前向きな餃子ブランドになることです」
和聖は今日も、駅前で餃子を焼いている。
横浜駅前の一坪店舗は、電車が着くたびに改札口から人波が押し寄せ、店先はごった返していた。
「六個入りでしょうか? 十個入りでしょうか?」
会社帰りの客と勘違いした和聖が、声を張り上げる。
すると彼女は名刺を差し出しながら言った。
「私は雑誌の食レポを担当しています」
肩にはカメラがぶら下がっていた。
「あとにしていただけますか? 今、手が回らないんですよ」
しかめっ面の和聖。
かき入れ時だった。取材はありがたいが、今は客の対応で手一杯だった。
「手伝いましょうか」
そう言うが早いか、彼女は混雑する客の間をすり抜け、店の裏口を探し始めた。
──それが、恵子との物語の扉が開いた瞬間だった。
店の客足が落ち着いてから、二人のインタビューは静かに進んだ。熱が少し引いた店内の鉄板の傍らに和聖は立ち、恵子は一坪店舗のカウンター越しにメモ帳を開いた。
夕方の喧騒が嘘のように静まり返った駅前で、二人は向き合った。
恵子はメモを取りながら、和聖の過去に触れる。
「冷凍餃子の工場を営んでいらしたお父様が倒れたとき、すぐに店を継がれたんですか?」
「ええ。あのときは、迷う暇もなかったです。父の味を守るというより、ただ、止めたくなかったんです」
「その決断、すごいですね。親子の物語としても、深いものがありそうです」
「でも、親子って難しいですよね。近すぎて、見えなくなることもあります」
恵子は頷いた。和聖は、彼女の視線が外の客に向いていることに気づいたが、その表情の意味までは読み取れなかった。
◇◆◇
「父、倒れた」
スマホに届いた母からの短いメッセージが、和聖の心を凍らせた。
三代続いた冷凍餃子製造会社。かつては町の誇りだったが、時代の波に飲まれ、売上は右肩下がり。
利益は消え、工場に響く機械音だけが、過去の栄光をかすかに思い出させていた。
倒産の「と」の字が現実味を帯びるなか、和聖は家業を継ぐことを拒み続けていた。
高校時代からアルバイトしていた靴下販売店。JR横浜線の主要駅に店を構え、やがてその会社の社長となった。
一坪の店舗で、人と商品を見つめる力を養った。
経営者が病に倒れたことで株式を買い取り、オーナー社長となった。
だが、父の病をきっかけに、和聖は立ち止まる。
「このまま終わらせていいのだろうか」
冷凍餃子は、祖父が戦時中、中国で命を助けた敵軍の中国人から習ったレシピだった。
父が守り、母が支えた味。和聖は決意する。
「工場で職人たちが仕込んだ餃子を焼いて売る。駅前で、一坪で、私が届ける。今度は直営で売りさばくんだ」
今まではスーパーや百貨店への卸で売価を決められていたが、直営なら利益を確保できる。それでも和聖は欲を出さず、近隣店より安く販売した。その結果、毎日長蛇の列ができた。
横浜駅前店では、和聖が陣頭指揮を取り、ガードマンを使わず自ら客の列をさばいた。
靴下販売のノウハウを活かし、冷凍餃子を焼いて販売する小さな店舗をJR各駅前に展開。
SNS発信、試食イベント、職人のこだわり動画。最初は誰も見向きもしなかったが、ある日、ひとつの投稿がバズる。
「この餃子──父の味がする」
視覚障害のある中国人男性が、手触りと香りで和聖の餃子を選んだ。
その言葉に、和聖は涙をこらえた。
「報われた」
炎上も経験した。
「駅前で餃子なんて迷惑だ」
「家業にしがみついてるだけ」
それでも和聖は焼き続けた。一坪の店の前で、汗を流しながら。
和聖の餃子は「駅前の奇跡」と呼ばれるようになる。
餃子の売上は過去最高を記録し、工場は再び活気を取り戻した。
「夢は、日本一前向きな餃子ブランドになることです」
和聖は今日も、駅前で餃子を焼いている。
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