現(うつつ)の夢

しらかわからし

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第1章 夏の始まりと塀の向こうの少年

1-3話 暗い坂道と落ちた先に龍児という名の少年

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父の声は、もう綾香の耳には届いていなかった。
数分歩くと、分かれ道が現れた。右は明るく開けていて、左は鬱蒼とした草木に覆われて暗い。
「どっちにしようかな、神様の言うとおり!」
指差した先は、暗い左の道だった。
蝉の声が一層響く中、綾香は暗い道へと足を踏み入れた。

◇◆◇

坂を登るほどに、道は獣道のように狭くなり、湿った落ち葉で足が滑りそうになる。
戻ろうとしたが、道は三方向に分かれていた。
「あれ、どこから来たんだっけ……?」
空は茜色に染まり、焦る綾香。
その時、足を滑らせて斜面に転げ落ちた。
「キャー!」
泥だらけになりながらも、怪我はなかった。
そこへ、頭上から声がした。
「あんた、そんなところで何してるの?」
見上げると、夕日に照らされた少年がしゃがんでいた。
「落っこちたんだ?」
「うん、登れなくなったの。手を貸してよ」
「はいよ!」
差し出された手を握り、綾香は引き上げられた。
「ありがとう、助かったよ!」

◇◆◇

綾香は龍児の後ろ姿を見送りながら、ふと胸の奥が温かくなるのを感じていた。
暗い道に迷い、不安に押し潰されそうだった自分を、彼は何の見返りもなく助けてくれた。口は悪いけれど、どこか憎めない。
龍児が再び暗い坂道へと消えていくのを見届けながら、綾香は小さく呟いた。
「変な子だったけど……ありがとう」
その背中は、まるでこの山の一部のように自然で、どこか懐かしさを感じさせた。
綾香は、祖母の家へと続く明るい道を歩き出す。
蝉の声はまだ鳴り止まず、夕暮れの空に響いていた。
この夏休みが、ただの退屈な田舎暮らしでは終わらない予感が、綾香の胸に静かに芽生えていた。
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