現(うつつ)の夢

しらかわからし

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第1章 夏の始まりと塀の向こうの少年

第2-2話 あやかし坂の伝説

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名古屋の親戚や母から変わり者と訊いていた祖母を綾香は会う前から煙たがっていた。でもこの人はこんなに穏やかで優しい人だ。不安がったり警戒したり、失礼なことをしてしまった。夕飯を食べながら内心反省した。やっぱり人は誰かの判断ではなくて自分の目で見て判断しなくてはいけないと思った。

 大事な夏休みがこのド田舎で消えると知った時はすごくショックだったが、案外、父の言うとおりでいい経験になるかもしれない。

 そんなことを考えていると、祖母が自分の料理に箸を入れつつ話しかけてきた。

「それにしても綾香。しったげ遅がったんだども、どうしたの?それにしても綾香。随分遅かったけど、どうしたの?」

「うん、山で道に迷っちゃったんだ。心配させてごめんなさい」

 綾香が料理を飲み込みながら言うと、祖母は心配そうに頬に手を当てた。

「迷ったって……綾香……まさが……迷ったって……あやがし坂あやかし坂には行ってねよね?ないよね?」

「あやかし……ざか……?」

 聞き慣れない言葉に、綾香は箸を止めた。

 祖母が頷き、「うん」と言った。

「この現川村さ伝わる話でね。|こさここに来るまでの途中さ途中に、分がれ道があったべ?あったでしょ?」

 あの、綾香が間違えたところだろうか。

「|あの分がれ道の、右側の坂道があやがし坂っつってね。暗ぐで不気味な坂道見えだべ?」

 祖母の言葉に頷いた。

 間違えてそちらの道に入ったことを話そうとしたが、祖母が先に言葉を続けた。

「あそさはあそこには、人間の格好した、あやがしが来だふとの来た人の金品盗る事や、酷ぇ時はひどい時は命まで取られる事もあるのよ」

(なにを大真面目に言っているんだ、この人は。パパと一緒だ。でもパパは今日までそんな話をしなかった)。

 綾香は眉をしかめて、そう言えば母が、「妖怪あやかし好きの宗教婆さん」と良く言っていたことを思い出した。

 母は祖母とは義理の関係で兎に角、昔は性格が合わなくて父の実家だが寄り付く事は無かったが今ではとても仲がいい。

「へえ、妖怪あやかしとはね」

 そうだった、親戚一同が祖母を変わり者扱いするのは、こういうところがあるからだった。祖母は更に神妙な面持ちで話した。

「あそさ棲むあやがしは、人間さ深ぇ怨みたがいでらんだよ深い怨みを持っているんだよ」

 その道を歩いてしまったことは言わない方がよさそうだ。祖母は満足そうにニコリと笑った。

「んだどもでも大丈夫。奈良時代さ神社がでぎで、妖怪は人村には降りでこられねぐなったがらね」

 手前にあった神社を思い出した。祖母が続けた。

「それにあやがしには、強力な呪いがががってらのかかっているの。あやがしは、人間にちょすと触ると溶げでしまうのよ」

 綾香は「ナメクジみたいだね」と言って、料理を口に運び、「じゃあ、もし妖怪に会っても襲ってこないよね!」

「そうね、んだどもでも人間の体さ直接ちょさね方法で、何がしらの悪戯はしてくるがもしれねわしれないわ」

 祖母は楽しそうに話した。祖母の話だと、綾香が間違えて入っていった、あの暗い坂道が、妖怪あやかし坂だったことになる。だが妖怪なんかいなかった。むしろ、あそこには人間の龍児がいた。普通に人が出入りしていたのだ。龍児は綾香に手を差し出してくれて直接、お互いの体に触れあった。

 夕方以降に来たことを怒られはしなかったけれど、なかったことにはなっていない。やはり祖母は変わっている。優しい人だけれど、変わっているのも事実だ。これから始まる夏休みを思いながら綾香は苦笑いした。
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