2 / 130
第1章 父の死と王国の影:喪失の中で芽吹く決意
1-1話 奪われた恋と父の予兆:王の馬車と静かな灯火
しおりを挟む
かつてジャーマン王国には、奇妙な噂が囁かれていた。
「王様に見初められた者は、必ず誰かの恋人である」――そんな話だ。
王は恋を奪う。
それは戦略でもなければ、政治でもない。
ただ、誰かが誰かを大切に思う姿が、王の興味を引くのだ。
グレッグはその噂を笑っていた。
まさか、そんなことがあるはずがないと。
だが、恋人が王の馬車に乗せられ、城へ向かったその日、彼の笑いは喉の奥で凍りついた。
言葉にはしなかった。
ただ、心の奥で静かに灯を燃やした。
――王が奪うなら、僕は取り戻す。民のために。これは始まりに過ぎない。
◇◆◇◆◇
父が亡くなった。
グレッグには兄弟姉妹はおらず、親戚も父の弟である叔父が一人だけだった。
父が倒れたのは、二十年ぶりに遠い親戚が見舞いに訪れ、我が家に泊まった翌朝のことだった。
そのまま、息を引き取った。
前日、グレッグはイーストバーグのスラム街にある叔父の家を訪ねていた。
「今後のことを話したい」と呼ばれていたのだ。
訪問は二度目だったが、家にはいるのは初めてだった。
窓の下には川が流れ、その向こうに孤児院が見えた。
叔父は、グレッグを受取人とした金貨三枚の預金通帳と、古びた戸籍謄本を手渡した。
(半端な額だな)とグレッグは思った。
何年も前に取得した戸籍謄本など無効だと告げると、「参考に取っておけ」と言われた。
そして、それで自分の葬式を上げてくれと頼み、墓の話を始めた。
父方の墓は、ビュースム郡ヘドヴィッヘンコーフ近くの教会の霊園にある。
幼い頃、両親に連れられて何度か馬車で墓参りに行った記憶がある。
母は、叔父が管理費も払わず放置していたため、危うく無縁墓として処理されるところだったと文句を言っていた。
叔父は、「それは父方の墓だから、母がどう考えているのか知りたい」と言い、ヴェシュテルダイヒシュトリッヒにあるグレッグの実家へ行きたいと申し出た。
だがグレッグは、実家を追い出されてから十年以上、何度手紙を送っても返信はなく、訪問しても門扉すら開けてもらえず、追い返される日々が続いていた。
「行くなら約束はしない方がいい」と忠告した。
実家はヴェストファーレン州ボンの田舎にあり、途中で乗り合い馬車を降りて、幅の狭い馬車に乗り換えなければ辿り着けない。
細い崖沿いの道の先にある、隔絶された場所だった。
一日中ベッドに横たわり酒を飲んでいた叔父は、五十二歳という年齢もあり、足腰が衰えていた。
大きな乗り合い馬車から小さな馬車への乗り換えは、彼にとって容易ではなかった。
乗り換え地に着くと、叔父は「土産に果物を買いたい」と言い出した。
洒落た店などない村だと伝えても、目の前の八百屋でリンゴを買った。
さらに「葡萄酒が飲みたい」と言うので、グレッグが酒屋で買ってきた。
馬車乗り場の立ち食いスペースで飲ませようとしたところ、「酒は止めてくれ」と言われたため、横のベンチに座らせて飲ませてから、実家へ向かった。
その道の先に、静かに揺れる灯があった。
それが、グレッグの過去と向き合う始まりだった。
つづく
「王様に見初められた者は、必ず誰かの恋人である」――そんな話だ。
王は恋を奪う。
それは戦略でもなければ、政治でもない。
ただ、誰かが誰かを大切に思う姿が、王の興味を引くのだ。
グレッグはその噂を笑っていた。
まさか、そんなことがあるはずがないと。
だが、恋人が王の馬車に乗せられ、城へ向かったその日、彼の笑いは喉の奥で凍りついた。
言葉にはしなかった。
ただ、心の奥で静かに灯を燃やした。
――王が奪うなら、僕は取り戻す。民のために。これは始まりに過ぎない。
◇◆◇◆◇
父が亡くなった。
グレッグには兄弟姉妹はおらず、親戚も父の弟である叔父が一人だけだった。
父が倒れたのは、二十年ぶりに遠い親戚が見舞いに訪れ、我が家に泊まった翌朝のことだった。
そのまま、息を引き取った。
前日、グレッグはイーストバーグのスラム街にある叔父の家を訪ねていた。
「今後のことを話したい」と呼ばれていたのだ。
訪問は二度目だったが、家にはいるのは初めてだった。
窓の下には川が流れ、その向こうに孤児院が見えた。
叔父は、グレッグを受取人とした金貨三枚の預金通帳と、古びた戸籍謄本を手渡した。
(半端な額だな)とグレッグは思った。
何年も前に取得した戸籍謄本など無効だと告げると、「参考に取っておけ」と言われた。
そして、それで自分の葬式を上げてくれと頼み、墓の話を始めた。
父方の墓は、ビュースム郡ヘドヴィッヘンコーフ近くの教会の霊園にある。
幼い頃、両親に連れられて何度か馬車で墓参りに行った記憶がある。
母は、叔父が管理費も払わず放置していたため、危うく無縁墓として処理されるところだったと文句を言っていた。
叔父は、「それは父方の墓だから、母がどう考えているのか知りたい」と言い、ヴェシュテルダイヒシュトリッヒにあるグレッグの実家へ行きたいと申し出た。
だがグレッグは、実家を追い出されてから十年以上、何度手紙を送っても返信はなく、訪問しても門扉すら開けてもらえず、追い返される日々が続いていた。
「行くなら約束はしない方がいい」と忠告した。
実家はヴェストファーレン州ボンの田舎にあり、途中で乗り合い馬車を降りて、幅の狭い馬車に乗り換えなければ辿り着けない。
細い崖沿いの道の先にある、隔絶された場所だった。
一日中ベッドに横たわり酒を飲んでいた叔父は、五十二歳という年齢もあり、足腰が衰えていた。
大きな乗り合い馬車から小さな馬車への乗り換えは、彼にとって容易ではなかった。
乗り換え地に着くと、叔父は「土産に果物を買いたい」と言い出した。
洒落た店などない村だと伝えても、目の前の八百屋でリンゴを買った。
さらに「葡萄酒が飲みたい」と言うので、グレッグが酒屋で買ってきた。
馬車乗り場の立ち食いスペースで飲ませようとしたところ、「酒は止めてくれ」と言われたため、横のベンチに座らせて飲ませてから、実家へ向かった。
その道の先に、静かに揺れる灯があった。
それが、グレッグの過去と向き合う始まりだった。
つづく
0
あなたにおすすめの小説
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる