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第7章:罪の記憶と影の囁き
第6話:偽りの届出と揺れる記憶
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昼下がり、私のスマートフォンに一本の電話が入った。画面には娘の名前が表示されていた。受話器越しに聞こえてきた声は震えていた。
娘婿が会社に退職届を勝手に提出し、さらに結婚を解消するために離婚届を偽造して市役所に提出したというのだ。信じがたい知らせに私はしばらく言葉を失い、夫に詳細を伝えると、急ぎ水戸の娘宅へ向かった。
車を走らせながら、私は自問自答を繰り返した。
「どうして……」
胸の奥で呟いた声は震えていた。娘の未来を支えるはずの男が、突然すべてを投げ捨てて姿を消した。残されたのは、娘の悲しみと、家族の絆を断ち切る冷たい現実だけだった。
走る車内で、私は過去の記憶を思い返していた。娘婿は決して悪人ではなかった。むしろ真面目で、家族を大切にするように見えていた。だが、その裏側には私自身への複雑な感情が潜んでいたのだ。
――あの夜。
ふとしたきっかけで娘婿に触れられた私の身体。その瞬間に走った熱は、彼の心に深く刻まれてしまったのだろう。
私自身も、忘れようとして忘れられなかった。年齢を重ねた自分の身体が、若い男の欲望を呼び起こしたという事実は、羞恥と同時に奇妙な誇りを伴っていた。
「自分のせいなの……?」
私は自問した。娘婿が妻を捨て、家庭を壊してまで逃げたのは、私の存在が心に影を落としていたからではないか。彼は娘を愛していたはずだ。だが、私の身体の記憶が彼を狂わせたのだ。
先日、荷物を取りに和永さんと一緒に娘の家へ行った時、娘婿は私に向かって叱責した。
「僕はずっと思っていたんです。美月と結婚したけれど、本当に欲しかったのは麻衣子さんだった。今でもその気持ちは消えていません」
「わかっています。でも、麻衣子さんと僕が肌を重ねた時の全てで、あなたが絶頂にひれ伏して呻いたあの狂おしい声と顔が忘れられないのです。だからまた麻衣子さんを抱いて、あの声と顔を見たい」
その言葉が走馬灯のように私の頭を巡り続けていた。
市役所に提出された偽造の離婚届は、冷酷な現実を突きつける。紙一枚で結婚が解消され、娘は突然「捨てられた妻」となった。
私は娘を抱きしめ、涙を流すしかなかった。母として守らなければならないのに、心の奥では別の痛みがうずいていた。
――忘れられない身体の記憶。
それは罪であり、呪縛だった。もしあの時、彼を拒絶していれば、こんなことにはならなかったのではないか。
だが同時に、彼の視線に映った自分の姿を思い出すと、心は切なく震えた。女としての自分がまだ存在していることを、彼は証明してしまったのだ。
「娘を傷つけてまで、何を求めたの……」
問いは虚空に消えた。娘婿はもうどこにもいない。会社も家庭も捨て、行方をくらました。残されたのは、私の心に刻まれた揺れと、娘の涙だけだった。
夜、私は娘の家で台所に立ち、包丁を握りながら考え込んでいた。料理を作る手は震え、鍋の湯気が視界を曇らせる。
娘婿の笑顔、優しい言葉、そして何度も身体を重ねた日々の記憶が次々に蘇る。忘れたいのに、忘れられない。
あの時の私は母である前に、一人の女だった――。
その事実が私を苦しめていた。
娘婿の失踪は、家庭の崩壊であると同時に、
私自身の心の罪を暴き出す出来事だった。
娘は泣きながら眠りについた。
私はその隣で静かに見守りながら、心の奥で決意した。
もう二度と、他人の男の前では女としての自分を表に出してはならない。
母として、妻として、家族を守るために生きるしかないと。
だが、胸の奥に残る熱は消えなかった。
忘れられない身体の記憶は、私を永遠に揺らし、苦しめ続けるだろう。
◇◆◇
その夜、和永さんからスマートフォンに電話があった。
「俺が仕事をしていた時間に、窓ガラスが割れて家に誰かが侵入して、タンスに仕舞ってあったお前の下着と干してあった下着が全部無くなっていたんだ。警察の現場検証で分かったことなんだが」
電話を切った後、私は体が震え、一睡もできなかった。
恐怖と羞恥、そして過去の記憶が重なり合い、心は深い闇に沈んでいった。
――つづく。
娘婿が会社に退職届を勝手に提出し、さらに結婚を解消するために離婚届を偽造して市役所に提出したというのだ。信じがたい知らせに私はしばらく言葉を失い、夫に詳細を伝えると、急ぎ水戸の娘宅へ向かった。
車を走らせながら、私は自問自答を繰り返した。
「どうして……」
胸の奥で呟いた声は震えていた。娘の未来を支えるはずの男が、突然すべてを投げ捨てて姿を消した。残されたのは、娘の悲しみと、家族の絆を断ち切る冷たい現実だけだった。
走る車内で、私は過去の記憶を思い返していた。娘婿は決して悪人ではなかった。むしろ真面目で、家族を大切にするように見えていた。だが、その裏側には私自身への複雑な感情が潜んでいたのだ。
――あの夜。
ふとしたきっかけで娘婿に触れられた私の身体。その瞬間に走った熱は、彼の心に深く刻まれてしまったのだろう。
私自身も、忘れようとして忘れられなかった。年齢を重ねた自分の身体が、若い男の欲望を呼び起こしたという事実は、羞恥と同時に奇妙な誇りを伴っていた。
「自分のせいなの……?」
私は自問した。娘婿が妻を捨て、家庭を壊してまで逃げたのは、私の存在が心に影を落としていたからではないか。彼は娘を愛していたはずだ。だが、私の身体の記憶が彼を狂わせたのだ。
先日、荷物を取りに和永さんと一緒に娘の家へ行った時、娘婿は私に向かって叱責した。
「僕はずっと思っていたんです。美月と結婚したけれど、本当に欲しかったのは麻衣子さんだった。今でもその気持ちは消えていません」
「わかっています。でも、麻衣子さんと僕が肌を重ねた時の全てで、あなたが絶頂にひれ伏して呻いたあの狂おしい声と顔が忘れられないのです。だからまた麻衣子さんを抱いて、あの声と顔を見たい」
その言葉が走馬灯のように私の頭を巡り続けていた。
市役所に提出された偽造の離婚届は、冷酷な現実を突きつける。紙一枚で結婚が解消され、娘は突然「捨てられた妻」となった。
私は娘を抱きしめ、涙を流すしかなかった。母として守らなければならないのに、心の奥では別の痛みがうずいていた。
――忘れられない身体の記憶。
それは罪であり、呪縛だった。もしあの時、彼を拒絶していれば、こんなことにはならなかったのではないか。
だが同時に、彼の視線に映った自分の姿を思い出すと、心は切なく震えた。女としての自分がまだ存在していることを、彼は証明してしまったのだ。
「娘を傷つけてまで、何を求めたの……」
問いは虚空に消えた。娘婿はもうどこにもいない。会社も家庭も捨て、行方をくらました。残されたのは、私の心に刻まれた揺れと、娘の涙だけだった。
夜、私は娘の家で台所に立ち、包丁を握りながら考え込んでいた。料理を作る手は震え、鍋の湯気が視界を曇らせる。
娘婿の笑顔、優しい言葉、そして何度も身体を重ねた日々の記憶が次々に蘇る。忘れたいのに、忘れられない。
あの時の私は母である前に、一人の女だった――。
その事実が私を苦しめていた。
娘婿の失踪は、家庭の崩壊であると同時に、
私自身の心の罪を暴き出す出来事だった。
娘は泣きながら眠りについた。
私はその隣で静かに見守りながら、心の奥で決意した。
もう二度と、他人の男の前では女としての自分を表に出してはならない。
母として、妻として、家族を守るために生きるしかないと。
だが、胸の奥に残る熱は消えなかった。
忘れられない身体の記憶は、私を永遠に揺らし、苦しめ続けるだろう。
◇◆◇
その夜、和永さんからスマートフォンに電話があった。
「俺が仕事をしていた時間に、窓ガラスが割れて家に誰かが侵入して、タンスに仕舞ってあったお前の下着と干してあった下着が全部無くなっていたんだ。警察の現場検証で分かったことなんだが」
電話を切った後、私は体が震え、一睡もできなかった。
恐怖と羞恥、そして過去の記憶が重なり合い、心は深い闇に沈んでいった。
――つづく。
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