月影に濡れる

しらかわからし

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第7章:罪の記憶と影の囁き

第10話:影の余韻と母の微笑

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麻衣子は和永には娘と孫の水戸の家に行くと言って家を出た。康彦は寒鷺島行きのフェリー乗り場に勤務し、港近くのアパートを借りて暮らしていた。人目を避けるには都合の良い場所だった。

昼の港は賑やかで、波の音と人々の喧騒が響いていた。麻衣子は胸の奥に罪悪感を抱えながらも、康彦の部屋の扉を開けた。

「待っていたよ」康彦の声は低く、熱を帯びていた。

室内には見慣れぬ小箱が置かれていた。康彦はそれを手に取り、麻衣子の耳元で囁いた。

「今日はこれで、もっと麻衣子さんの良い声を聞かせてもらって、あの淫靡で狂おしくて歪む恍惚の顔を見せてもらうから」と言ってオレンジジュースの中に媚薬を数滴たらし渡された。

麻衣子はそれを受け取ると一気に飲み干した。暫くして身体の奥がじんじんと疼いて来て自分で触りたくなるほどだった。

麻衣子は息を呑んだ。羞恥と恐怖が入り混じる中で、身体は抗えない熱を帯びていく。康彦の視線は鋭く、彼女の心を捕らえて離さない。
灯りを落とした部屋の中で、麻衣子は彼の仕掛けに翻弄され、理性を失っていった。波の音が遠くで響くたびに、心の奥で「これが最後」と繰り返すが、身体は裏切るように震え続けた。

「麻衣子さん……やっぱりあなたしかいない」康彦の囁きは執着そのものだった。
麻衣子は目を閉じ、罪の影に飲み込まれながらも、女としての自分が狂わされていくのを感じていた。

やがて沈黙の中で、麻衣子は小さく囁いた。  
「これで……本当に終わりにして」  

康彦は答えなかった。その沈黙が、約束なのか裏切りなのか、麻衣子には分からなかった。

ただ抱きしめ強く突き上げた。麻衣子は絶頂に達して彼にしがみ付き彼が望む声と顔を歪め晒した。

その姿を彼は静かに録画していた。

  ◇◆◇  

アパートを後にした麻衣子は、心に重い影を抱えながら水戸の街に車で行った。家の前について玄関でインターフォンを鳴らすと、冷たい風が頬を撫でる。罪の余韻はまだ身体に残っていたが、母としての役割が彼女を前へと進ませた。

美月の家に着くと、玄関先で孫の小さな声が響いた。  
「ばあば!」  

その声に麻衣子の心は一瞬で温かさに包まれた。罪の影が薄れ、母として、祖母としての自分が前面に出てくる。抱き上げた孫の体温は柔らかく、無垢な笑顔が麻衣子の心を救った。  

美月は少し疲れた様子で出迎えた。  
「お母さん、来てくれてありがとう。最近、子育てで夜も眠れなくて……」  

麻衣子は娘の肩に手を置き、優しく微笑んだ。  
「大丈夫よ、美月。あなたはよくやっているわ。私がいるから安心して」  

食卓には簡素ながら温かい料理が並び、三人で囲む時間が始まった。孫は無邪気に笑い、美月は母に甘えるように話を続ける。麻衣子はその姿を見つめながら、心の奥で複雑な思いを抱えていた。  

康彦の影はまだ消えていない。だが、目の前にいる娘と孫の存在が、麻衣子に「守るべきもの」を思い出させていた。  

◇◆◇◆◇  

夕暮れ時、孫を寝かしつけた後、美月はぽつりと呟いた。  
「お母さん……彼から連絡はあった?」  

麻衣子は一瞬、言葉を失った。真実を告げれば娘を傷つける。だが、嘘を重ねれば自分の罪はさらに深くなる。  

「……いいえ、何も」麻衣子は静かに答えた。  

美月は安堵の表情を浮かべ、母の手を握った。  
「そう……なら良かった。もう彼のことは忘れたいの。子供と一緒に、ここで新しい生活を始めたい」  

その言葉に麻衣子の胸は締め付けられた。娘の願いを叶えるためには、自分が康彦との関係を断ち切らなければならない。だが、罪の余韻はまだ身体に残り、影のようにまとわりついていた。  

◇◆◇◆◇  

朝、帰途につく麻衣子は車窓から高速の中央帯を見つめながら走った。母としての微笑みと女としての罪が交錯し、心は揺れ続けていた。  

「私は母である前に、一人の女だった……」  

その事実が再び胸を突き刺す。だが、娘と孫の笑顔が麻衣子を支え、前へと進ませる。
罪の影は消えない。けれど、母としての光がそれを覆い隠そうとしていた。    

――第8章につづく。  

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