泡のように、生きる

しらかわからし

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第2章 若さは武器だった。だが老いは、物語になる

第11話 過去の街を歩く午後

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 アタシは、ふと思い立って電車に乗った。目的地は、あの喫茶店があった街の一角。今はもうビルになってしまった場所だ。何の前触れもなく、ただ「行ってみよう」と思った。

 人は時々、過去に触れたくなる。それは、今の自分を確かめるためか、あるいは、過去の自分に謝りたくなるからかもしれない。

 電車の窓から流れる景色は、どこか色褪せて見えた。昔はもっと鮮やかだった気がする。でも、それはアタシの記憶が美化しているだけかもしれない。

 駅を降りて、あの通りを歩いた。喫茶店があった場所には、今は「リラクゼーションサロン」と書かれた看板が出ていた。中からはアロマの香りが漂ってきて、あの頃のコーヒーの香りとはまるで違う。

 アタシは、少し離れたベンチに腰を下ろした。目を閉じると、制服姿の自分が、クラスメイトと笑いながら喫茶店に入っていく姿が浮かんだ。あの頃は、未来が無限に広がっているように思っていた。

 隣のベンチに、老夫婦が座った。手をつないでいて、時折顔を見合わせて微笑んでいた。アタシは、何とも言えない気持ちになった。羨ましいわけじゃない。ただ、あの穏やかな時間が、アタシの人生にはなかったことを思い知らされた。

 でも、アタシにはアタシの時間がある。夜の街で、笑顔を振りまき、誰かの孤独を少しだけ癒す時間。それもまた、誰かにとっては必要なものかもしれない。

 帰りの電車の中で、アタシはスマホを開いた。店の若い子が更新したフェイスブックが目に入った。「今日も頑張ります!」という言葉と、満面の笑顔の写真。アタシは、思わず「いいね」を押した。

 若い子たちの未来は、まだ広がっている。アタシはその背中を、少しだけ押してあげる役割なのかもしれない。過去に戻ることはできないけれど、過去を抱えて、今を生きることはできる。

 人生は、思い出と現実の間を行ったり来たりする旅だ。その旅の途中で、誰かと笑い合えたなら、それだけで十分だと思えるようになった。

 つづく

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