泡のように、生きる

しらかわからし

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第2章 若さは武器だった。だが老いは、物語になる

第15話 客の死と残された言葉

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 その知らせは、突然だった。店の常連だった田村さんが亡くなったという。

「圭子さん、田村さん、昨日亡くなったって……奥さんから電話があったの」

 スタッフの一人が控室でそう告げた。アタシは言葉を失った。田村さんは、もう10年以上通ってくれていた。

 無口で、いつも同じ席に座り、同じウイスキーを頼んで、アタシの話を黙って聞いていた。

「圭子さんの話、面白いね」

 それが、彼の口癖だった。アタシは、彼が何を考えているのかよく分からなかった。でも、彼の静かな存在が、どこか安心感をくれていた。

 通夜には行かなかった。夜の女が昼の場に顔を出すのは、何となく違う気がした。でも、彼のことを思いながら、店のカウンターに座った。

 田村さんが最後に来たのは、2週間前だった。いつも通りのウイスキー、いつも通りの沈黙。帰り際に、ぽつりとこう言った。

「圭子さん、俺、もうすぐ来れなくなるかも」

 アタシは冗談だと思って、「またまた、そんなこと言って」と笑った。彼は、少しだけ微笑んで帰っていった。

 今思えば、あれが『別れの挨拶』だったのかもしれない。

 人は、いつか必ずいなくなる。夜の街で交わされた言葉も、笑顔も、酒の香りも、すべてが記憶の中に沈んでいく。

 でも、アタシは思う。田村さんとの時間は、確かに存在した。彼がアタシの話を聞いてくれた夜、アタシは少しだけ救われていた。

 記憶は、消えない。誰かの心に残る限り、その人は生き続ける。

 その夜、アタシは田村さんの席にウイスキーを一杯だけ、そして私のグラスを横に添えた。誰も座らないその席に、静かにグラスは光っていた。

「田村さん、ありがとうね」

 アタシは、心の中でそう呟いた。

 夜の街は、別れを静かに受け入れる場所でもある。今日もまた、誰かの記憶が、グラスの中で揺れている。

 つづく

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