デュエット・コード

蘿蔔

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5話

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配信が終わり、藤堂さんとの交流はネット上で終了した。その夜、メサイアの五人は翌日の新曲の振り付け確認のため、深夜の練習スタジオに集まっていた。


疲労が溜まっているはずの統は、藤堂の穏やかな性格の影響かはたまた遼の穏やかなフェロモンのおかげなのか、どこか高揚しいつもより活発に見えた。

そのわずかな変化が遼の理性を揺さぶる。


「統」


レッスン開始直前。遼は更衣室から出てきたばかりの統の前に立ち塞がった。

視線を上に向けると、遼は口角を吊り上げてはいたが、いつもの冷静さを保ちきれず瞳の奥に強い焦燥と動揺を滲ませていた。


しかし統のΩの身体は遼の皮膚の奥から漏れ出す焦り、不安、そして独占欲が入り混じったαフェロモンを危険信号として察知していた。


それは、以前の回復を促すフェロモンではない。まるで獰猛な獣がテリトリーの境界で発する猛烈な威嚇だった。


「その顔はなんだ。藤堂雅人の匂いでも感じたのか?」


遼は、統の顎を強引に掴み上げその目に自らの冷たい瞳を映し込んだ。遼のフェロモンが、統の肌を刺す。


「離せ、遼! 藤堂さんは関係ない! 俺は…お前の独占欲を満たすための道具じゃないだろ!」

統が反射的にその言葉を叫んだ瞬間、扉越しに様子を窺っていたかいが割って入った。

「ちょっと待った、二人とも! 何してるんだ、レッスン前だぞ!」

櫂は遼の手と統の顎の間に、自身の腕を差し込んだ。遼の威圧フェロモンは櫂には物理的な影響を与えないがその場の殺気は肌で感じる。

「遼、落ち着け。統は疲れてるんだ。お前のそのプロ意識はわかるけど、威嚇じゃなくてもっと優しいやり方があるだろ?」

櫂の言葉に遼はハッと理性を呼び戻されたように、ゆっくりと統から手を離した。

遼は統の耳元に囁くように、しかし冷たく言い放った。

「…わかっているな、統。お前を完璧なアイドルにできるのはこの世に俺だけだということを。余計な雑音に気を散らすな」

遼はそう言って踵を返しレッスン室へ向かう。顎を掴まれていた統の皮膚には、遼のαフェロモンによる焼けるような熱が残されていた。

(遼は俺が藤堂さんの言葉に動揺したことを、俺の心を乱す行為だと捉えたのか? いや、違う。彼はただ、俺が自分以外のαの力を求めることが、メサイアのセンターである俺への優位性を揺るがすと懸念しているだけだ。俺が誰に頼るかなんて遼の知ったことではない筈なのに。)

統は遼への誤解を一層深め、櫂に向かって作り笑いをした。

「ごめん、櫂さん。俺が少しイライラして当たってしまったみたいだ」

そう言っても、櫂さんはどこかギスギスしている俺たちの様子に心配の表情を浮かべていた。そんな様子に知らんぷりして律たちのところへ戻る。


先に行った遼が何故か後から入ってきた。そして、スタジオの隅へ戻るのを確認した櫂が軽く手を叩いて空気を変える。

少し不思議な空気になっていた所に仕切り直しの合図が入り、五人は無言で新曲の振り付け確認に入った。激しいゴシックE-Popのビートがスタジオに響く。統は、遼に弱みを見せたくない一心で身体に鞭を打ち続けた。


だが、直前の衝突によるフェロモンの過剰な刺激と遼との喧嘩による情緒の変化によって抑制剤で保たれていた均衡を一気に崩していた。


(息が浅い。まるで肺が粘土で固められたみたいだ)


ステップを踏むたびに視界の端が白く点滅し、全身が溶けるように重い。ここで遼のフェロモンに頼りたくないという反骨心が統の身体を内側から蝕んでいく。


その様子を、冷静に観察しているメンバーがいた。グループ内の最年少である零だ。彼は常に統が身に着けているスマートウォッチと連携したタブレットでバイタルデータをチェックしていた。


「統さん、そこ少し動きが遅れています」


零の指摘は正確だった。統は反射的に完璧なポーズに戻すが、零はタブレットのデータを睨みつける。心拍数、体温、そしてΩ特有のホルモンレベルが、危険なカーブを描いていた。


律はダンスの途中で、統の横顔を見て顔を青ざめさせた。すかさず零の方へ駆け寄り話しかける。


「零くん…! 統くんから、かすかに甘い匂いが漏れ始めてる。あんなに抑制剤使っていたのに…!」

Ωの律にしか感じ取れない、統のフェロモンの異様な甘さ。それは、抑制剤の限界とヒートの予兆が同時に迫っているサインだった。


零は冷静沈着な仮面の下で、焦燥を覚えた。律の感情論だと切り捨てていた直感が、過去のバイタルデータから導き出した論理的な予測と完全に一致していたからだ。


零はタブレットを握りしめ、一度息を飲んだ。普段の抑揚のない声に、初めて明確な震えが混じる。

「日向さん! バイタルが、レッドゾーンにまで及んでいる! 抑制剤はもうとっくに効いていない。ヒートサイクルが予測不能に乱れていて 今すぐにでもヒートになりそうだ! 櫂さんと協力して隔離を!」


零は即座に櫂に目を向けた。


「櫂さん。緊急事態だ。レッスンを中断。統さんを直ちに隔離します。そして、事務所のトップに連絡を」


「え、暴走ヒートって……マジかよ」


櫂は顔色を変えた。統も、零の言葉を聞き身体の芯で熱が膨張するのを感じ始めた。


(違う。まだ大丈夫だ。さっきの出来事でヒートになったなんて事があるわけない。ただでさえ遼には1番心配かけてるんだ。これ以上心配をかけたくない。)


統は、パニックに陥った理性のままに遼への依存を否定し、代わりの「救済」を求めていた。


「大丈夫、俺は大丈夫だから。少し休んでくる。」


統はそう言い残すと、零や櫂の静止を振り切り、スタジオの扉へ向かって駆け出した。


「統!どこへ行くんだ!」


遼が怒鳴る声を聞きながら、統はただ一目散に、身体の熱を冷ますため、更衣室のシャワー室へと向かおうと深夜の事務所を駆け抜けた――。


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