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11話
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翌日。遼からメッセージが届いた。スマホの画面を見ると、
遼: 今日は遅くなる。
その一言だけだった。
統はリビングのソファで横になり、昨日のデートを思い出し自分の返事について頭の中でぐるぐると考えていた。
(遼のあの告白、本気だったんだろうな…。遼が嘘告をするような人間ではないとは信じているけど、俺が遼と同じだけの愛を返せるかと問われれば、まだ自信がない。
それに、俺への気持ちが運命のせいで本能的に作用している可能性だって十分にあるんだしすぐには答えられない…。)
確かに、昨日のデートは夢のようなひと時だった。けれど、αへの長年の不信感を抱く自分にとって、遼の存在が既に「契約」以上のものになっていることを認めていても、その愛の真実の根源を見極めるには、まだ時間が欲しかった。
のんびりと過ごしていた統が、時計を見るとすでに深夜を回っていた。その時、室内のインターホンが鳴る。オートロックのエントランスで、遼が呼び出しボタンを押したのだ。統は居住階の液晶画面で、疲れ切った顔をした遼を確認し、解錠ボタンを押す。
数分後、部屋の扉をノックする音。統はためらいながらもドアを開ける。
「遅いよ、遼。メッセージには『遅くなる』ってあったけど、こんな時間まで…」
言いかけた統の言葉が、喉の奥に詰まった。
遼は申し訳なさそうに、そして疲労を隠せない様子で、統の視線を避けながら言った。
「すまない、急な仕事が入って…」
その瞬間、統の鼻腔の奥に、わずかだが鋭い匂いが突き刺さった。
甘い香り。
それは、統自身のスズランの香りとは違う、他者のΩのフェロモンの残り香だった。かすかだが、統のΩの身体はその香りを正確に、そして本能的に識別した。
(嘘だ…!)
統は目を見開き、反射的に遼から半歩後ずさった。鼻を掠めるその香りは、遼の纏うユーカリの爽やかなαフェロモンに混じって、まとわりつくように付着していた。統は、他のΩの匂いを嗅ぎ分ける能力が、運命の番、あるいは同じΩとして過敏になっていることを知っていた。
遼は、統の顔色が突然変わったことに気づき、慌てて統に近づこうとする。
「統? どうした、急に顔色が悪いぞ」
遼の体が近づくと、他のΩの匂いがより鮮明になる。昨日のデートでの甘い時間も、その時に告白した「愛」も、その一瞬で血の気が引くほど冷たく崩れ去った。
(俺のことを本当に好きだというのなら他のΩと密接な関係になる筈がない…俺への気持ちは運命に引っ張られただけなんだ…)
この匂いが、統の長年のαへの不信感というトラウマの引き金を引いた。
統は、遼がさらに一歩踏み込もうとした瞬間、手を前へ出し、その動きを強く制した。
「来ないで」
統の鋭い声が、遼の足を止める。統の瞳には感情的な涙ではなく、冷たい真実を突きつけられたことによる強い失望の目が生まれる。
「あの時あんな熱烈な告白をしといて他の奴と密会してきたの?匂いべっとりついてるけど?」
遼は、統の突然の激情とその鋭い指摘に、一瞬でαとしての理性を揺らがせる。
(嗅ぎ分けられた…! 統のΩ性がこれほど過敏になっているのか。統のトラウマを考えれば、迂闊な弁解は火に油を注ぐ。すぐに正確に説明しなくては―)
遼はその場に立ちすくみ、弁明の言葉を探すことができなかった。頭では最善策を探っているのに、統の強い拒絶を前に動揺が先に出てしまう。
「ち、違う、これは事故で…」
言葉に詰まり、弁護の体をなしていない遼の反応が、統には「肯定」にしか聞こえなかった。
「事故?そんなに密着してしまう事故ってなんだろうな?俺を死ぬまで支えたいだの、愛してるなど言っておいてその様か。結局俺を求めるのも運命に逆らえないαの本能じゃないか…!」
統の感情は爆発した。裏切られたという絶望と、愛され、選ばれたと思っていた幸福感からの急降下が、統の理性を奪う。
統は、激しい感情を押し殺すように、絞り出すような声で言った。
「今日はもう帰ってくれ。こんな時間まで起きていた自分があほらしくなる。しばらくは来なくていいから。」
統の静かで決定的な拒絶は、遼が統のために独占欲やαとしての本能を抑圧し続けてきたすべての献身を、一瞬で無意味な、そして裏切り行為と見なされたことを意味した。遼は、光を失い揺らぐ瞳で、統の絶望に満ちた顔を見つめた。統がここまで拒絶している状態で、何を言っても届かない。
遼は、重い沈黙の中で、深く息を吐き出すと、力なく踵を返しました。
統は、扉がゆっくりと閉まる音を聞きながら、その場に崩れ落ち、静かに涙を零した。
遼への信頼が途切れた瞬間、統の身体は熱がぶり返す。心臓を直接抉られるような激しいショックがΩの本能を揺さぶり、熱い炎のようなヒートの予兆が統の深部から湧き上がり始めていた。
遼: 今日は遅くなる。
その一言だけだった。
統はリビングのソファで横になり、昨日のデートを思い出し自分の返事について頭の中でぐるぐると考えていた。
(遼のあの告白、本気だったんだろうな…。遼が嘘告をするような人間ではないとは信じているけど、俺が遼と同じだけの愛を返せるかと問われれば、まだ自信がない。
それに、俺への気持ちが運命のせいで本能的に作用している可能性だって十分にあるんだしすぐには答えられない…。)
確かに、昨日のデートは夢のようなひと時だった。けれど、αへの長年の不信感を抱く自分にとって、遼の存在が既に「契約」以上のものになっていることを認めていても、その愛の真実の根源を見極めるには、まだ時間が欲しかった。
のんびりと過ごしていた統が、時計を見るとすでに深夜を回っていた。その時、室内のインターホンが鳴る。オートロックのエントランスで、遼が呼び出しボタンを押したのだ。統は居住階の液晶画面で、疲れ切った顔をした遼を確認し、解錠ボタンを押す。
数分後、部屋の扉をノックする音。統はためらいながらもドアを開ける。
「遅いよ、遼。メッセージには『遅くなる』ってあったけど、こんな時間まで…」
言いかけた統の言葉が、喉の奥に詰まった。
遼は申し訳なさそうに、そして疲労を隠せない様子で、統の視線を避けながら言った。
「すまない、急な仕事が入って…」
その瞬間、統の鼻腔の奥に、わずかだが鋭い匂いが突き刺さった。
甘い香り。
それは、統自身のスズランの香りとは違う、他者のΩのフェロモンの残り香だった。かすかだが、統のΩの身体はその香りを正確に、そして本能的に識別した。
(嘘だ…!)
統は目を見開き、反射的に遼から半歩後ずさった。鼻を掠めるその香りは、遼の纏うユーカリの爽やかなαフェロモンに混じって、まとわりつくように付着していた。統は、他のΩの匂いを嗅ぎ分ける能力が、運命の番、あるいは同じΩとして過敏になっていることを知っていた。
遼は、統の顔色が突然変わったことに気づき、慌てて統に近づこうとする。
「統? どうした、急に顔色が悪いぞ」
遼の体が近づくと、他のΩの匂いがより鮮明になる。昨日のデートでの甘い時間も、その時に告白した「愛」も、その一瞬で血の気が引くほど冷たく崩れ去った。
(俺のことを本当に好きだというのなら他のΩと密接な関係になる筈がない…俺への気持ちは運命に引っ張られただけなんだ…)
この匂いが、統の長年のαへの不信感というトラウマの引き金を引いた。
統は、遼がさらに一歩踏み込もうとした瞬間、手を前へ出し、その動きを強く制した。
「来ないで」
統の鋭い声が、遼の足を止める。統の瞳には感情的な涙ではなく、冷たい真実を突きつけられたことによる強い失望の目が生まれる。
「あの時あんな熱烈な告白をしといて他の奴と密会してきたの?匂いべっとりついてるけど?」
遼は、統の突然の激情とその鋭い指摘に、一瞬でαとしての理性を揺らがせる。
(嗅ぎ分けられた…! 統のΩ性がこれほど過敏になっているのか。統のトラウマを考えれば、迂闊な弁解は火に油を注ぐ。すぐに正確に説明しなくては―)
遼はその場に立ちすくみ、弁明の言葉を探すことができなかった。頭では最善策を探っているのに、統の強い拒絶を前に動揺が先に出てしまう。
「ち、違う、これは事故で…」
言葉に詰まり、弁護の体をなしていない遼の反応が、統には「肯定」にしか聞こえなかった。
「事故?そんなに密着してしまう事故ってなんだろうな?俺を死ぬまで支えたいだの、愛してるなど言っておいてその様か。結局俺を求めるのも運命に逆らえないαの本能じゃないか…!」
統の感情は爆発した。裏切られたという絶望と、愛され、選ばれたと思っていた幸福感からの急降下が、統の理性を奪う。
統は、激しい感情を押し殺すように、絞り出すような声で言った。
「今日はもう帰ってくれ。こんな時間まで起きていた自分があほらしくなる。しばらくは来なくていいから。」
統の静かで決定的な拒絶は、遼が統のために独占欲やαとしての本能を抑圧し続けてきたすべての献身を、一瞬で無意味な、そして裏切り行為と見なされたことを意味した。遼は、光を失い揺らぐ瞳で、統の絶望に満ちた顔を見つめた。統がここまで拒絶している状態で、何を言っても届かない。
遼は、重い沈黙の中で、深く息を吐き出すと、力なく踵を返しました。
統は、扉がゆっくりと閉まる音を聞きながら、その場に崩れ落ち、静かに涙を零した。
遼への信頼が途切れた瞬間、統の身体は熱がぶり返す。心臓を直接抉られるような激しいショックがΩの本能を揺さぶり、熱い炎のようなヒートの予兆が統の深部から湧き上がり始めていた。
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