ママチャリごと召喚された私は異世界を子連れで爆走する

和ともなか

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もうホントに行くしかない!

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『油断しないでくださいね。ママチャリからは離れないで』

 アシからの忠告に黙って頷く。私は入口を塞ぐように立つ男達から10m以上距離をとって停止した。

「ごくろうだった! 待っていたぞ! さあ御子息様をこちらへ」

 先頭に立っていた一番高そうな服を着た騎士っぽい奴が、大げさに両手を広げながら近づいてくる。
 周りの騎士が持つ松明に照らされた顔は朗らか…ではなく、目は獲物を狙うようにぎらつき、口元はにやけるのを我慢しているように歪んでいる。
 後ろにひかえる兵士らも、妙にニヤついている。
 女の直感が言っている。こいつらなんか嫌い、と。

「ねえアシ、あれ、敵じゃない?」
『私にはまだ判断材料がございません』
「だってさ、なんで私が来ること知ってんの? 金髪美女に知らせを送る余裕はなかったと思うんだけど」
『連絡方法はありますが、確かにあの森の中からでは難しいでしょうね』

 そんなやりとりをしている間も、偉そうな奴は大股でこちらに近づいてきていた。
 思わず後ずさりそうになるのを、ハンドルをぎゅっと握って耐える。
 とうとうすぐ目の前に立たれると思った瞬間――
 見えない壁にぶつかり、そいつは後ろによろめいた。
 
『敵です』
「ですよね」

 こちらに敵意を抱く者や攻撃を弾く結界に、こいつ弾かれたからね。その結界で私、さっきオオカミ型の魔物をはね飛ばしてきたからね。
 なんだ? 見えない壁? と戸惑っている男から目を離さないまま、片足をペダルに乗せる。

「でも、さすがに人をはねるのはちょっと……」
『承知いたしました。ルートを変更いたします』

 その言葉通り、壁に開いた入口へと伸びていた光の道が動く。

「え、無理でしょ」

 光の道は、なぜか壁をななめに昇るように変化していた。

「これママチャリだよ?」

 アシに文句を言った瞬間、男が持っていた剣を振りかざした。ガキンッと結界を叩く音が響く。

「なんだこれは! さっさとガキをよこせ!」

 男の怒声に、それまでニヤニヤしていた後ろの兵士達も何事かとこちらに駆け寄ってくる。
 あーもー行くしかない!

「サイラスくん行くよ!」

 ハンドルを強く握って、ペダルに乗せた足に力を籠めた。
 騒ぐ男の横をすり抜け、兵士達から距離をとるように右へと逸れていく。
 壁が目前に迫って来ると、積み重なった石のわずかなズレが目に飛び込んできた。
 あの突起に後ろの車輪を乗せるビジョンが頭に浮かぶ。

「信じていいのねアシ!?」
『魔法で強化されたご自身とチャリを信じてください』

 信じられるか! 生まれてこの方、自転車で壁登ったことないんだから!
 でもやつらにこの子を渡す方がもっと嫌!

 意を決してハンドルを握りしめる。自分がしたい動きを頭に思い描けば、その通りにチャリが動く確信が、なぜかある。
 前輪を持ち上げてジャンプする。ふわりと自転車が浮いた。
 壁の突起に後輪が乗る。
 そう次はあのでっぱりに前輪。次はあそこに後輪。
 自転車の動きだけが頭を占める。他のことは浮かばない。ただ、目を凝らして体を動かして。
 気づけば私は、外壁の上の回廊に着地していた。

『さすが真奈様! やればできる子!』
「やったぁ……」

 半ば呆然としていたら、カツンと何か固いものが当たる音がした。何気なくそちらを見ると、一本の弓矢が落ちている。

『真奈様、停まってる場合ではありません。光の道に沿ってお進みくだい』

 光の道の先を見れば、それは屋根から屋根へと伸びている。ちょっと待ちたまえ。

「いや、さすがに飛べないから」
『大丈夫です。障害を飛び越えるように家と家の間を飛んでください。スピードは落とさないでくださいね。あの先に領主館があります』
「いや、普通に地面走っても良くない?」

 言い返した時、またもカツンッカラカランと何かが当たって回廊に落ちた。
 視線と落とせば、鋭利なナイフ。

「ねえ! さっきから弓矢とかナイフとか飛んでくるんだけど?」
『敵さんも本気出してきましたね。地面走っている場合じゃないですよ』
「そもそも敵って何!? 魔物に襲われるだけじゃないの?」

 心の準備をする暇もなく、とにかくペダルを踏みしめる。

 あーもうこんなのばっかり!

 私は勢いよく回廊から3階建ての屋根へと飛んだ。
 飛んだというか、斜めに落ちた。
 着地の衝撃に身がすくむ。が、受けたのは歩道の段差から下りたくらいの衝撃で、逆に驚いて動きが止まってしまった。
 そこでハッと後ろを振り返り、サイラスくんの無事を確かめる。
 彼は、まっすぐな瞳で、道の先を見つめていた。
 あれ? 意外と平気そう?

「サイラスくん、平気?」

 尋ねると、彼はしっかりと頷き、人差し指を前方に向けた。

「ぼく、あそこいく。みんな、たすける!」

 ん? どゆこと?
 魔物に襲われてる危険な母親の元から、安全な父親の元に届ける単純なお仕事じゃないの?

『真奈様、前方からナイフを投げた敵が来ます』

 アシの声で前方に顔を戻した私は、勢いよくそちらへと自転車を走らせる。

『人をはねてしまいますがよろしいので?』
「さっきのサイラスくんの凛々しいお顔を見た? こんな小さな子が覚悟決めてんのに、私が躊躇してる場合じゃないでしょーが!」

 まだこんな、うちの息子と同じくらいの子が、恐怖に打ち勝ってみんなを助けるなんてけなげなこと言ってるってのに。

 黒づくめの男は衝突する前に大きくジャンプし、頭上からナイフで襲ってきたが、結界がそれを弾く。
 男のその後を確かめることなく、私はとにかく前だけを向いて足を動かした。もうすぐ街が終わる。建物がなくなる。
 最後の建物の屋根に着いた私は、思わず急ブレーキをかけた。

 そこから見えた領主館は、襲撃を受けている真っ最中だった。
 怒声と金属がぶつかる音に、あちこちで火柱や竜巻があがっている。

 もう一度確認したいのですが、魔物に襲われてる危険な母親の元から、安全な父親の元に送り届ける単純なお仕事じゃなかったの?

「ぜんぜん安全じゃないじゃない。どうすりゃいいのよ……」

 一番端にある屋根の上から、私は騒然としている領主館を呆然と眺めた。
 そもそも私では、誰が味方で誰が敵か判別出来ない。
 と突然、自転車がぐらぐらと揺らぐ。
 振り返れば、サイラスくんが安全ベルトから抜けだそうともがいていた。

「どしたのサイラスくん。あばれたら危ないよ」
「あそこ、いく! ぼく、すいしょうにまりょくいれる。そしたらわるいひといなくなる!」
『真奈様、残り時間が1時間を切りました』
 
 戸惑う私に、アシスタントが無情に告げる。
 えっ、いつの間にそんなに経ったの?
 私は領主館を見て、サイラスくんを見て、もう一度領主館を見た。

「あーもう~~~やってやるわよ! 私は気持ちよく息子達の元に帰りたいの!」

 そう、家では腹を空かした育ち盛りの息子が二人(おまけに旦那も)待っている。こんな所に幼児残してサヨナラなんて、息子に顔向けできない。

「敵だろうが味方だろうが避ければいいのよ。無理なら突っ切ればいいのよ」

 自分に言い聞かせるように呟いてから、私は自転車ごと屋根から飛び降りた。
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