ママチャリごと召喚された私は異世界を子連れで爆走する

和ともなか

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そして謎だけ残る

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「旦那様!」
「ちちうえ!」

 現れたのは、物語に出てきそうなイケメン。金髪美女も子持ちに見えなかったけど、この人も私よりずっと若そうで子持ちには見えない。
 けれどナビである光の道は、彼の前で終わっていた。
 
 間違いなく、この人がサイラスくんの父親だ。

「サイラス! ああ…見知った温かな魔力を感じたのは気のせいじゃなかった。よくぞ帰ってきた。…きみは? シンシアはどこだ?」

 イケメンが私を不思議そうに眺め、その後ろへと視線を彷徨させる。

「ちちうえ、ポットのせいれいさまです。ははうえは…はは…うえは…ひっく」

 サイラスくんの泣き声に、私は慌てて自転車のスタンドを立てる。乱暴にならない程度の早業でヘルメットをとって安全ベルトを外す。

「よくかんばったね」

 抱っこしてポンポンと背中をたたきながら、父親であるイケメンに近づいた。

「息子さん、確かに手渡しましたよ」

 イケメンが両手を差し出し、サイラスくんもそちらに手を伸ばす。小さな手がイケメンの首に回り、ぎゅうっと抱き着いた。
 ホッと肩の力を抜いた瞬間、隣の大男が突然槍を構える。
 ハッと振り返ると同時に、ガキンッと固いものが当たった音が響いた。
 数メートル後方で、メイド服の女が短剣を振り上げている。その後方にも明らかに殺気立った男達が走ってきている。

『残り1分です』
「え、ちょっと、この状態で結界消えたらやばいでしょ!」
「大丈夫だ」

 答えたのは意外にもイケメン様だった。
 イケメンが大男に頷き、大男が頷き返す。次に私に、やる気満々の眼差しで頷くので、よくわからないが頷いておいた。

「礼を言うぞ。ポットの精霊よ」
「せいれいさま、ありがとー」

 二人が笑顔で扉の向こうへと消えていく。

『残り30秒』

 呆然と閉まった扉を眺めていると、何かが体の中を突き抜けていく感覚が走った。

「やったぞ」

 大男の嬉しそうな声に振り向けば、結界の向こうにいた人達がいなくなっている。

「え? どこいったの?」
「光の結界が張り直されたため、悪意ある者は結界の外、外壁の外へと転移させられたのだ。そしてこの結界がある限り、入ってこれない」
「……は?」
「光の結界は、今は光属性の奥方様とサイラス坊ちゃんにしか張れないのだ。今回は予想外のことが重なりこんなことに。ポットの精霊様、まことにあり――」

 途絶えた。
 不思議に思った瞬間、風が頬を撫でる。
 視界が徐々にぼやけていき、私はたまらず目を閉じた。

『マサコがフレドリード公爵夫人と契約した召喚魔法の2回目が終了いたしました。依頼達成のため、残りは3回となります』
「マサコ……」

 呟きながら開けた目に映るのは、舗装された道路。

「あれ?」

 数回瞬きして首を動かせば、見慣れた我が家の玄関がある。
 そのドアがゆっくりと開き、中から出てきた旦那とバチリと目が合った。

「おまえ…どうした? 何があった?」

 へ? と小首を傾げていると、険しい顔で旦那が走り寄ってくる。

「自転車でこけたのか? それとも事故か? 怪我は?」
「いや、怪我なんてないよ。別に何もない――」
「んなわけねーだろ! 自転車ボロボロじゃねえか!」

 私はハンドルを握っていた己の自転車を見下ろした。
 全体的に土埃で汚れているが、前カゴとサドル、チャイルドシートは問題ない。だが車輪は、強い力がぶつかったように歪に曲がり、タイヤは酷使し過ぎたように溝がわからないほど削れていた。
 そして私自身も髪は強風にあおられたようにボサボサ、全身土埃まみれだ。

「いったいどうやったら、こんなになるんだよ。なかなか帰って来ねえと思ったら」

 そう言われて空を見れば、夕焼けで赤く染まっている。

「……今何時?」
「5時。12時までには戻るって言ってたから、あいつらも心配してるぞ」

 その言葉で、呆然としていた私は急いで自転車を停め、荷物も持たずに家に駆けこんだ。無性に息子達の顔が見たくなったのだ。

「あっママだ~おかえり~」

 下の息子が無邪気に走り寄ってくる。その子をぎゅっと抱きしめ、最近は恥ずかしがって抱っこさせてくれなくなった上の息子も抱きしめたら、なんだか涙が出てきてしまった。
 
 怖かった。
 そう、怖かったのだ。
 
 だってよくわかんない夜道を魔物とか敵とか、よくわかんないモノに襲われて。幼い子の命を背負わされて。
 息子達を抱きしめた泣く私に、夫も何かあったのかしつこく訊いてきたが、ママ友関係でいろいろあって、解決したから大丈夫とあいまいにごまかした。
 金髪美女も言わばママ友みたいなもんだし、そもそも正直に話しても信じてもらえるとは思えない。

 けれど、前カゴに入れていたエコバッグの中には、サイラスくんと飲み食いした空の紙パックや袋が入っていた。

 私が体験したことは何だったのだろうか?

「ねえ、お母さん」

 棚の上に飾った小さな写真立ての前に、リンゴジュースをお供えする。
 写真の中では、数年前に病死した私の母、雅子が微笑んでいる。

「なんとか公爵夫人と契約したマサコって、お母さんのことじゃないよね。あの急須、見覚えあるんだけど」

 母がまだ元気だった頃、実家に帰ったある日、母の愛用の急須が変わっていることに気づいた。
 割れたの? って訊いたら、人にあげたって言うもんだから、人が使ってた量産品の急須なんていったい誰が欲しがるのって話したから、なんとなく覚えていた。

「まさか、ね」

 残り3回という言葉が気にはなったが、子どもが二人もいれば、毎日何かとハプニングが起こる。
 日々の暮らしに忙殺されて、非現実的な出来事は徐々に思い出さない日も増えてきたが、夜空を見上げた時、ふと願うのだ。
 サイラスくんが金髪美女の母親と無事再会して、健やかに暮らしていますように、と。


 END


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